第20話
白球がラシャの上を切り裂いて疾走した。突き抜ける音を立ててカラフルな球がはじけ飛ぶ。
カラオケの次はビリヤード。まったくもって王道コースだ。
ボウリングはからっきしで、カラオケは論外。そしてビリヤードでは……。
3と6という番号をその身に刻んだ2つの球がポケットにゆるゆると落ちていく。
「また入ったッス……」
佑が唖然とつぶやいた。
僕は一度キューを渡されるとほとんど他のメンバーにキューを返すことは無かった。滑り止めのチョークを塗りつけて白い球を弾いてやると、おもしろいくらい思い通りの場所に飛んでくれた。
10回のゲームで9の球を全て僕がポケットに押し込んだ。みんなはもはやギャラリーと化していた。
「だめだ。順番すらまわってこねぇ。こりゃ俺たちの奢る番だぜ」
雷弩は目で白球を追う。色のついた他の球は次々と落ちていった。
「いやー。いいもの見せてもらっちゃったから、喜んで奢っちゃうけどね!」
美樹が嬉しそうに球筋を追っていた。
「みんな、そろそろ時間だよ」
麻揶が時計を見上げる。
「続ける?」
「終わりにしよう」
亞璃栖の問いに僕は即答した。
佑と麻揶が球を片付け、雷弩が伝票を持って行った。
夕食の代金は心配しなくて良さそうだった。
昼を食べたのと同じファミレスに入ることになった。
今度は僕が沢山食べてやろうと思ったが、雷弩の昼の食べっぷりを思い出したら逆に食欲を失った。
少し悩んだ末チキンステーキのディナーセットという笑えるほど無難な料理をチョイスしてしまった。僕ってやつは洒落で生きられないタイプなんだと、強く思った。
雷弩は当たり前のように3人前を注文する。別に昼の量が嫌がらせだった訳では無いらしい。
みんなでメインの食事を平らげる。
食後はドリンクバーで各々勝手な飲み物を飲みながらの雑談タイムとなった。しばらくは雷弩の武勇伝を披露する独演会だった。
「っつーわけでよ、バイク6台に囲まれたときはさすがにやべーと思ったね!」
みんながケタケタと笑う。彼の喧嘩は時に100人単位の話になり、大げさで面白かった。その話に時々佑が参加するのだが、見た目と違ってあまり活躍しているとは言い難かった。
「雷弩と蒼流のコンビが最高だったッス! ……あ」
佑がとっさに口を押さえる。一瞬みんなの声が止まるが、わざとらしく雷弩が笑い声を立てた。
「そそ。俺と蒼流はまったくもって無敵だったぜ? またあいつと組む日まで……零! 一緒に組もうぜ!」
僕は笑いながら首を横に振った。そこで会話が途切れてしまった。
絞り出した笑い声がみんなを包む。僕は流れを変えるために切り出した。
「ねえ、僕ってビリヤードは上手かったの?」
他愛ない質問のつもりだった。
「え? えーと、それは……」
麻揶が目を泳がせて横の佑に助けを求めるような視線を投げる。
「ど……ど忘れッス! どうだったッスか?!」
今度は佑が視線を泳がせて、最後に雷弩で止まる。
「あー、上手かった……と思うぞ……ああ、おう、零は凄えプロ級だったぜ? な!」
雷弩がいつものニカリ顔を作る。が、頬のあたりに緊張が見えた。
「そ、そうだよね? 上手だったよね?!」
美樹が激しく頷く。
「思い出したッス! 零のスーパーショットを久々に見たッス! さすがッス!」
佑も追随して激しく頷いた。
「ねえ雷弩、そろそろ二人っきりで遊んであげるよ」
美樹が雷弩のシャツを引っ張る。
「あ、ああそうだな。そろそろ解散すっか」
雷弩が大きく息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「んじゃ俺たちはフケるからよ。あとは適当にな」
テーブルの横に立つと美樹も続いて、雷弩の片腕にしがみつく。
「んじゃ!」
「また明日ね!」
伝票をつまんで行ってしまった。
「麻揶さんどうするッスか?」
「ゲームセンター行こうか」
「わかったッス。行くッス。零たちはどうするッスか?」
佑と麻揶が僕と亞璃栖を見る。
「僕は零くんと映画観たいな」
僕が考えるより早く亞璃栖が答えた。
「じゃあまた明日!」
「うん! また明日!」
麻揶と亞璃栖が手を掴んで腕を上下に振り回している。その場で飛び跳ねるのではないかと心配してしまった。
◆
亞璃栖に腕を引かれて観た映画は恋愛物の洋画だった。
僕はスクリーンは見ていたが、すぐに意識は自分の内に向かっていく。
さっきの反応は……そう。
僕はみんなとビリヤードなんてやったことがない。それが答えだろう。
雷弩の武勇伝の中にも僕は登場していなかった。彼と煙草を吸うほどの親友の筈なのに、僕の影はどこにもない。
違和感の正体、僕は気が付きつつあった。
目をつむる。
英語の緩い会話もう耳に入らなくなっていた。
思い出せない学校。思い出せない街。思い出せない友だち。答えはもう目の前だ。
さらに意識を奥に沈める。
ふっと身体の感覚が無くなったような気がした。
目を開けると、そこは見たことのある闇の中だった。
当たり前のように亞璃栖が薄い光を身にまとって浮いている。
そうか、僕は彼女と会話することを望んでいたのか……。
彼女から光の輪が現れ、僕たちを包むように大きくなる。僕と彼女はほぼ同時に腰掛けた。
「気分はどうかな?」
「悪くない。一人で考えてると、同じ所をぐるぐる回っちまう。丁度誰か会話してくれる人が欲しかったんだ。だから現れたんだろ?」
あいかわらずこの夢は身体の感覚が無くて自分の姿勢が掴みにくい。ふわふわと浮いてるような感じだ。
「そうかもね」
彼女は髪をかき上げる。胸が大きく揺れたが何も感じなかった。
「何か思い出した?」
僕は首を横に振る。
「でも、分かってきた」
彼女が肘を自分の太ももについて顎を乗せる、前回と同じ姿勢だ。
「どんな風に?」
「たぶん僕は……」
一度言葉を切る。次の言葉を吐き出すエネルギーを蓄える為だ。
息をゆっくりと吸う。彼女は姿勢を変えずに待っていた。
「僕はこの町に……この学校にもいなかった」
言葉とため息を一緒に吐き出した。
とうとう口に出してしまった。その思いでいっぱいでしばらく彼女の表情に気付かなかった。
「それだけ?」
ひどくつまらなそうにつぶやく。僕は彼女を凝視した。
「ふ~ん、それだけなんだ」
彼女は指で前髪を弄って横を向く。そして鼻から軽く息を吐き、首を横に振った。
「それだけって……大問題だろ!? みんなに騙されていたんだ! 本当の事を教えてくれないんだぞ!?」
語気が荒くなってしまう。
「記憶が無くなってるからって、みんなで嘘をついているんだ! それのどこが全然それだけになっちまうんだよ!」
彼女は横を向いたまま視線だけ僕に戻す。
「それって何か問題あるのかな?」
絶句した。
彼女は何を言っているんだ?
「零くん、それで君は何か困ってるのかな?」
「え?」
質問の意味を考えてみる。
困らない訳がないのに……何かに困っているというものが1つも出てこなかったのだ。
みんなに嘘を言われているかもしれない、本当じゃない自分を演じさせられているかもしれない。でも僕はそれで困るどころか、より世界に馴染んでいるではないか。
それに思い当たった時、今までの違和感の正体に気付いてしまった。
そう。
違和感が無かったことこそが違和感だったのだ。
彼らは僕という「新しい仲間」をただやさしく迎え入れていただけだったのだ。僕がこの町にいなかったという真実。そしてこの町が僕を受け入れてくれようとしている真実。
……。
そこで思考は空回りを始める。同じ結論をいつまでも糸のない糸車のようにカラカラと。
「受け入れちゃった方が良さそうだね」
彼女は立ち上がりながらそう言った。
「じゃあ僕はそろそろ行くね」
彼女の姿が光の粒子に変換され、ゆっくりと消えていく。
「待ってくれ!」
「ごめんね時間切れなんだ。また気が変わったらつき合ってあげるよ」
光の粒は拡散し、もう人の形はしていない。
「待てったら! 亞璃栖!」
「バイバイ」
完全に消えた。
僕は膝をつく。
完全な暗闇の中つぶやいた。
「誰か……真実を……本当の答えを教えてくれよ……」
もう考えることは出来なかった。
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