第三章
第11話
■■■■■ 第三章 ■■■■■
目覚ましの電子音に過剰反応して飛び起きた。
上半身を起こす。相変わらず目覚めは良い。ただ何か酷く恐ろしい夢を見たような気がする。
しかし夢って奴は思い出そうとしてもまったく思い出せなかったりするものだ。
僕は両足をずらして床に置きベッドに座る形になった。睡眠時間は短かったが、身体の疲れはすっかり抜けていた。若さかもしれない。夢のことは忘れることにして立ち上がり、制服に着替える。
昨夜のファミレスでの無駄で怠惰な馬鹿話を思い出し、笑いながら部屋を出た。
食堂に降りると雷弩と蒼流と佑の三人組が相変わらずぬるい麦茶を啜っていた。
「おはよう」
声を掛けると三人がそれぞれにあいさつを返してくる。もちろんバラバラだ。
「今日は飯ねぇぞ」
雷弩が立ち上がると、蒼流と佑も立ち上がった。
「まぁ夜かなり喰ったから平気だろ」
確かにそうかもしれない。時間にしたら数時間前に食べていた訳だから。
「行こう」
蒼流がメガネを指で押し上げて歩を進める。全員でぞろぞろと付いていった。
外は今日も晴れ渡っていた。天候に恵まれ何よりだ。今日は学園祭の初日なのだ。気合いを入れていこう。
抜ける青空をじっと見る。夏はもうすぐ終わる。カレンダーではそうなっていた。とても終わるとは思えない。
永遠に続くとしか思えないこの感覚を、なぜか懐かしいと感じるのか。
「おはよう! 元気?」
三人娘が現れた。どこまでいっても姦しい。
「おはよう」
僕もあいさつを返した。
「おやおや、亞璃栖にだけあいさつをして、私らは無視か~」
猫みたいな笑みで美樹が僕を指さす。
「え? みんなに言ったつもりだけど」
なぜか僕は
「お安くないなぁ」
麻揶も追随する。
「私にもあいさつしてよ~零くん~」
わざわざ麻揶は僕の正面まで来て、首をかしげて見上げるのだ。
「あ……えっと……その、おはよう」
どうしていいか分からず、後ずさりしながら何とか口に出す。
「やっぱり!」
今度は美樹だ。
「そこで麻揶にあいさつするって事は私たちにあいさつしていなかったって事なのね! ひどいわ! 零くん! あの日のことは遊びだったのね?」
美樹は派手な身振りをしながら、麻揶としっかと抱き合った。
「零くん。その二人を相手にしてると永遠に学校行けないよ」
すでに亞璃栖と男三人は先を歩いていた。
「ひどいわ! 亞璃栖! 裏切ったのね?」
美樹と麻揶が走り出す。僕はその場に呆然と立ち尽くした。
……。
置いて行かれた!
僕はようやく気付いて慌てて走り出した。全員が遙か先で振り向き笑っていた。
追いついて最初に言われた言葉が。
「零も流すって事を知った方が良い。キリがないだろ?」
蒼流が黒縁のメガネを光らせた。まったく彼の言うとおりだと思う。そのアドバイスを心に深く留めて、是非実戦しようと堅く心に誓った。
そう思った瞬間、僕は足を止めた。
違和感。
そう、違和感だ。
いったい何に対しての違和感なのか分からないが、今確かに強烈な違和感を感じた。
僕は必死になってその正体を探る。しかしどれだけ深く考えても答えに行き当たらない。ただただ違和感に気付いてしまった違和感に感情が支配されている。
立ち止まった僕に気付いたみんなが振り返り
◆
「それじゃあ、後は委員に任せるからなー」
根岸先生は昨日と同じ出欠だけ取ると、さっさと消えてしまった。学園祭前の教師なんてのはこんなものだろう。
「うぃ~。んじゃ俺の話聞けや~」
雷弩が一声かけると、廊下に漫然していたクラスメイトが適当に集まってくる。雷弩はノートを片手に話し出した。
「今日の分担を決めるぞ~。えー。受付が最低一人、出来れば二人。んで入口の待機室に一人。白い腕が最低四人なんだけどよ、迫力出すためには出来れば八人欲しい。最大10人が入れるようになってる。圧縮空気の担当が二人。出口で引っ張り上げる奴が一人。つまり最低でも9人は常にいてくれないと成り立たねぇ」
ちょっとざわついた。
「協力しろっつーの。クラブ優先でかまわねぇからよ。この表に出れる時間で埋めてくれ」
用意しておいた表を受付の机に広げる。一時間ごとにマスが並んで担当場所が書いてある。
「二日間の合計時間が三時間以下の奴は、俺が責任持って楽しませちゃうからそのつもりでな」
乾いた笑いが上がった。
そして穴だらけの表が完成する。いや、未完だった。
「まぁいいか。んじゃ各担当場所の説明すっから聞いてくれ。記入した時間には必ず来いよ?」
みんなは説明を受けると、担当の人以外はさっそく散っていった。
「ねえねえ」
雷弩が表を見ながら頭の後ろを掻いていると、細身の女子が雷弩に話しかけていた。僕はそれを何となく眺めていた。
「表の埋まってないところはどうするの?」
虫食いのセーターみたいに穴だらけの表を指さす。
「ああ、俺たち七人でやるから安心してくれ」
雷弩がニカリと笑った。
「じゃあ任せちゃうね」
「おう! 任かされた!」
ファミレスで決めていた事だった。気にかけてくれる人がいたのが嬉しかった。
雷弩が表の確認を始める。僕と蒼流と佑、それに亞璃栖に美樹に麻揶は当たり前のように雷弩の回りに集まっていく。
「今日は三人いればローテで潰せそうだ。明日は昼の二時間だけ七人全員で、あとは四人で回せる」
蒼流も表を見て指でメガネを押し上げる。彼はこのポーズを崩さない。
「んじゃ今日は俺と零と亞璃栖で回して、明日は蒼流と佑と美樹と麻揶で頼むわ。昼から三人入ればいいな。OK?」
「イイよ~ん」
美樹が気楽に答えた。
「じゃあ美樹ちゃん、今日は一緒にまわろうよ」
「もちろん!」
美樹と麻揶が手をつないで飛び跳ねた。
「あー」
咳払いをして、蒼流がその二人に近づいた。
「良かったら俺もいいかな?」
「えー。なんかやらしー」
半目で麻揶が見る。
「うっ……すまん」
蒼流が慌ててどこかへ行こうとする。
「あははははははは! 嫌なわけないじゃん! 一緒にいこう!」
美樹が蒼流の腕を掴んで引き戻した。
「佑も行こう」
麻揶が成り行きを見守っていた佑に声を掛けた。
「いいッスか?」
「当たり前だよ」
麻揶が微笑む。
「行くッス!」
四人が僕たちを振り返る。
「それでは隊長! 出撃してきます!」
美樹が敬礼した。どうしてみんな軍式が好きなんだろう?
「おう、いてらー」
雷弩は適当に手を振っただけだった。気にせず四人は廊下の奥へと楽しげに消えていった。
急に七人全員で行動できないのが残念に思えてきた。
「あー。二人は圧縮空気の所頼むわ。あそこはタイミング難しいから、お前たちが最初に感覚掴んで、次の奴らに教えるようにしてくれ」
僕と亞璃栖が頷く。
「入口の語りは、なんだか女子にやたら人気があるんだよな。もっと白い腕の人数増やしたいんだが……」
「本当はみんな遊びに行きたいんだ。手伝ってくれるだけでも感謝しないと」
「それもそうか。俺はしばらく全体の様子見て、適当にヘルプに入るようにするからよ」
「わかった」
雷弩が腕を上げて手のひらを向ける。亞璃栖が力一杯それを叩いた。快音がする。
僕も彼の手を思いっきり叩いた。小気味良い音が僕たちの学園祭の開始の合図となった。
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