グリム童話航空はお安くなってます!

ちびまるフォイ

機長だけは優秀

「みなさま、本日は格安グリム航空へご搭乗いただきありがとうございます。

 機長のいばらです。めくるめくファンタジーな空の旅をお楽しみください」


貴重からの放送が途切れると機内サービスがやってきた。


「ビーフorチキン?」


「ビーフでお願いします」


「ビーフは切らしてて」


「じゃあチキンで」


「選べるのはリンゴだけです」


「なんで聞いた!?」


機内サービスを担当する白雪姫はドヤ顔でリンゴを差し出した。


「ちなみに、何個かは毒入りになっています」


「嫌がらせじゃねぇか!!」


「スリリングな空の旅を楽しめますよ」


「いりませんよ!」


白雪姫は不満そうにリンゴジュースだけおいて去っていった。

グリム航空ってこういう意味なのか……。


まさかグリム童話の連中が運営しているとは思わなかった。


今度は小さな女の子がやってきた。


「ねぇ、私のわんちゃんみなかった?」


「いや見てないよ」


「じゃあどうしてお兄さんの顔はそんなに大きいの?」


「生まれつきですが……」


「はっ! まさか悪いオオカミさん!?」


赤ずきんは慌てて猟銃を取り出した。


「おばあさんを返してーー!」


「ちょっ、ちょっと待てーー!!」


錯乱した赤ずきんは機内の壁に向けて猟銃をぶっ放した。

作られた風穴から一気に空気が吸い出される。


「ああああ! もうだめだーー!!」


必死にシートに捕まりながらも死を覚悟していたとき、

双子の兄妹が穴に向かってやってきた。


「君たち、なにやってるんだ! 外に吸い出されるぞ!」


「いくよ兄さん」

「そうだね、グレーテル」


2人は持っていたお菓子を穴にばらまくと、ぴたり穴をふさいでしまった。


「す、すごい……! お菓子で壁を埋めるなんて!」


「僕ら兄妹は魔女をやっつけたんだよ」

「これくらいのこと当たり前よね。兄さん」

「そうだね、グレーテル」

「兄さん」

「グレーテル」

「兄さん……///」

「グレーテル……!」

「にっ、兄さん……っ」

「グレーテル……グレーテル!」


「あのもう大丈夫ですから」


「「 これからが濡れ場なのに 」」


「いらねぇよ!!」


お菓子で塞ぐというアクロバティックな方法ではあれど

なんとか墜落の危機はまぬがれた……と思っていたが。


「ん? なんだあの雲……」


窓から見える景色が明らかに不穏な色をしていた。

乱気流。


嫌な予感は的中し、雲の中に入ったとたん機体は縦に横にと揺れまくる。


「ひえええ!! これ大丈夫なのか!?」


「ご安心ください。機長のいばら姫は優秀なパイロット技術を持っています!」


白雪姫が弁解するも、こっちは穴の開いた飛行機とお菓子補強だ。

いつ空中分解しても不思議ではない。


「いやだーーー! ここで死ぬくらいなら、王子様と会いたかった――!!」


ヒステリックに叫ぶラプンツェル。

髪をのばしていきなりドアを開けた。


「ちょっとラプンツェル! 何する気!?」


「ここから髪を垂らして地面に降りるぅーー!

 そして、素敵な王子様と出会うのーーーー!!」


「ここからじゃ届かないわよ!」


長い間閉じ込められた影響からか妄想をこじらせている。


「届くもん! いっぱい伸ばせばいつか届くもん!」


「仮に届いたとしても、髪を伸ばしてるあなたは地面に降りれないでしょ」


「はっ……」


ラプンツェルはあきらめて崩れ落ちた。


「そうよね……私は塔に閉じ込められて……飛行機に閉じ込められて、

 王子様と出会えることなく、このまま干物女として消えていくのね……」


「あらあら、非モテ女は大変ねぇ」


ゴージャスなドレスを着たシンデレラが火に油を注ぎにいった。

もう嫌な予感しかしない。


「わたくしが、緊急避難用にかぼちゃの馬車を出してあげてもよろしくてよ?」


「ほ、本当!?」


「かぼちゃの馬車をあなたの髪でつりさげれば、

 乗客のみんな脱出できますわ」


「それよ!!」


ムチャすぎる提案だったが、お菓子で穴をふさいだくらいなので

これくらいのトンデモ展開にはもう疑問を挟む余地などない。


シンデレラは魔法を使おうと杖を振ったそのとき。


「あっ」


嫌な2文字をつぶやいた。

みるみる豪華なドレスはみすぼらしい布きれへと変わっていく。


「はわわ……すみません~……。魔法切れちゃいましたぁ」


「ええええ?!」


「私の魔法は12時までなんです……。

 あと、通信制限かかっていると短くなってしまって……」


「なんだその魔法!」


完全な八方ふさがり。

乗客も従業員も極限まで追い詰められたとき、機内放送がかかった。



『みなさん、落ち着いてください。機長のいばらです。

 当機はただいま大変危険な状態になっています』



声の女性パイロットの落ち着いた言葉に、誰もが冷静さを取り戻す。



『しかし、私はパイロット訓練で首席を取っています。

 必ずやみなさんを地上へお連れ』



途中で放送が切れてしまったが、機内の秩序は取り戻された。


「そうよね。いばら姫だもの」


「私たちの中でもっとも優秀な人よね、兄さん」

「そうだね、グレーテル」


俺もみなの様子に安心感を感じた。


「そんなにいばら姫って優秀なんですね」


「ええ、どんな時もミスをしないことで有名です。

 彼女にかぎって失敗することはまずないでしょう」



「でも、いばら姫なんてグリム童話にいましたか?」


「いましたよ。別名の方が馴染み深いかもしれません」





「別名は眠れる森の美女って言われてるんです」



しばらくして、つなぎっぱなしの機内放送のマイクから

パイロットの寝息が聞こえてくると全員死を覚悟した。

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