ホームからの出発
……別に、負けたとか思ってないわ。
あたしは地味で目立たないところで、この場ではあたししかできない宝石洗いをずっとやってて、しかもトイレ見せないとかいうサービス精神の欠如、その上で、エレナが口を滑らせた通りなら、あたしの二つ名は『盛大に漏らすもの』だとか、あるいは『無限にジョバるもの』とかになってるらしい。笑いものになれても人気者にはなれないわ。
一方のエレナはずっと一人芝居を続けてきた。愛嬌もあるし、大きな声と身振り手振り、連動して揺れる二つの胸、色気を感じない千年蝉たちにも、珍獣的な物珍しさがるんでしょう。加えて、彼らの文化、特に剣術格闘術に夢中で、ほめたたえながら、具体的には「すごいすごーい」いいながら媚を売るスタイルは、マネできないわ。
だから、二人並んでの演説大会、あたしの『蝉でもわかる魔法基礎講座』よりも、エレナの『どこかできいたことのあるテンプレまみれ物語』の方が、受けも反応も良かったからって、あたしが負けたわけじゃないわ。
そもそも、魔法の説明なんか契約する精霊ありきの話で、それがこの場にいない状態で、杖から水出たら全部おしっこと考えちゃうような昆虫脳に説明できるやつなんかいるもんですか。
「いや、ヘミリアのお話も面白かったよ?」
「……だまらっしゃい」
エレナが勝手に慰めてきたころ、天井が赤く染まった。
これが夕暮れ、もうすぐ夜、一気に慌ただしくなる。
ぞろぞろと移動する千年蝉たち、駆け足で物を持ってったり持ってきたりしてる。
エレナ曰く、火を焚けないここでは完全に闇に呑まれるから、その前にやるべきことはやってしまわないといけないらしい。
それであたしたちも、どさくさに紛れてトイレ済ませて、乾いた服を着て、水とオートミールだけのご飯頬張ってたら火が消えたように闇の中、もう蝉たちは寝ちゃった中、持ってきてた灯り虫を頼りに最初に寝かされてた小屋へ、ダイヤモンドの扉は開けっ放しで、ベットの中に入り込むと、沈むように眠った。
…………エレナにゆさぶられ、起こされたのは、まだ天井が明るくなる前、まだ夜かなとも思ったけど、寝れた感じから朝方だと感じられた。
「……何」
寝起き、若干機嫌の悪いあたしに、エレナは瓶入りの灯りで照らされながら、変わらない笑顔を見せつけてくる。
「出発、もう準備できたって」
「準備?」
「てか、今から急がないと間に合わないかもって」
そう言って急がすエレナ、その後ろには細身のマミー、照らされた光が弱いから自信ないけど、その目には紫色のマーブル模様、多分ここまで旅してきたのが乗ってるんでしょう。
そんな二人に急かされて急いで出発の準備、服着て荷物まとめて水筒詰めようとしたら止められた。
「お水は重くなるからいいのいいの。それより早く早く」
急かされて急いで小屋を出ると、暗い中にビッチりと千年蝉、それとマミーたち、総出のお見送りだった。
「えーっと」
「それじゃあ! みんな元気で!」
お別れの言葉、エレナに持ってかれ、先を急がされる。
見上げてくる千年蝉たち、手を振って来るマミーたち、その先頭の一体は目が紫色に見えた。きっとここまで一緒に来たマミーが中身、だったら何か言い残すべきなんだろうけど、何にも思い浮かばない内に出発してしまった。
……それで、たどり着いたのは唯一案内されてなかった西側の通路だった。
他と同じような亀裂、だけど幅はこれまでで一番広くて、馬車なら二台は並んで走れそうなぐらいに広かった。
そんな中に一歩入ると、これまではまばらについてきていた千年蝉やマミーたちもピタリと立ち止まって、進むのはあたしとエレナの二人だけだった。
二人とも無言、だけど足早に進む先、曲がりくねってないけどそこそこ長い通路、こちらはあまり使われてないのか小石が乱雑していて足にかかる。当然全部がダイヤモンドだ。
そうして抜けた先、一目見て、あたしは息を飲んだ。
それなりに広い空間、ただ天井はどこまでも高く、遠く、それでもわずかに小さな点として、夜空が少し見える気がした。
そんな空間の真ん中、床の上、デンと置かれてるのは巨大なダイヤモンド、普通の巨木といったサイズ、なのに氷かガラスのように透き通っていて、わずかに黄ばむことを除けば反対側がそのまま見れた。
見事なサイズに透明度、だけどそんなものよりも、もっと目を引くものが、しがみついていた。
千年蝉、それも飛び切り巨大な、比較するなら小型の漁船ぐらいの一匹、その背中はぱっくりと割れて、透明な中身が飛び出していた。
……綺麗だわ。
無色透明、真っ白で透き通っていて、煌きだけで輪郭を示す姿、まるで精巧なガラス細工、いえこれは、黄色の抜けた完璧なダイヤモンドの輝きだわ。
損な中身が、茶色く黄ばんだ体からのけ反るように飛び出して、細い脚や、しわくちゃな羽根を、ゆっくりと広げていた。
羽化、普通の蝉も含めて初めて見るわ。
「ちょっと、早すぎたみたいだね」
そう言ってエレナ、マントで灯り虫の入った瓶を包んで裏くすると、壁際へ、腰を下ろした。
「これが、こいつが、出る手段?」
並んで座ってエレナに訪ねると、静かにうなづいた。
「夜明けと一緒に脱皮して、羽根が乾いたら上の穴から外に旅立つんだって。飛ぶ力も速度も凄いから、ベーコンも一緒に近くの町までひとっ飛び、連れてってくれるってさ。でも全部初めてだからちょーっと練習いるかもって」
説明するエレナ、だけど声に緊張と言うか、何かがあった。
「……ここで待ってていいの?」
「うん。本人から許可貰ってるよ。見られてもあんまり気にならないみたい」
「じゃあ、なんで、みんなは来ないの?」
「それは、ね」
言って、エレナ、らしくなく、小さくため息を吐いた。
「……やっぱり千年蝉は絶滅するんだって」
「え? いやだって」
「うん。数はいるよ。だけど、みんな年齢がバラバラで、同じ夏に脱皮できないんだってー」
言われて、思い出す。
蝉は幼虫の姿で何年も生きるけど、羽化した後はひと夏の命、種類によっては一週間保たないらしい。
その間に結婚して、子供をつくる。
けれど、独りぼっちじゃ、それもできない。
なまじ幼虫同士で知り合って、長い年月生き続けて、先が予測できるほど賢いから、先がないのがわかってしまう。
他の誰もがここに来れないのは、辛くて来れないからなんだわ。
「……みんな言ってたよ。もう消えるしかない種だけど、それでもあのお墓を作ることで、生きてきた意味を残せるって。ただの餌でも化石でもなくて、ちゃっと意志を残せるんだって、きっと笑ってたんだと思うよ」
そう、静かに言って、珍しくエレナは黙り込んだ。
……あたしも、なんの言葉も見つけられなかった。
ただ黙って、二人、並んで座って、羽化の成り行きを見守っていた。
◇
…………どれだけ時間がたったかわからないけれど、羽化する姿はいくら見てても見飽きなかった。
茶色く縮んだ抜け殻に捕まりながら、透明な羽根が広がって軽く羽ばたけるようになると、その体にはすっかりと色が、まるでエメラルドのような鮮やかな緑色となっていた。
大きくて、立派で、ちょっと気持ち悪いフォルム、なのに透明度は残っていて、まるで宝石が生きて動いてるかのようだった。
「ソロソロみたいだね」
言ってエレナ、立ち上がる。
「出発するけどヘミリア、忘れ物ない?」
「あるわよ。この旅の目的、お母様の形見、結局ひっぺがすチャンスなかったわ」
「そりゃ、えぇ」
「良いのよ。次来る時に梯子とか持ってくるから」
「いやぁ、やめよーよそうゆーの」
ハハハと笑うエレナ、ふと表情が変わる。
「ねぇ、ヘミリアはこれからどうするの?」
「帰るのよ。違う?」
「いや、そうじゃなくってさ、ここから連れ出してもらって、このビンの子ら返して、ベーコン回収して。全部の旅が終わって、それから、もしよかったら。あぁでも、ヘミリアお金いっぱいあるから、もう別に冒険しなくてもいいのか」
「ないわよ。お金なんか」
「え? 嘘?」
「今更嘘ついてどうすんのよ。今のあたしはお金ないわよ」
「いや、え、でもほら、あんなにいっぱい持ってたじゃない。わたしもそれで雇ったんだし」
「そんなの借金に決まってるじゃないの。だからそうね、エレナの質問に答えるなら、返ったら借金返済に奔走ってとこかしらね」
「……待って、いや待って、ヘミリアのお家って、貴族様でお金持ちだよね?」
「だから何よ。お金のためにお母様の形見売っぱらったあいつのお金使ったらあたしもあいつの同類になっちゃうじゃないの。だから金策、そのための借金も、その返済も、全部あたし一人でやってこそじゃないの」
「……いや、あの、え? ちょっとヘミリア、借金どんだけしたの?」
「そんな心配しなくても返済プランならちゃんとあるわよ。正確には借金するための条件だったんだけど、返す当て無いなら向こうで就職先用意してくれるってさ」
「……ちなみに、どんな?」
「詳しくは知らないわ。ただ、クライアントの接待だって。長くても一週間ぐらいで、場所もシチュエーションもバラバラ、個々の拘束時間は長いらい岩。それに怪我するかもしれないけれど、馴れたら退屈なほど簡単な仕事、だそうよ。あぁでも、先輩のダークエルフの人、綺麗な人だったけど、すっごいやつれた顔してたからきっとハードなんでしょうね。でもあたし美少女だし、そこら辺は上手く」
「ダイヤ! ヘミリアダイヤモンド! いっぱい持って帰ろう!」
「何よいきなり」
「わたしも忘れてた! でもこんだけあるんだからいっぱいいっぱい持って帰ろーよ! そこらに落ちてる小石だってダイヤモンドなんだし! それ一つ二つじゃ無理でもポケットいっぱいだったらほら余計なもの捨ててって! スペース空けて!」
「ちょっと!」
「ほらぁ! まずいらない物! 空の袋に、これ何? 財布! いらない!
こっちはーっと、何で宝石? あと豆?」
「マミーとの交渉用よ。結局使わなかったけどね」
「えーっと、これって、ダイヤモンドとどっちが高価?」
「それ全部であの親指サイズで同じぐらいかしら」
「だったら置いてく。それからこっちは何?」
「結晶葡萄! そこにあったのねってなんで勝手に食べてんのよ!」
「ほらヘミリアも食べちゃって! それでスペースができるからそこにともかくダイヤモンド詰めて詰めて! 鞄もポケットも」
「エレナ、飛んでる」
「ちょっと待ってもらって!」
言い放ちなが這いつくばって転がる小石のダイヤモンドを吟味するエレナ、その上で乾ききった羽根を広げて思い切り飛翔する千年蝉、何かの宗教画のような構図だった。
その飛ぶ姿、影さえも綺麗だった。
……持って帰るなら、ダイヤモンドよりも千年蝉のほうがいいな、と思っちゃった。
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