ホーム4

 ……千年蝉たちの案内で、ここがおおよそどうなってるかはわかったわ。


 正確な方向じゃないけれど、あたしが寝てた場所が中央、そこからお墓を北とするならば、南側が外への出入り口、あの真っ暗な石炭ばかりの空間に繋がっていた。


 更にその石炭空間を抜けて上がったところにまだ生きてる世界樹、ほぼ根っこの位置らしく木目が薄い部分に出る。


 そこの世界樹をダイヤモンドで切り付けると溢れ出る樹液と削れ落ちる木材、中央に持ち帰えれば樹液は食料と虫よけに、木材は叩いて繊維にして、包帯などに織りなおす。


 牧歌的、なんかのんびりとした暮らしをしてるようだった。


 そことは別に西側と東側にもまた別の通路があって、西側は何故だか進入禁止、入れてもらえなかった。


 それで残る東側、出ると同じように岩が転がる平野、その奥へ少し進むとまた別の縦穴が、ただしずっと大きな穴が、ぽっかりと開いていた。規模だけ見ればほぼ崖、対岸には石炭が混じってるのか黒く見えた。


 半透明なダイヤモンドのせいで見通し良すぎる下は、本当に底が見えない闇、エレナの通訳によれば外で見た根元のあの毒沼まで直通らしい。ここはゴミ捨て場、排せつ物捨て場でもあり、千年蝉の墓場でもあると、平然と言われてしまった。


 ……で、あたしは今、その穴の淵で、宝石を水洗いしてた。


 呪文を唱え、小出しに水出し洗うのは、今回の買い出しでマミーが手に入れた宝石、使わない肺の部分に隠して持ち込んだもので、あたしの両手じゃ抱えきれないほどの量があるけれど、これまでに比べるとかなり少ない方らしい。


 色とりどりの宝石、その一つ一つが大きく輝いていて、そこらのダイヤモンドにも負けない美しさがある。


 けれどその表面は、あのガッツとの戦いで毒に染まっていた。


 触れると包帯さえも溶かしてしまう猛毒、幸いにも宝石やダイヤモンドなんかの石なら平気で、水で洗うと落ちる様なので、あたしの出すたっぷりの水で洗い流してた。


 あのお墓を見た感動に、あたしの心は洗われて、それで何かいいことしたいと思って、自分から名乗り出た。


 そのこと、すでに後悔してた。


 水を出し、ダイヤモンドのボウルに満たしてその中へ、宝石を浸して濯いで、細長いダイヤモンドの棒二本で掴んで取り出して、テスト用の包帯に乗せて毒性をチェック、まだ溶ける様なら水を取り替えやり直し、大丈夫そうなら横の別の包帯の上に退けて乾燥へ、地味で退屈な仕事、あたしってばこの旅でこんなようなことばっかりやって来た気がする。


 それでももう半分、コツもつかめたし、もう少しね。


 汚れた水を足にかからないよう気を付けながら崖下へ流して、額の汗を手の甲で拭う。


 それでちらりと振り返ると、何匹もの千年蝉の幼虫たち、エレナのとこに比べたら数は少ないけれど、それでもびっちりとあたしの作業を見守っていた。


 所詮相手は虫、わかっていても見られていい気分じゃないわ。


 思いながらずれるパンツを引っ張り上げる。


 ……あたしもこの旅で大分とタフに、あるいは下品になったわ。


 旅に出る前だったら、こんなパンツとシャツだけの格好でしゃがんで水洗いとか、人目のあるなし関係なしに絶対にしてなかった。実際、思い返すとまだ羞恥心で顔が赤くなる。


 けど、さっさと終わらせたい思いと利便性、水洗いでまた濡れるからという合理性から、こんな格好のまま、顔を真っ赤にして作業を続けていた。


 さっさと帰りたい、その一心だった。


 と、背後で物音、騒ぎ出す千年蝉たち、振り返れば沢山の千年蝉引き連れたエレナだった。


「へみりあどーお?」


 相変わらず黒の下着姿、ガラガラの声、あれからずっと一人芝居を続けてたんでしょう。


「やっと半分よ。でも今日中には終わると思うわ」


 応えながら天井を見る。


 灯り、ダイヤモンドを通して伝わる太陽の光、方向なんか分かりっこないけど、体内時間と食事のタイミングでまだお昼前だとはわかった。


「そんな急がなくてもいいよ」


「嫌よ。さっさと終わらせて帰るのよ」


「え? 何で?」


「何でって……」


 言葉を濁しながら振り返る。


 千年蝉、エレナが連れてきたのと合流して凄い量、彼らは視力は人並みだけど聴力はけた違いに鋭い。


 ひそひそ声、どころかこちらの鼓動も正確に聞き分けてくる。後は経験を積めばあたしが何を考えてるか、ぐらいはすぐに聞き分けられるようになるでしょう。


「なぁに、じろじろ見られるの恥ずかしい?」


「当たり前じゃない」


「いやーーでも勘弁してあげようよ。彼らから見たらわたしたち湿った人体って珍しいんだよ」


「湿ったって」


 言いかけて、疑問がわく。


「……あの、マミーの原料って死体でしょ? その死体って、どこから調達してるか訊いた?」


 嫌な想像、だけどもエレナはあっさりと否定した。


「あれね、世界樹の外から持ってくるんだってさ。なんでも今回の買い物の旅に出る前に、予行練習とかで何度か出回ってるんだってー。で、その時にのたれ死んじゃった人を拾って来るってさ」


 言われて思い出すのは、あのグールがいた建物の手前、干からびた死体に施した行為、あれはお墓じゃなくて死体回収のための目印だったわけね。


 それで、また別の疑問が出る。


「こっちに来るルートは見てきたわ。けど出るルートって、どこよ?」


「あぁそれね」


 エレナ、言ってあたしが使ってた長細いダイヤモンドを片手で掴むと、水平に構えて先端に小さなダイヤモンドを置くと、手に力を入れてぴょいんと弾いて飛ばして見せた。


 ……それだけで何となく、ろくでもない移動方法だとは想像できた。


「あぁでも、もう一日待ったらもっと安全な方法で戻れるってさ」


「いやよ。あたしはさっさと帰りたいわ」


「いや、えーー、せっかくなんだし、もっとゆっくりしてこーよ。彼らの話面白いよ? それにマミーたちの戦い方、独特でさ。ちょっと教えてもらってるの」


「だまらっしゃい。あたしはそんなの興味ないし、そう言う問題じゃないのよ」


「えーーーじゃあ、なぁに? ここ安全だし、寝る場所もあるし、お水はこの通りだし、食べ物だって、あの樹液が口に合わないんなら持ってきた分だけでもそこそこ保つよ?」


「違うのよ。そうじゃない」


「あぁベーコン、心配なのはわかるけど、餌とかたっぷり残してきたから一日ぐらいは平気だって」


「そんな存在、今の今まで忘れてたわ。そんなことより問題なのは、ここに、ないのよ」


「……ひょっとして、トイレ?」


「……そうよ」


「あーーそっか。あぁでも、そういや彼らってどうやってるの? 全然臭くないけどさ」


「ここよ。この穴からお尻だけ突き出して、出し捨ててるの。固形物食べてないからほぼ液体で、した後拭かないで、見られてるのも平気でさ。こうして洗ってる間も何匹もしてったわ。それとダイヤモンドのオマルもここで捨ててったわ」


「へぇ……え? 何、トイレあるんじゃん。だったらわたしたちも、あ、ひょっとしてここでするの怖いの?」


「まさか。する時はこっちでして、後から全部水で洗い流すわ」


「それは、ちょっと汚くない?」


「そんなの踏まなきゃいいだけじゃない。それより問題は、彼らよ」


 そう言ってエレナと一緒に振り返る。


 つぶらな瞳、マミーよりも可愛らしい外見だけど、何考えてるかわからないのは同じ顔、そんな千年蝉たちがずらりと並んで、あたしたちを変わらずじっと見ていた。


 ずっとこんな感じ、どこ行くのも、何をするのも絶対についてくる。


 食事、会話、着替え、荷物の整理、そこまでやってるならトイレも来るでしょう。


「……まぁ、珍しいからね」


「だまらっしゃい。そう言う問題じゃないでしょ。音はまだ我慢でいるとして、あたしは昆虫相手でも公開トイレなんかまっぴらごめんよ」


「わたしもそれはちょーーっと、やかな」


 そう言ってエレナ、見てる幼虫たちに向かってく。


 身振り手振り、それと言葉、エレナが交渉してるのはわかる。


 対して千年蝉の言葉は振動だった。


 前足でダイヤモンドを叩いて、不定期なリズムを刻む。


 そのリズムが彼らの言葉、元は昔の軍用暗号らしくて、エレナ初め軍人ならばある程度はわかる内容らしい。


 言葉とリズムの交渉、頷き、ジョークでも言われたのか笑って返して、それでエレナが戻ってきた。


「良いって、一言言ってくれたら退くってさ」


 あっさりと解決、流石に昆虫とは言え、プライバシーの概念はあるみたいね。


「というか、見られるのが嫌ならもっと早めに言ってほしいってさ。嫌ならこんな並んでなかったってさ」


「何よ。あたしがトイレに行くのを待ってたって?」


「じゃなくて、そんなに見られたくないなんてわからなかったってー」


「……豪快?」


 あたしはまだ、こっちに来て出してない。


 それを豪快と表現されて、考えて、杖を見る。


「待って。あなたたちはわけ?」


「みたいだよ。なんか、普通の魔法とかよくわかってないみたい」


 言葉を失う。


 魔法を覚えたての頃に散々聞かされたおちょくりの言葉、それをまさか聞かされるなんて、そう見られてたなんて、あたしびちょびちょだったのよ?


「いやー生きてる人のしょんべんは凄いなーだって。綺麗だし量あるし宝石洗えるし、しかも飲めるんだもん、って」


「だまらっしゃい!」

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