ホーム3

 思った以上に、ダイヤモンドでできた空間は広かった。


 いえ、壁とかが透き通ってるから見た目的に広く見えてるだけかもしれないけれど、それでもかなり歩かされた。


 ……その道中の印象は、地上の未開地を歩いているのに似てた。


 見渡す限りのダイヤモンド、凹凸、大小、勾配、あってもほとんどが黄色く透明な煌きで、遠くに見える家とかが無ければ方向なんかあっという間にわからなくなる。


「なんってたっけ? 植物の中の水の通る管、それを通して外の灯りがここまで届いてるんだってー」


 先頭を行くエレナが自慢げに説明する。


 それを聞きながら見上げた高い天井には確かに灯り、見渡すのには十分だけど見続けても目が眩まない程度の灯りを見て、あたしは気が付く。


 溝、天井、規則正しく並んで、一定の間隔、まるで大きな円を描いている端のように見えた。


 きっとあれ年輪ね。


 そしてこのダイヤモンドも、世界樹だったんでしょう。


 原理なんか知らないわ。


 ただ、昔の植物が枯れずに地面に埋まって、圧縮されたのが石炭で、それがもっと圧縮されたのがダイヤモンドだとは知ってる。


 それと似たような現象が、世界樹の内部で起きた結果のこの空間、だとまでは想像できた。


 そうしてたどり着いたのはダイヤモンドの壁、そしてそこに走る亀裂だった。


「角触ると切れちゃうらしいから気を付けてねー」


 いいながら馴れた足さばきでひょいひょい入っていく。


 その後に続くあたし、その後ろにマミーが二人、だけど幼虫たちはその場に留まった。


「あーーヘミリア、こっからは、みんなにとって大切な場所だから、お行儀良くしてね」


「大切って何? 聖域ってこと?」


「まぁそうかな。正確にはお墓だって」


「墓、誰の?」


「わかんない。けど、あのマミーの体のつくり方を教えた人たちだってーー」


「教えたって、ちょっとどいうことよ!」


「ほら、着いたよ。お行儀よくして」


 そう言われ、エレナが退いて現れた空間、目の前に現れたのは、大きな穴と、その中に伸びる黄色い氷柱だった。


 穴は、直径があたしの身長の七倍ぐらい、垂直に落ちていて、その中に向かって太さが三分の一ほどの氷柱が挿入されていた。


 それでその穴の深さ、どれほどなのか、覗き込んだあたしは息を飲んだ。


 氷柱の先端が、七色に輝いていた。


 黄色の氷柱はダイヤモンドとは違って輝きは控えめで、むしろ透明度が高く、表面も滑らかで、ほぼ垂直なのに水面みたいに見えた。その代わりに輝くのは中、赤、青、緑、紫、ピンクにオレンジ、大小まばらな輝きが点々と、立体的に上から落ちてきた光に当たって様々に輝いていた。


 綺麗だった。


 普段、可愛いものは鏡て見てきたあたしだけど、純粋に綺麗で、心を奪われるようなものを目にするのは、多分生まれて初めてだった。


 そんな氷柱の先端が指し示す、穴の底、落ちたら絶対助からない深さの底に見えるのは、白い石で作られた二つ、多分だけど、棺だった。


「あの中に、その教えてくれた人が?」


「そーらしいよ。細かなとこまではわたしも聞けてないんだけど、なんでも恋人どうしてここにまで逃げてきたんだって。で、その時の、千年蝉? は賢くて魔力はあったんだけど自衛の手段がなくて、食べられてばっかだったんだって。それで、恋人の方は隠れ住む場所を、千年蝉の方は自衛の手段を求めて手を組んだーー出会ってる?」


 エレナの確認に、ついてきてたマミーの一人がカクンと頷く。


「で、見ての通りマミーが完成して、二人は末永く暮らして、けど寿命がきて死んじゃった。そのお墓がここ。それで、あ、やって見せてくれるって」


 そう言ってエレナ、覗き込んでたあたしを引っ張り端に引き寄せる。


 その代わりに前に出たのはもう一人のマミー、その手には赤く光る宝石が一つ、それを手首から解いて伸ばした包帯の中ほどに包んで、折りたたみ、振り回した。


 見覚えのある行動、ここまでの道中でマミーが見せた投石の方法だった。


 そして撃ちだされる赤い宝石、光の氷柱へ、当たってめり込むと、何故か弾かれずに落ちもしないでめり込んだ。


「あれって、世界樹の樹液の濃いやつなんだって。こうしてる間も乾いていって、最後には琥珀になるんだって。それでお墓を包み込み、誰にも引き裂かれないように封印する。そんな二人が見上げる景色が輝かしいものにするため、ずっとマミーとして宝石を集めてたんだってさ」


「……まって、じゃあ、あたしの家から買ってった宝石も、あそこに?」


 問いに応えたのは今しがた発射したマミー、カクンカクンと頷いた。


 頷かれてしまって、もうあたしには笑うしかなかった。


 これは、もう、確かに、持って帰るのは『できない』わね。


「……その、封印、あとどれくらいで完成なの? 濃い樹液って言われても止まって見えてて、とてもじゃないけど流動してる風には思えないわ」


 あたしの問いに、カクンカクン頷いてたマミーから、カチカチと、不定期な音が響く。


 そうやらその音が彼らの言葉らしく、いつの間にか習得したエレナがウンウン頷きながら指を折り数える。そして目を見開いてから、あたしに通訳した。


「なんか、底に着くまであと二百年弱、完全に乾燥して封印しきるのは今から六百年ぐらい後って計算らしいよ」


「……は?」


 途方もない数字、ただ聞いただけでは長すぎてそれだけだけど、だけどすでに四百年、やって来た。


 なら、六百年ぐらい、やり遂げるでしょう。


 それで、新ためて氷柱を見下ろす。


 やっぱり綺麗だった。


「あーーーーそうだそうだヘミリア、お願いがあるんだった」


 ポンと両手を叩くエレナ、そしてタタタと氷柱とは反対側の壁際に走ってく。


 そこにはダイヤモンドじゃない、白い石が置かれていた。


「ここ。ここにその恋人の名前が書かれてるらしいんだけど、古い文字で、ちょーーーっとわたしには読めなくてさ。千年蝉も個人の名前って概念がないらしくて覚えてなくて、ちょっと読んでみてくれない?」


 言われて好奇心がムクリと顔を出す。


「ちょっと見せて見なさいよ」


 足早に向かい、白い石の石板を覗き込む。


 ……確かに、古い文字、今は使われてなくて、学校では教えてくれない言葉った。


 だけどあたしには読めた。


 これは、魔法の呪文と同じ言語だった。


 精霊が呪文を作り、そこから言葉が産まれた。


 何処かのインチキ宗教家がほざいてそうな言葉だけど、実際に呪文を公用語にしてた文明はあったらしい。


 それがどうして今みたいになったのかなんて今はどうだっていい。文章、

 読んで頭の中で、今の言葉に置き換える。


『人の地より愛を認めらえなかった我ら二人、持てる知識と技術と愛情をこの地と新たな文明に託す。ラザロ・クロックハンド&ベルトリクス・ドッグハウリング』


「……ちょっとごめん、読めそうにないわ」

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