ホーム2

 ダイヤモンドの物干し台に物干し竿、そこへ乱暴に引っ掛けられてるエレナの服と、あたしの服、下に転がってるのは靴が二対、シュールってこういうのを言うのよね。


「いやーー、ヘミリアほら、爆発の時、いっぱい水出たじゃない? それでビシャビシャでさ。着たままで寝かしてたら風邪ひいちゃうじゃん」


「それは、わかってるわよ」


 応えながら背伸びして裾を触るとまだ湿ってて、これを着るのには抵抗があった。一応、あたしはパンツと、毛布で体隠しててそれほど羞恥心はない、乾く間ぐらいは、まだ我慢できそうだった。


 けれど、エレナはちょっと何とかした方が良いわ。


 がっつり下着姿、それも目立つ黒一色、それで大きな胸を揺らして平然としてらえれるのは、見てるあたしの方が困るわ。


 というか、冒険者になる女性って、ひょっとするとみんな頭がどうにかしてるのかもしれない。


 ……それで、漠然と思い出す。


 あの黒い空間でのこと、ガッツのこと、本当に訊くべきことが溢れてきた。


 それで、訊かなきゃいけない。


「エレナ、あの、自爆しようとしてたガッツは?」


 質問に、エレナはすぐに応えた。


「彼女ねー。ちょっとわかんないんだ。ヘミリアいっぱい水出して流しちゃったから、爆発はしたんだけど、ひょっとしたら生きてるかも。あぁでも、この場所は知らないはずだから、これ以上襲ってくることはないんじゃないかなーー」


 ……エレナと旅して、もう九日? 十日?


 それで、初めてよね、


 確証なんかない、ただの癇だけど、間違いないわ。


 その意味、その心遣い、その真実、そして優しさ気遣いを、あたしは理解する。


 いい気分じゃない、けれど、これまでよりかはマシだった。


「あーーーそれでねヘミリア、ヘミリア水出した後バタンキューで、どうしよーってなってたらみんなが迎えに来てくれたの」


 そう言ってエレナが振り返り指示した『みんな』がびっしりと並ぶ、あの琥珀の虫たちだった。


 あの一人芝居、見いてた群れがそのままぞろぞろついてきて、そこへ道中また別の群れが加わって、背後にはびっちりと大繁殖していた。


 ぞっとする数、それもサイスが大きくて、なのに虫だと遠目でわかるフォルム、


 ただその中にポツンと一人二人、マミー(仮)が立って混じってる姿は、変な感じね。


「でさ。本当はダメらしいんだけど、マミーを助けてくれたから特別にお友達に馴れたってわけなの」


「助けた? 確かにそうだったけど、マミー死んじゃってたのに良く信じたわね」


「え? 死んでないよ?」


「……何言ってるのよ」


 エレナの言葉、嘘っぽさはない。だけどあれは死んでたはず、じゃあ何よ?


「えーーーーーーっとーーーーーいた!」


 エレナ、群れなす琥珀の虫の群れの中、探して、何かを見つけて飛び込んだ。


 密集する中わずかな隙間、つま先立ちで跳んで跳ねて渡って、慌てて逃げる琥珀の虫たちの中から一匹を掴んで戻って来る。


「ほら、この子、見覚えは?」


 言われたって虫の顔の違いなんか分からない。


 けど、この個体は、ちょっと紫の入ったマーブル模様だった。


 その色合いには見覚えがある。けど、それとマミーとが繋がらなかった。


「あーーーこっからは見た方が早いかーーーな!」


 マーブル模様をあたしに手渡してからまた跳ぶエレナ、今度捕らえたのはマミー(仮)、多分あたしにカップをくれたのだ。


 ひょいとお姫様抱っこで引き連れて、あたしの前に立たせると、無粋に額を掴んで真上に引き上げた。


 ずるりと、下顎から上がずり上がる。


 そのまま後頭部が首の後ろにまで届くホラー、そして開かれた断面図、本来ならば脳がありそうな場所に、鎮座してるのはそこらにいる琥珀の虫だった。


 …………あまりの光景に、あたしの頭の中で情報が氾濫する。


 ゴーレムの話、ゴーレムを作る最後の仕上げとして体内に生き物を閉じ込め、殺す方法があるという。


 そうすることで生き物の持つ魔力を余すことなく吸い取れるうえ、そこに現れる魔力の波形が行動をつかさどる魔方陣に干渉して性能が良くなるのだそうだ。


 ただこれは半分オカルトで、魔力はまだしも性能は上がらない、ただのゲン担ぎだと一般的には言われてる。


 また別の話、手足を失った人への義手義足の話、こっちはオカルトじゃないわ。


 学説にもよるけど、魔力の大半を作るのは頭かお腹だと言われてる。そして手足を失った後もその手足を動かすための魔力は生産され続けている。


 だからわざと手足を落として魔力を底上げしようとする人もいるけどそれは別の話で、言いたいのはその動かすための魔力で、専用に作られたアーティファクトを動かす技術があるってことよ。


 お金と技術の問題もあるけれど、強力なアーティファクトは生身よりも性能がいいとも聞いたわ。


 それと繋がるアンデットの話、アンデットは死体に魔力を通して動かしている。もっと言えば死体に似せて人工的に作られたのがゴーレムとも言える。


 だったら、それらの技術を応用して、死体の腕を他人に移植できるんじゃないかって、新聞に出てた。より簡単で難しい技術のいらない義手義足、死体当人も保険という形で契約すれば、死後自分を切り売りすることで遺族にまとまったお金も残せる。倫理観と宗教観さえ許せば画期的な発明だとあった。


 ただ、続報で、死体からの疫病や呪いの問題に、繋げるにしても相性があること、鮮度が命に直結してること、即ち死ぬのを待つより殺して奪った方が確実だとの見解から、いつの間にか流れてた。


 それら知識が統合されて、一つの事実にそうとしか思えない仮説に、たどり着く。


 マミーは、この琥珀の虫に操られている。それも、直に乗り込んで手足のように自在に、だ。


 ……冗談どころかトンデモ話、演劇や絵物語ですらありえない設定、存在、ギミックに、言葉を失う。


 こっちの最先端だって、あの大きな列車を動かすのに巨人詰め込まなきゃならないってのに、その数世代先、いえそれどこか魔法の有り無しぐらいの歴然の差、開いて、ずっと先を行ってる。


 それだけの技術を、四百年も前から?


 あり得ない。そんな化物じみた生物、地上にいたらとっくに支配者になってるわ。なのにそれが、世界樹の内部とはいえ影に隠れて……あ!


 閃き、繋がる。


「ひょっとして、この虫たちって『千年蝉』の幼虫?」


 言葉に出して、繋がる。


 千年蝉、その名の通り千年の時を生きたとされる珍しい蝉で、二百年ほど前に絶滅したと聞いてる。


 その原因は美味しすぎるから。


 栄養を千年かけて貯め続けた体は宝石のように美しく、甲殻を割った時に解放される芳醇な香りは立った一匹で城内全てをみなし、透き通った身は熟れた果実のように柔らかく、その甘さは何物にも代えがたい唯一無二の甘美、そのおいしさを長々と語っただけの文献が残されてるほどだった。


 その味は人だけでなくモンスターにも大人気らしく、羽化した抜け殻一つで大群が呼び集められて大変だった、みたいなのも読んだわ。


 そうして乱獲され、最後の一匹もどこかの晩餐会に出されて絶滅して、今では羽化できずに死んで干からびた化石しか残されておらず、その化石さえ『世界三大甘味』に選ばれるんだから、どれほど美味しかったか想像もできないわ。


 そんな千年蝉、あたしたちの世代だと学校でやらされる自然環境の授業で、愚かな人の手により消え去った可哀そうな動物の一つとして宿題に出される存在だった。


 ……絶滅なんか嘘じゃない。


 どうしようもない現実、解かれた謎、露になった真実、だけど全部じゃない。


「……その、千年蝉が、マミーなのはわかったわ。持ち出したダイヤモンドも、これだけあるならホイホイ渡せるでしょう。けど、じゃあ、なんだってあなたたちはあんなに沢山の宝石を欲しがってるわけ?」


「あーーーそれも、見た方が早いんだけどーーいいいよね?」


 エレナ、取った頭上半分を返しながら千年蝉の幼虫たちに訪ねると、ダンダンと、彼らは前足で床を叩いた。


「いいって。行こ!」


 言うやエレナは歩き出し、その後ろに幼虫たちが、その中に飲まれながら、あたしも続いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る