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 『粉塵爆発』


 燃えやすい粉が舞い散る中に火種を放り込むことで連続して燃焼、結果爆発につながる現象のことで、主に炭鉱や製粉所、時には繊維工場や金属加工所でも発生し、昔は多大な犠牲を出してきた。けれども現代、その原因がはっきりしたため様々な対策が、火種をどかす、粉をまき散らさないなどがとられるようになって数は一気に減ったと聞く。


 そうでなくても大量の粉を扱わなければ発生しないこの粉塵爆発、なんであたしが知ってるかと言えば、みんなが知ってるからだった。


 特に男、学校の男子から出会ったギルドの人間、旅の中でも時々聞くぐらいに話題に上がっていった。


 男は粉を見ると粉塵爆発しか連想しないらしい。


 ただそのおかげで、あの石炭ばかりの黒い空間で粉塵舞わせるガッツの狙いが看破できて、なんとか覚醒できたんだから無駄じゃなかったわね。


 ……あたし、生きてるわよね?


 不安から一気に覚醒、目覚めて跳ね起きる。


 黄色い部屋、寝かされてたのはベットだった。


 上にかけてられてるのは何か、茶色い繊維、下には藁みたいに敷き詰めただけ、それでチクチクするのは裸だからだ。


 ……裸だ。


 触って確かめ確かな事実、服、着てない。


 全裸、じゃないけど真っ白でフリルのついたパンツだけ、他は靴下すらない。


 頭を真っ白にしながら視線を泳がして部屋中を探す。


 壁や天井はこれまで見てきたのと同じっぽい白っぽい石、ただ差し込む灯りが黄色すぎて黄ばんで見える。


 その灯りは窓から、はめてあるガラスが黄ばんでるんだ。しかも表面が歪で、なのに無駄に煌いてる。


 ……ん?


 その輝きに見覚え、だけども冗談にしか思えない。


 窓はそんなに大きくないとはいえ、あたしが潜って通れるサイズ、それで、黄色で輝いてる?


 矛盾、解決するため、もっと近くで見ようと毛布を体に巻き付け、立ち上がろうとして、ベットの淵に手が触れた。


 冷たい。そして滑らか。黄色い光の中では自信ないけど、これも黄色く輝いていた。


 ……冗談でしょ?


 思わず、撫でまわす。


 擦って、叩いて、引っ掻いて、やっぱり自信はないけれど、けど、だけど、これ、石石のベットの枠、ダイヤモンドっぽい。


 しかも淵とかのレベルじゃなくて、丸々が一枚板、それが四方、まるで木の板を組み合わせてベットを作ってあった。


 なら、ここ?


 半信半疑、何か確証が欲しくて室内を見回したら、いろんな物で溢れててた。


 道中で見かけたお皿から干からびた木の葉、変色した塊は昆虫の亡骸かしら? 馬鹿なガキが森で拾ってきた宝物のような雑多なガラクタばかり、その上にはあたしの荷物、鞄にゴーグル、杖や水筒も乗せてあって、なのに服だけがない。


 それらを置いてるのはテーブル、埃でくすんでるけどダイヤモンドみたいだった。


 わけがわからない。


 追いつかない頭を何とかしてると、ギギギ、音がした。


 見ればドア、外されてる。流石に開閉するほどの技術はなかったみたいで、だけど蓋を外すようにドアを外す光景はシュールね。


 それで、入ってきたのは、マミーだった。


 ……いや、え? いやいや。


 新たな情報にあたしの可愛い頭が混乱する。


 入ってきたのは間違いなくマミー、全身包帯、干からびた顔、黄色い目も同じ、服装は違って、包帯と同じ素材で編まれたゆったりとしたローブ、着替えぐらいはするでしょうよ。


 だけど絶対、別人だわ。


 背も低いし体も細い。動きはぎくしゃくしてるけど、心持ち女性っぽかった。


 そもそもマミーは上半身残して死んでたはず、だったら同種? いっぱいいる?


 考えてるあたしの前に、マミー(仮)がやってくる。


 言葉なく、表情がないまま、あたしに差し出してきたのは、古ぼけてヒビも欠けもあるカップ、顎をしゃくって飲め、と言ってるのだろう。


 好意、受けたなら頂かなければ失礼、それに喉も乾いてたので遠慮なく受け取る。


 中身はどろりとした金色の液体、漂うのは甘さを感じさせるいい香り、ではあった。


 けど食べ物の臭いじゃない。


 例えるなら、木を削った時のいい香り、新しいタンスを開けた時のような香りだった。


 ……ニス?


 一度思ったらそれ以外思えない。これは、マミー用の飲み物、人用じゃないでしょう。それでも、受け取ってしまった手前、どうしていいかわからない。


「しかーしそれで物語は終わりじゃなかったー!」


 その時響いた声、外から、エレナの声だった。


 生きてた。無事だったらしい。


 安心、顔を見たい気分、だけどこのマミー(仮)がいる。


 目線、黄色い。


 親切を無下にするのは可愛くない行為、あたしは仕方なく、カップに口を付ける。


 ……思ったよりもさらりとしてて、香りはやっぱり食べ物じゃなく、妬け付くほどに甘い中に無視できない苦みがあった。


 はっきり言って、食べ物じゃない、それどころか、絶対お腹壊すやつよ。


 ……これってひょっとして、マミーに変身しちゃう薬?


 想像した時にはもう、全部飲み干しちゃってた。


 ……まぁそんな都合のいい薬なんてないでしょうと、カップを返す。


「ご馳走様でした」


 可愛くお礼を述べてから、毛布を体に巻いて外へと出る。


 途端、目が眩む眩しさ、真夏の砂浜を思わせる光、薄眼から目を鳴らして開けてくと、黄色い世界だった。


 明るく輝く天井、遠くの壁、勾配のある床、一面が黄色い輝き、まさかと思うけど、全部がダイヤモンドっぽかった。


 冗談でしょ?


 信じられない光景、小高い丘も、その上に通じる階段も、踏んでいたい棘も、ぶつけた小指が痛い石も、とにかく目につく大半が黄色いダイヤモンドだった。


 むしろそうじゃないものの方がこの場では少ないぐらいだわ。


 見た限り、崩れかけた白い家が何件か、隅っこに積み重ねられたガラクタ、室内にあったのと大体同じようなもの、その間を行き来してなんかやってるマミーたち……え?


 マミー、複数、動いてる。


 それも一人、二人じゃなくて、少なくとも二十人以上、いた。


 こうして並べて見れば背格好に顔の形、それに包帯の巻き方で個性が出てる。


 つまり、どういうこと?


「終にすべての元凶を倒した二人! 運命の呪縛から解放され! 度が終わって故郷の村に! そしてフィナーレ! あの時約束してた結婚式が開かれる!」


 エレナの声、建物の向こう、盛り上がってる。


 フラフラとそちらに向かえばまた何人ものマミーとすれ違い、追い越して、道なりに進むと、黄色いダイヤモンドのくぼ地、煌くその底で両手と胸を振り回し熱弁してる姿が見えた。


 ……なぜか下着姿、黒の上下、溢れる胸、何やってんのよ。


「参列するは旅した仲間! 送り出した友人! そしてあの時助けた猫! それぞれが思い思いに祝福する中! チャペルに入り神父へ誓いをする二人! あとは幸せなキスをして結ばれる、はずだった!」


 羞恥心も何もない、ダイナミックなエレナの一人芝居、内容は知ってる。少し前に流行った小説のまんま、そのクライマックスかしらね。


 それを熱心に、並んで聞いてるのは、あの琥珀の虫だった。


 それがいっぱい、縦横不規則にビッチり並んで、まるで何かに産み付けられた虫の卵みたいで、気持ち悪い。


「しかーしその頭上! 忍び寄る影! 見上げた二人の眼に映ったのは! 倒したはずの宿敵! シャンデリア女だったーあ! あ! ヘミリア!」


 話をぶった切り、あたしに気が付いて両手を振ってこっちに走って来るエレナ、あっという間にあたしの前に、額の出血も収まって、見たところ怪我もない。無事、みたいね。


「元気? わたし元気!」


 そんなエレナの姿を体ごと傾けて追っかけてくる琥珀の虫たち、少なくともエレナは個体識別ができる程度の知性のある虫相手に演劇してて、可愛そうなことになってたわけじゃあなさそうね。


「元気よ、おかげさまで。それより」


「それより見てよ!」


 あたしの言葉もぶった切り、エレナ、じゃじゃーんと琥珀の虫たちを指し示す。


「お友達になれた!」


「そう、それは、良かったわね」


「それでいっぱい色んな事教えてもらったの。訊きたい? 訊きたい? 何でも教えてあげられるよ」


 元気いっぱいのエレナに、最初に訊きたいことは一つだけだった。


「あたしの服はどこ?」

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