神話の奥へ2

 ……あたしは昆虫なんかに詳しくない。


 見るのもやだし、触るのなんかもっての他、だから『白アリ』という単語は知っていても、じゃあ普通の蟻とどう違うのかもわかんない。


 ましてやそれが人型、大きいの、しかも巣の中で取り囲まれた状況なんか、最善手を知ってる方がおかしいわ。


 囲まれながら頭の中で愚痴る。


 そして愚痴ったところで、何か変わるわけでもなかった。


 昆虫の亡骸を背に、あたしたちを包囲して、逃げ道を塞いでいる。


 幸いなのはそれ以上動いてこないこと、こんな世界樹の中とかいう辺鄙な所にいるモンスターのくせに、ちゃっかりと火は恐いらしい。


 持ってきた松明の炎を押し当てるとわかりやすく引いて行った。


 だけどだからと言って包囲がほどけるわけでも無くて、あたしたちは動けず、向こうも襲えず、結果膠着状態となっていた。


 いえ、時間は相手の味方ね。


 この食糧庫らしい大きな部屋から更に奥へ続く通路、白アリ人間、追加でぞろぞろ、その中に一際大きなのが混じってた。


 一際大柄な体、これまでの二本腕四足歩行ではなく四本腕二足歩行、振り上げた二対の腕はどれも太くて、先端が鋭い鉤爪になっている。


 明らかに戦闘用、いわゆる兵隊白アリ人間、時間がかかれば相手の戦力が整っちゃう。


 打開策、今すぐ、なら思いついたのは魔法よね。


 狭い室内だから毒はあたしも巻き込まれる。


 半端な威力で一体二体流したところで意味は薄い。


 派手な魔法で一気にやれば、気分爽快、幸いにも行き先に下ってるから流れに乗れば一気に進める。


 いけるわ。


「エレナ! 魔法使うから援護して!」


 返事も待たずに杖を抜き、呪文を唱える。


「এবার যুদ্ধের জন্য।」


『サモン・ウォーター』もうここに来てから何度唱えたかわからない魔法、お陰でメキメキ腕が上がったわ。


「আপনার আরও বিবরণ ছাড়া এটি জানা উচিত।উপস্থিত জল, একটি পরিমিত পরিমাণ এবং এই ছেলেরা ধুয়ে ফেলুন」


 青い光の幾何学模様、出来上がった魔法、部屋の中央、何もない空間を満杯にする水が溜まって、光弾けるとともに室内に溢れて流れ込んだ。


 そして全部を流す。


 囲う白アリ人間たち、並べられてた昆虫の亡骸、慌てふためくエレナまとめて濡らして流して……それで終わった。


 水が、溜まらない。


 床に当たって跳ねて流れて、だけどすぐに乾くように、いえ床に吸い取られて、水は消えてなくなった。


 作戦、失敗、ただみんなをびしょびしょにしただけだった。


「あーーー! ヘミリアーー!」


 エレナの声、振り返りあたしを見る。


 その手には火の消えちゃった松明、押し返す武器が消えた。


 やばい?


「今! 今なら!」


 そのエレナが指さす先、白アリ人間たち、体を震わせ硬い腕で体をさすり拭っていた。


 こんな環境で濡れるのに慣れてないのか、それともどこかでエレナが言ってた濡れたら呼吸穴が塞がるってやつなのか、ともかく動揺したらしく、その動きが止まっていた。


 チャンス!


 思った時にはロープ引っ張られる。


 引くのはエレナ、先に走り、半ばあたしを引きずってた。遅れて続けてあたしも走り出す。


 食糧庫を抜けてまた通路、状況わかってないらしい白アリ人間の横をすり抜け外へ、新たな廊下、エレナに続いて走り抜け逃げ続ける。


 木を彫った廊下、一定間隔の灯り、目印も何もなく、もはや方角も見失って、ただエレナに従い進むだけだった。


 と、廊下、突き当たった。


 そこにびっちり兵隊白アリ人間、背後には大きな出入口、わざわざ頭数揃えて塞ぐということは、あそこが出口ね。


 だったら強行突破、一度外に出てから仕切り直しよ。


「ヘミリアちょっとまって!」


「エレナこそ何で引き開けしてんのよ! あそこ行くわよ!」


 戻りかけたエレナをロープで引っ張りなおして先へ、守ってる兵隊白アリ人間たちへ、杖を向ける。


「আমাকে বার বার একই কথা বলতে দেবেন না।জল দ্রুত ট্রেন」


『サモン・ウォーター』水流式、ぶっかける。


 これに兵隊白アリ人間たち、避けずに受けてまた震え出す。


 ぎこちない動き、それでも振るう腕を潜ってかわし、奥へ、部屋へ、エレナ引っ張り突入する。


 所詮はモンスター、警備を固める頭はあってもドアを作る頭はなかったらしい。


 あっさり抜けた先は、まだ木の中だった。


 ただ広い部屋、天井は普通、中には柱とあたしの腰位の高さなの台がいくつも並んでいて、それぞれに対応した灯りが天井から台の上を照らしていた。


 良くわからない部屋、その間であたふたする普通の白アリ人間、水駆けてひるんだすきに台の上を見る。


 気持ち悪いのが蠢いていた。


 白い細いうねうね、気持ち悪い末端、形はあの白アリ人間、絶対的に小さくて丸っこいけど、ほぼ同じ姿をしていた。


 それが、台の上、枯草を敷いた上に、寝かされていた。


 なにこれ?


「うっわぁ赤ちゃんじゃん! かっわいー!」


 エレナ、嬉しそうな声、満面の笑顔でその気持ち悪いのの上で指をひらひら、あやしてる。こんな気持ち悪いのを可愛いと可愛がれる神経が信じられないわ。


 だけどそれでも赤ん坊、幼虫らしく、親、成虫の白アリ人間たちは可愛いらしくて、だからか、この部屋での行動が大人しかった。


 これまでみたいに隙あらば囲おうとする動きがなく、それどころか部屋に入ってくるのも躊躇している様子だった。


 つまり、それだけこの気持ち悪いのが大事らしい。


「ヘミリア、さっさとこの部屋から出なきゃ」


「いや、何でよ」


「いや何でって、赤ちゃんだよ? いっぱいだよ? 巻き込まれちゃったら大変じゃん」


 何を、言ってるのこの女は?


「それにこれって、侵入してるのわたしたちだし、それで追い出そうとしてるだけなんだし、悪いのやっぱりわたしたちだよ」


 なんか聖人みたいなこと言ってた。


 相手は白アリ、モンスター、それも肉食で、そんなのに対してこっちが悪いとかいうなんて、正気?


 言ってやる寸前、兵隊白アリ人間、あたしたちが入ってきた入口から突入してきた。


 人質、いえ虫質、攫って盾に、投げて足止めに、いっそ寝てる枯草に火を……思案してる間に囲まれた。


 兵隊白アリ人間、普通の白アリ人間、多重に囲まれ、隙間もない。


 完全に絶体絶命のピンチ、上等、やってやるわ。


 杖を引き抜くあたし、赤ちゃん幼虫に未だに夢中なエレナ、成すすべなく囲われた。


 そして白アリ人間たち、一斉に動く。


 けど、襲ってはこないで、代わりに、なんかしてた。


 二本足、四本足、それぞれ広げて、お尻を床に突けて、そして頭を下げる。


 …………あたしの目には、跪いて見えた。

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