神話の奥へ1

「ちゃんと洗って、爪の間も見て、足とかかかってないでしょうね」


 色々言いながら杖だけ穴に突っ込んで水を出し、エレナの手洗いを手伝う。


 こんな所まで苦労してきて、もうすぐだってのに、あたしは何をやってるのか、悲しくなってくるわ。


「あーーーすっきりしたーーーー」


 対してエレナ、満面の笑みで出てきた。


「いやーーーー溜まってたの全部出ちゃった出ちゃった」


「あんな葉っぱ食べてるらよ」


「かもね。最後の方とか緑色だったし」


「黙らっしゃい。そんな生々しい話なんか聞きたくないわ」


 気の抜けた、普段でもしないようなしょうもない会話、頭痛くなってきた。


「それでヘミリア、この穴ってもっと奥に通じてるのがあってさ、多分だけど、マミーそっち行ったと思うよ。ほら」


 そう言ってエレナが指さしたのは穴の壁、指でなぞって見せると、それと重なるようにこすり削ったような跡があるようなきがする。


「それにここ、よく見て」


 ぐるりと円を描いた場所、顔を近づけて見れば、外側に比べて若干黒が薄く、茶色がかっている。そして端に少し、ほのかな煌き、小さいのに目立つ粉がめり込んでいた。


「これって」


「ダイヤモンド。多分、この穴、掘ったんじゃないかな」


 言われて顔を上げる。


 掘る。世界樹とはいえ木は木で、だったらダイヤモンドで削れるのが道理、だったらマミーが掘り出すのにダイヤを使うのも自然な流れ、ではある。


 とはいえこんな大きな穴、一日二日で掘れるようなものじゃない。


 けど、持ち歩いてたダイヤがぶつかって残った、とは考えられるわね。


「奥は、広そう?」


「広いよー。それとちょっぴりだけど空気流れてる。少なくとも他の出口はあるっぽい?」


 ……他に道もないし、だったら行くしかないわね。


「あ、あ、でもでも、その前に準備ね。松明の予備とー、はぐれないようにロープ結び直してー、今度はわたしから先入るね。それからお水、水筒、ヘミリアお願いね」


「わかってるわよ」


 応えながら杖を引き抜こうとして、不意に気配、振り返れば、巨大カタツムリが、のそりと、こちらに迫ってきていた。


 それも複数、見渡す限りいっぱい、動きは遅いけどびっちりと横並びで抜ける隙間なく、こちらへ行進してきた。


 威圧感、危機感、何で?


「あ、そっか。カタツムリの餌って鳥のふ」「入るわよ!」


 エレナ押し入れ中へ、息を止めて一気に進んで奥へと向かった。


 ◇


 穴は緩やかに下っていた。


 ところどころ狭くなってたり広くなってたりしてるけど、おおむねエレナが腰をかがめて進める程度の大きさ、戦えはしないけど移動はできる大きさだった。


 道中カタツムリがきてないのを確認するのと水の補給を終えて、進む、進む、進む。


 狭くて言うほど風もなくて、それではぐれないようエレナに引っ付いての移動は息苦しい気がする。


 それでどれぐらい進んだのか、黒はもう茶色に変わって、ところどころに線、年輪が見えた。


 その数が年齢と思い出し、途方もない年月が刻まれてたと驚いてたら不意にエレナが立ち止まった。


「見て」


 小声、体を壁に押し当てエレナの作った隙間から先を覗き込むと、なんなのか、緑色の灯りが見えた。


 星明りでも月明りでも炎の灯りでもない灯り、正体不明は危険な証とあたしだって知ってるわ。


 あたしとエレナ、無言でうなずき合って、静かに進んでいく。


 そして突き当り、まっ平らな壁、だけど隙間から光が漏れ出てくる。


 そこをかつかつ、エレナが弄るとぼこりと外れて、向こうにばたりと落ちた。


 穴を塞ぐように嵌められてた板、抜けた先は、これまでよりも一回りも二回りも広い穴だった。


 高さはあたしの背丈の二倍半、エレナが立って手を上げて天井に手が届かない程度、横幅はその三倍は広かった。


 ここまでくると室内って感じがしない。それが左右にずっと続いている。ただまっすぐじゃなくて、多分だけど世界樹の年輪に沿って内側に向かって、軽く曲がっていた。


 その壁はこれまでと違って滑らかで、わかりやすく木目で、磨いたというよりもなめとったに近いツルツルだった。


 そして肝心な灯り、壁の上の方、ツルツルな中に一定間隔で掘られた小さな穴の中、眩しいけれど直視できる程度に、光っていた。


 不思議な光、手をかざしてみても熱は感じなかった。


「これ、凄いね」


 外した蓋をわざわざ嵌め直してたエレナ、遅れて光に目を奪われていた。


 あたしだって驚いてるんだから、エレナはもっと驚いていて、子供みたいに目を輝かさせて、そして赤ちゃんみたいに穴に手を突っ込んだ。


「ちょっと!」


「見てほらかわいー!」


 あたしの声を遮って手を引き抜いたエレナ、そして灯りをあたしの目の前に差し出した。


 虫。


 芋虫。


 蛆かもしれない。


 ともかく緑がかった白色のうにょうにょ、それ以上の表現はしたくない虫、エレナの手の中で動きながら光ってた。


 声も出ない。


 いや、ないでしょ。


 こういうところの不思議な灯りっていうのは、魔法の光だったり便利ヒカリゴケだったり辛うじて許容できるデザインのホタルだったりがそれっぽいし、そうするべきよ。


 それが、こんな、虫、それも多分、一定間隔全部そう、最悪だわ。


「邪魔してごめんねー。あ、れ?」


 虫を戻しながらエレナ、広い穴の向こうを見る。


 緑色の光、点々と続く先、そこに横穴でもあったのか、のそりと現れた。


 それなりに遠い距離、明るい中で、そいつらは人のように見える。


 けど人じゃないわ。


 不格好に大きな頭、細身の上半身になで肩、腕も細いのに腰だけ太くて、スカート穿いてるみたい。そして足も細くて、四本、全身が黄ばんだ白い甲殻でできた、人っぽいモンスターだった。


 形状、イメージから、連想するのはアリ人間、だけど甲殻は白いから、こいつらは白アリ人間ね。


 何でこんなものがと思うのと同時に、世界樹なんだからこれぐらいの気持ち悪いのがいてもおかしくないわと冷静に思えてた。だからと言って気持ち悪くないわけじゃなかった。


 むしろ灯りの虫よりも着込地悪かった。


 最悪ね。


 そんなのが三人? 三体? 現れた。


 互いに遮るもののない道の中、向こうもこちらに気が付いたであろうことが、何となく伝わった。


 マミーの飼い主? 仲間?


 違うわね。


 服も着てない原始生物、言葉どころか宝石の価値もわかってないでしょうね。


 あの遺跡の持ち主?


 それも違うわ。


 本能として作る能力はあるかも知れないけれど、だとしたらあの家は狭すぎる。サイズが合わないわ。


 要するに、こいつらは、これまでのカマキリ同様、マミー関係なく襲ってきたモンスターなんだわ。


「こんにちわー! こんにちわー! お元気ですかー!」


「何やってるのよ!」


 大声上げて両手ブンブン、元気に挨拶してるエレナに飛び掛かって止めようと頑張るあたし、だけど大きすぎる胸に阻まれて腕どころか肩にも届かなかった。


「いや、だって、初対面なんだし、敵じゃないよ、お友達になりましょ、って示さないと」


 真っ当に文化的で理性的なこと言ってる。


 だけど向こうはそうじゃないらしい。


 三体それぞれ畳んでた触覚を高く上げ、閉じてた顎を左右に開き、両腕を突き出して、カサカサこちらに向かって来た。


 この様子で、お友達になりましょうとは、ならないわね。


「エレナ逃げるよ!」


 言うやまだ手を振ってるエレナを引っ張り、反対側へ、あたしは逃げ出す。


 遅く感じるのは焦りじゃなくてちゃんと走らないエレナのせい、振り返ればまだ手を振ってるエレナ、向ける先は背後に迫る三体だ。


 三体はそれぞれ四本の足をカサコソ動かし、上半身安定したフォームで追跡してくる。


 けど幸い、こいつら早くはない。


 これなら追いつかれないわ。


 余裕を感じてたら分かれ道、それも三つ、外側登る道、真っすぐ、内側下る道、分かれていた。


「ヘミリアどこ行くの?」


「内側奥に決まってるでしょ!」


 即答、すぐに曲がって内側下る道へ、滑り落ちるように駆け下りる。


 ……一気に広がった部屋、これまでの三倍は縦横奥行きに広い部屋、そこに白アリ人間が、びっちりだった。


 左右は棚のように床が段々に重なって、その間に白アリ人間、せわしなく行き来していた。


 その間に並べられてるのは大小の巨大昆虫の死骸、カブトムシからカタツムリ、カマキリもいる。それが無残に解体され、小分けされて団子に、そして他の部屋へと運ばれていた。


 思うにここは食糧庫、つまりこいつらは肉食、ますます友達にはなれそうになかった。


 そしてその中の一体があたしたちに気が付くや触覚を上げ、体を震わせる。


 それに反応して隣も、またその隣も呼応して、気が付けば全体に、そしてずらりと並んであたしたちの前に立ちふさがった。


 そして背後に追いかけてた三体、そこに何体か加わって、逃げ道塞がれた。


「うっわーいっぱいだねー。こんにちわー!」


 ……本当にもう、最悪だった。

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