神話への架け橋1
歩いて逃げて、倒れて泣いて、脱がされ見られて、出会って交渉して、色々あって疲れてたのかぐっすり寝ちゃって、あたしが起きられたのは出発するギリギリになってからだった。
外は夕暮れ、砂風は安全な勢い、その発生源が世界樹だとやっとわかった。
植物の呼吸、炭酸同化作用とかいうやつだ。
詳しい原理は覚えてないけど、太陽の日を浴びて汚い空気を綺麗に変えるものだと習った。
それが世界樹クラスともなれば、一呼吸であたしが気絶するぐらい汚い空気を、猛烈な勢いで吸い込み吐き出して、あの砂風を発生させる。
天候にさえ影響を与える世界樹の存在に思いを巡らせながら、もう食べ飽きた乾燥オートミールを胃に流し込む。
それから出発の準備、ロバ車を家の奥に引き隠し、あたしは魔法で水筒、桶、鍋、お皿、カップに水を満たす。その間にエレナは周囲を軽く偵察に出て、戻って来ると採りたての世界樹の葉をたっぷり持って帰ってきて、ベーコンの前に積み上げた。
「じゃあねベーコン、お外に出ないで、だけどトイレは外でして、お水は節約するんだよ。絶対に戻って来るからね。良い子にしててね」
心配から長々とアドバイスを残すエレナ、それを無視して相変わらずバリボリしてるベーコン、さっさと出たいあたし、それらを見ながら紫のハチミツを飲むマミー、最後に忘れてた二人分の松明を作ってから、奇妙な朝の風景を経て、あたしたちは出発した。
三人、星空の下、灰色の廃墟の間を、一列にテクテク歩いてく。
先頭は当然マミー、昨日の弱った姿が演技だったみたいに軽快な足取り、時折立ち止まってあたしたちを確認するのは最低限の心使い、あるいはあたしたちの不意打ちを恐れてのことでしょうね。
次があたし、連日の魔法と移動で全身がだるいけど、それでも歩けないほどじゃないわ。それよりも問題はズボン、昨日エレナに引っ張られたせいか若干伸びて、サイズが大きくなった気がする。破けはしてないみたいだけど、気を付けないといけないわね。
「ヘミリア、どうしよう」
声は背後から、嫌な予感と一緒に振り返れば、最後尾のエレナ、何を血迷ったかその口には緑色の破片、世界樹の葉の欠片を咥えてた。
「これ不味い。それに痺れる。毒っぽい」
「何やってんのよ!」
「いやさ、ベーコンもりもり食べてたから美味しいのかなって。それに最近野菜不足だからさ」
「だからってそむが!」
口、塞がれる。
埃っぽくざらついて硬い感触、緑色の袖と黄色い包帯、マミーの手だ。
振りほどき振り返ればそこに顔、ハチミツ臭い口にこうして見ると空洞になってるた眼の奥で、光る黄色が心持ちくすんでいるように思えた。
……食べられる?
「ヘミリア、ジッとして、静かに」
エレナ、助けもしないでひっそりと、あたしとマミー追い越し先へ、すぐそこの角まできて、その先を覗き込む。
「……やっぱマミーってば凄いね」
言いながらの手招きに、のっそりと誘われるマミー、ついでに運ばれるあたし、そっと覗くとずーーーっと向こう、やっと姿が見えるかどうかぐらい離れたとこで、カマキリがなんかでかいゴキブリっぽい何かを捕まえ貪ってた。
確かに警戒すべきモンスター、だけど遠すぎて脅威には思えないほどで、それを、マミーは感じとったらしい。
流石は伝説ね。
感心しつつその場を離れた。
…………そんな感じで進んでいくと、また世界樹の手前の崖に出た。
相も変わらず足の下に生えてる巨体は息をのむほど大きくて、何度見てもこの気持ちは変わらないでしょうね。
そう思いながらじっと下を見ていると、一本、細い線が見えた。
よーく目を凝らしてみると、それは世界樹から飛び出た、枝だった。まるで寝ぐせみたいに飛び出た一本、先端だけには葉が茂っていて、崖に触れるぐらいまで伸びていた。
その触れるぐらいのところ、茂る葉の真上あたりへ、マミーは歩いて行くと、立ち止まり、見下ろした。
そこからどうするのか、あたしが察して、言葉に出して確認するよりも先に、マミーはひょいと飛び降りた。
言葉が出ないほどあっさりとした投身、慌てて追いかけ身を乗り出し、落ちる姿を追えば、緑のコートをはためかせている。その位置、枝の右側、多くずれて枝の横を抜けて底へと真っ逆さまだった。
これが、入口?
てっきりあたしは、あの枝に飛び乗るものとばかり思ってた。
それでどうなるのか見てるとマミー、腕を振るって包帯を飛ばす。
先端にはダイヤモンドの煌き、巻き付いたのはもちろんあの一本枝、絡まって落下が止まり、ぶら下がっての振り子、収まるやそこから包帯をよじ登って枝の上へ、緑の茂ったところで一瞬見えなくなったけど、すぐに出てきて枝を揺らしながら世界樹に向かって歩いて行った。
無茶な入口、だけど他にはなさそうで、だったら続くしかないわ。
「行くわよ」
「いやいやいやいや、待って待って待って待って、無理無理無理無理、落ちちゃう落ちちゃう落ちちゃう落ちちゃうってば」
「やってみなきゃわかんないでしょ! 実際マミーやって見せたんだし」
「無理だって。だってヘミリア、あの包帯投げとかできないでしょ」
「当たり前じゃない、包帯持ってないんですもの」
「いやそう言う問題じゃ」
「だまらっしゃい。今マミーが落ちたのがここで、そこからこっちに大きくずれてんだからその分あっちに移動すればいいだけじゃない。簡単じゃないの」
「そう言う問題じゃないよ。あれだってわざと枝との激突避けたのかもしれないし、せめてもうちょっと考えよ? ね?」
「それで何? 帰るの? また帰ろうとか言いだすの?」
「そうじゃないけど、あ!」
エレナ、何かを思いついたのかマントと背中の間をごそごそしだす。
「あの木登るかもって思って持ってきてたんだーよっと」
引っ張り出したのは、存在も忘れてたロープだった。
「これでさ。両端にわたしとエレナ結んで、目いっぱい広がって飛ぶの。それでこのロープのどこかがあの枝に引っ掛かれば、そこから登ればいいじゃん? どう?」
「どうって、ロープ切れない」
「そこあだいじょーぶ。これ馬車引っ張り上げる用だから、わたしたちにベーコン足しても切れないよ」
エレナのアイディア、少し考える。
……悪くはないわね。
やるなら少しでも確率が高い方が良いでしょう。
「いいわ。それで行きましょう」
決まれば後は作業、両端を引っ張りそれぞれ体に縛り付ける。
「できたわ」
「できてないよヘミリア、ちょっと貸して」
エレナのダメだし、ロープ解かれ結び直される。背中から脇の下を通って胸の前で良くわからない結び目できつく縛って輪に、その中にすっぽりと納まる形にされる。
確かに、こっちならしっかりと固定、苦しくないし外れそうにもない。けど、同じ縛り方してるエレナと比べると胸回りの突起が少なくずれ落ちそうで、不安だわ。
「それからヘミリア、これも持ってね」
差し出されたのは水筒の皮袋だった。
「落ちて引っ掛かってロープで釣り合った時、重い方に引っ張られて軽い方が上がってくと思うんだ。だからヘミリアが水筒持って重くして、わたしが上がって引っ張り上げる、でしょ?」
「でしょって待ってよ。あたしとエレナって何? 水筒二つ分で体重逆転って計算なの?」
「……そんなもんでしょ」
「いやいやいや、この背丈にその胸で、計算あってないでしょ」
「じゃあこれももって、こっちは落とさないでね」
ホイとサーベル手渡すエレナ、それでもと言い返す前に行ってしまった。
「ほらヘミリア、勢い付けてジャンプした方が枝に引っ掛かりやすいと思うよ」
もう飛び降りる段階、改めてもう一度、下を確認する。
「あ、そだ。念のため念のため」
見下ろしてるあたしの横からエレナ、松明を投げ落とす。
ひゅるひゅると落ちる炎、細い枝の横を抜けて灯り、長く長く、落ちて落ちて、地面につく手前でふと消えた。
「あそこまで空気がある。だったらロープ分も安全だね」
そう言って戻ってくエレナ、待ち時間はもうない。
いいわ。行きましょう。
エレナと同じぐらいの距離まで戻って、間にロープを張って、顔を見合わせる。
それからアイコンタクト、一斉に崖に向かって走った。
重い!
水筒二つサーベル一本、これまでの疲労、合わさって思うように走れない。
それでエレナに遅れて、減速されて、これじゃ不味いと加速して、エレナ追い越して、追いつかれて、ほぼ同時に崖から跳んだ。
……どこかのことわざに『後悔は跳んでからしろ』とかいうのがあった。
あたしは跳んで後悔した。
「うぎゃああああああああああああああああああ!!!」
可愛くない絶叫、上げちゃう。それぐらいの、列車の上から頭を出したのとはけた違いの、風圧、迫力、恐怖、何よりも跳ぶんじゃなかったとの圧倒的な後悔、涙と共にいろんなものが垂れ流しになる。
その横でエレナ、でかい胸を揺らしながら笑って落ちてた。
正気じゃない風景、ロープを必死に使う指先から血の気が引いてく中、間を一本、枝が抜けてった。
そして衝撃、ロープが引っ張られる締め付け、同時に落下の方向が下から横へ、エレナの方へと切り替わる。
勢いそのまま、避けると願うことも間に合わずに、エレナに激突した。
衝撃、痛み、呼吸困難、咄嗟に思ったことはせっかくでかい胸してるくせに何で背中向けてんのよ、だった。
それでも落下は一段落、ロープ引っ掛かって一安心、してる間にずり落ちてる。
慌てて暴れて何とかもがく。
「待ってヘミリア落ち着いて!」
声、エレナ、隣からだ。
「ここまでは計算通り、上手く行ってる。でしょ? だからこのまま、エレナ降りてって、わたし登って、上がったら引っ張り上げる。行けるね?」
「そんな」
反論する間もなくずるずるとあたし、下がってって、同じぐらいエレナ、上がってく。なんだかんだ言って体重計算エレナで合ってたなんて必死に考え恐怖を紛らわせて、耐えて、やっとエレナが上に上がれた。
そこから引っ張ってもらう。
「無理。あがんない。ヘミリア。重すぎ」
「ちょっと!」
「水筒! ヘミリア水筒の中身捨てちゃって!」
言われて慌てて宙ぶらりんの中、ジョバジョバを詰めたばかりの水をがけ下へと流し捨てる。
…………それであたしの下半身はびちゃびちゃになっちゃったけど、お陰で恥ずかしい湿り気も流し落せた。
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