神話の手前4

 状況を整理する。


 ここは狭い部屋の中、いるのはベーコンとエレナとあたしだけ。


 ベーコンは葉っぱを食べている。


 エレナは胸元開きながらサーベル掴んでる。


 あたしはズボンを下ろされたかっこのまま、固まってる。


 そして乱入してきたマミー、相変わらず表情の読めない顔だけど、この状況に対応できてないのか、固まってる。


 いえ、それどころか少しずつ、入ってきた入口に後退してる。


 それも警戒と蚊じゃなくて、気まずくて、お邪魔しました的な動きね。


 ……状況は最悪ね。


 具体的な経験はないけれど、似たような状況の娘は何人も見てきた。


 その中でどうするのが良くて悪いかはある程度知ってるつもりよ。


 まず、固まるのは悪手だわ。それから慌てて弁解したり、説明しだしたり、「違うの」とか「誤解よ」とか言ったら逆に疑われる。そしてこの手の話はいくら頑張っても噂は永遠、消すすべはないわ。


 特にそれが、グループの中心に近い人間ほど、話にあれこれ付け足され、ほぼ嘘で完成した話が勝手に真実になる。


 マミーは喋れないでしょうが、筆談はできる。だったら絶対広まるわ。


 それを阻止できる唯一の方法は、口封じ、幸いにもこの場ならマミーとベーコンだけで済む。


 あぁでも、マミーにはお母様の形見の場所を聞いてから封じないと。


 ここは半分当事者なエレナにやってもらうしかないわね。


「やーやーやー、きぐーきぐー、元気してた?」


 そのエレナ、胸弾けさせ、あんな格好だったにもかかわらず、何事もなく普通に話しかけてる。これが大人の対応なのか、あるいはお子様な対応なのかは知らないけれど、見られたことは気にしてないみたい。


 そんなエレナに目を向けながらもチラリチラリとあたしを見るマミー、その意味に遅れて気が付いて慌ててズボンを穿く。


 あたしの下半身も見られた。目玉を抉らないと。


「そんなとこいないで中入って入って、ってもわたしたちの家でもないんだけどね。でもほらまた風吹きそうだし、この中なら安全、だよね?」


 エレナの疑問にコクリと頷くマミー、そして一歩中に踏み入ると同時に、ガクリと崩れた。


 まるで足に力が入らなかったみたいに右ひざを突いて、両手で体を支えて、跪くような恰好、そして立ち上がれない。


 マミー、明らかに弱っていた。


 原因、あたしには思い当たる。


 あったのに今はない物、あの革の大きな鞄がその手から失われてる。


 どこで失くしたかまではわからないけれど、それで何を失くしたかは断言できるわ。


 ハチミツ、マミーの主食、これまで度々口にしてた甘いドロットがないのだ。


 その証拠ではないけれど、無表情なマミーの口元には乾いて固まった糖の塊がわずかにへばりついてるだけ、あの甘い臭いもなくなってた。


 これは、チャンスね。


 計算してるあたしの前でマミーはガサリとポケットを漁ると黄色い輝き、ダイヤモンドを取り出して、床を引っ掻い始めた。


 角ばった、だkど薄い字で『ハチミツ』と読めた。


「ハチミツ? お水じゃなくていいの?」


 エレナと問いに、ガクガクと首を縦に振る。


「だったら」


「ハチミツならあるよ。ちょっと待ってて」


 あたしが交渉する前にエレナが遮り、手早くロバ車を漁ると、見覚えのあるガラス瓶を引き抜いた。


 中身は紫色のハチミツ、あの糞のような村で買わされたお土産、なみなみ入ってるから開けてはないようね。


「はい、これで大丈夫?」


 差し出されたビンを震える手で受け取ると、マミーは蓋を開け、中身を嗅いでガクガクとまた首を縦に振った。


 そして先ほどまで床に字を書いてたダイヤを差し出す。


「いーよいーよ。困ったときはお互い様だもん。お礼はいーよ」


 聖人のようなまぶしい笑顔、あたしの考えなど聞きもせず、エレナはあっさりと交渉のカードを捨て去った。


 交渉の敗北、タダ働き、無料奉仕、勝ち誇ったようにマミー、一気に紫色のハチミツを半分、飲み干す。


「落ち着いた?」


 マミー、ガクンと頷く。


「それじゃあ改めて、お願いしたいことがあるだけど」


 ピタリと固まるマミー、無表情でも警戒してるのがわかる。


「あ、違う違う。言った通りシロップはあげる。ただで、そっちじゃないの」


 パタパタと手を振ってエレナ、否定、訂正する。


「お願いって言うか説明かな? ヘミリアのことは覚えてるよね?」


 急に振られ、マミーに見られ、あたしは一瞬困って反射的に会釈してた。


「で、ヘミリアのお願い、十年前に交換した宝石返してほしいんだって。それが、できないってのが前の話し合いだったよね?」


 訊かれてあたしは頷く。マミーも頷く。


「で、着いてくとヘミリアが言って、それにもできないと返した。だったよね?」


 寝てたと思ったのに、ちゃっかり聞いてたエレナに頷いて返す。


「だけどわたしたちはここまでこれたよ。これでもまだ、できない?」


 エレナの天然に煽るような質問に、マミーは短くない時間考えてから、跪いた格好のまま、またダイヤを手に取り床に向ける。


「あ、待って」


 止めたエレナ、ばたりと立ち上がると出入り口付近へ、もう外は風が吹いてる手前で拭きこんでた砂を二掴みすると戻ってきて、マミーの前に広げて均す。


「床傷つけると持ち主さんに怒られるかもしれないから、さーどーぞ。ここに書いてね」


 きょとんとしてたマミー、意味を理解してか、今度は指で、砂に字を書く。


『二人なら資格がある』


 今度は丸っこい文字だった。


「じゃあ、付いて行ってもいいの?」


 エレナの問いに、マミーは消してから書く。


「問題。三つ」書いてから「三つ」を消して「四つ」と書き直す。


「一つ目。距離』


「ここからどれくらい?」


『一日か二日』


「だったら大丈夫だよ」


 エレナの返事を聞いて、消してから『二つ目。モンスター』と書かれる。


 思浮かべるのはこれまでの巨大昆虫たち、思えばあいつらは世界樹で育ったのが風に飛ばされてきたんでしょう。だったら、この先は本場、たっぷりいるはずよね。


 ゴクリと唾を飲むあたしに見せるように、更に書き足す。


『今回。女もいる』


「女って、あの四人組ですか? えっと、あのゾンビ使いの仲間の」


 あたしの問いにガクリと頷く。


 残ってるのは、あの右手が枝みたいな女だ。これまでのメンツを見る限り、絶対にヤバイでしょうね。はっきり言って、戦いたくはないわね。


「ひょっとしてこれが四つ目?」


 またガクリ、そして消して、書く。


『三つ目。見た方が早い』


「つまり、これまで通り、着いてってもいいの?」


 エレナの問いにまたガクリ、これで先の道は繋がったわ。


「それで、付いて行けば、あたしに形見を、宝石を返してくれるんですか?」


 割れながら欲をかきすぎた質問に、マミーは『見た方が早い』を線で囲った。


 そしてマミー、砂から指を放した。これ以上、伝えるつもりはないらしい。


「出発は明日の夜で良いんだよね?」


 なのに遠慮なく聞けるエレナは、そういうところは凄いわ。


 マミーも頷いて返事して、思い出したかのように砂に戻る。


『そいつ。連れてけない』


 そう書いて、見たのはベーコンだった。


「……まぁ、後一日ぐらいなら、食料持ち歩けるし、ここに残せば大丈夫、かな?」


 心配するエレナの前でベーコンどれだけ気に入ったのかいまだにバリボリと世界樹の葉を食べ続けていた。


 と、マミー立ち上がり、中央の焚火からも、あたしからもエレナからもベーコンからも離れた部屋の片隅に進むと、壁を背にして座り、そして動かなくなった。


 ……どうやら寝てるらしい。


 マミー、ミイラ、ハチミツ飲んだり眠ったり、良くわからない存在、それが目の前にいる。


 疼く好奇心、止めたのはエレナの声と、焦げた臭いだった。


「やっば! オートミール焦げちゃった! ヘミリアお水お水!」


 …………あたしたちが眠るのはもっとずっと後だった。

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