神話の手前3

 ……叫ぶだけ叫んで、吐き出すだけ吐き出したら、すっきりとした。


 思えば、この旅の本当の目的を初めて人に話したのかもしれない。


 そして、それがもうすぐ達成できるところまできてることも。


「ヘミリア、だったらやっぱり戻ろ」


「何でよ!」


 わかってないエレナ、わかってない。


「今説明したでしょ! あとちょっとなの! ここまで来て戻れるわけないでしょ!」


「だーめ。今のエレナ感情的になりすぎてるもん。正しい判断できてないよ」


「だから何よ!」


「だから、えー」


「何よ! また泣けばいいの! 泣けば満足なの!」


 喚いて、少しだけ冷静さを取り戻したあたしも、流石に今のはとは思う。けど、出ちゃったものは引っ込められない。もっといい説得ワードが出てくるまで時間稼ぐ。


「だから」


「よし! 甘いもの食べよ!」


 パン、とエレナ手を叩くや立ち上がり、置いてあったロバ車へ、ガサゴソと荷物を漁る。


「食べよ食べよ。ほら出発の時に買ったのがあったでしょ」


「何でそうなるのよ」


「そうなるよ。こーゆーときってストレス、だっけ? 溜まってるんだよ。長い旅だと良くある良くある。そーゆー時こそ気分転換、ね? あった!」


 そう言って引っ張り出したのは小さな皮袋、中から取り出したのは、若干白濁した足の親指の爪ぐらいの大きさの、触れたら切れそうな角の、綺麗な菱形の塊だった。


「うわぁすっご、あんだけ暑かったのに溶けてないや。さっすが高級品だね」


 子供が綺麗な石を見つけたみたいな目でその塊を見つめてる。


 それで何となく思い出す。


 出発前の買い物、あたしが結晶葡萄を買っちゃった隣で買ってたもの、圧縮キャンディーだ。


 あたしは、食べたことないし、買った時も値段しか見てなくて、これがそうなのかはっきりと自信はないけれど、それ以外に思い当たらなかった。


「はいどうぞ」


 そんな圧縮キャンディーがざらりと手に乗せて、エレナはニッコリ笑顔で差し出してくる。


 あれだけ泣いて、言うことの利かないエレナとは、そんな気分じゃなかったけど、正直このキャンディーには、興味があった。


 あたしの大好物、結晶葡萄と同じ、世界三大甘味の一つ、始めて食べる甘い甘いキャンディー、そして値段、嫌でも味に期待しちゃう。


 ……恐る恐る、摘み上げる。


 硬くてざらついた感触、熱くもなく冷たくもない温度、見た目よりもずっしり重かった。


「どーぞどーぞ。甘い物食べると考えもまとまるんだよー」


 そう言ってエレナも一つをつまむと口元へ、だけど入れずにあたしを見てくる。


 どうやら一緒に食べるつもりらしい。


 子供っぽいこと、だけどあたしは大人だから付き合ってあげる。


 パクリ。


 二人一緒、口に入れた。


 途端、口いっぱいに広がるのは、これまでにないほど強烈な甘みだった。


 例えるなら暴力、甘すぎて舌が妬け、唾が煮えて喉が焦げる。あまりの甘さに逃げるように奥歯に挟んで舌を放すも、残像のように舌は甘さを感じ続け、するりと滑って頬の内側に触れれば今度はそこが、熱もないのにひりつく。例えるなら、軟膏とか、かぶれた感じ、普通じゃないわ。


 それだけすさまじい甘さに、最早あたしには美味しいとか不味いとかの感想なんか出てこない。


 これは、大丈夫? 食べて大丈夫なやつ? 本当に大丈夫? 何か間違えてない?


 不安と混乱、吐き出すべきかと、だけどそれは流石にエレナの手前悪いなと、伺い見れば、エレナも凄い顔をしてた。


 顔色は真っ赤、頬を膨らませ、目を見開いて、瞼を上げて、驚きながらも前歯でキャンディー噛んでるんだろうと想像できた。


 それでお互い顔を見合って、頷いて、同時にべぇとキャンディー吐き出した。


 ぽてりと受けた掌に乗ったキャンディーは、入れた時と同じく綺麗な菱形のままで、熔けてる様子はなかった。


 ……そしてそうやって持ってる手にも甘さが伝わるのか、熱く妬けてくる。


 触れるだけでも危ないのね。


「あー! ヘミリアあー!」


 思ってたらエレナ、喚きながら暴れ出す。


 バタバタと暴れて見下ろすは自分の巨大な胸の谷間、そこに手を突っ込んでかき混ぜてる。


 間に、落ちた?


「ヘミリアなんか熱いとってとってとってとって!」


 エレナ、慌ててマントを脱ぎ捨てようとしてるけど、絡まってもがいて脱げてない。


「ちょっと待って」


 キャンディー足元置いて助けに行く。絡まったマントを掴み、捻じれを引っ張り解いて解放すると、バカでかい胸が弾け出る。


 同時に、むせ返るほどの甘い臭い。


 思わずふらつくあたしの前で、エレナはビキニアーマーの前フックを外してたわわを更に解放、目が釘付けになる。


 ただしそれはいやらしい意味じゃなくて、真っ当な理由、大きな胸の下の方、見えてる部分だけでも大きく、青あざができてた。


 あの落ちた時、ぶつけた時、見るからに痛々しいダメージ、だけどそれを感じさせないダイナミックな弾み、それに弾かれ汗の雫とキャンディーの塊が跳んできた。


 不意な飛来、だけどそれを平然と叩き落すあたし、流石だわ。これであたしの服に入って巻き添えに、なんて間抜け、起こるわけないじゃない。


「ちょっとヘミリア燃えてる!」


 胸を揺らしエレナが叫ぶ、そして指さした先、あたしの足元、長すぎたマントの端が、存在を忘れてた焚火に触れて、煙を上げていた。


 遅れて鼻に届く焦げ臭いにおい、同時に熱い熱、ぼわりと部屋が明るくなった。


 じゃない!


 火、危ない、消す、大事、全部、水、呪文、間に合わない、安全、第一、あたし、脱ぐ、マント、急いで!


 考えるより先に体が動いて、慌ててマントを脱ぎ捨てようとしたら上着も破けて脱げた。分けて別にする手間も惜しくて、まとめて一緒に部屋の角へと放り投げると、そこへエレナ、水筒の残りを派手にかける。


 ジュワ―を立ち登る湯気、一気に上がる室内の気温と湿度、それでも大事には至らずに済んだ。


「ヘミリア見せて!」


 エレナ、叫ぶと同時にあたしの前で跪いて、あたしのズボンに抱き着いてきた。


「ちょっと!」


「見せて! 火傷してないか見ないと!」


 ぐいぐいと、凄い力、体重もかけられてもう、あたしの指の力だけじゃ勝てるわけなかった。


 ズルリ、一気に足首まで、ひん剥かれる。


 露にされたあたしの足首、脛、太もも、どこにも怪我も火傷もない綺麗な肌、完璧な美脚だわ。


 ただ一つ、仕方ないこと、最悪なこと、がっかりなことに、真っ白で、フリルのついた、パンツが、ばっちい。


 具体的にどうのこうのは頭の中だけであっても表現したくない。


 これまでの旅の間、上の服はなんだかんだと水洗いできてたけど、何が起こるかわからない道中で、パンツだけは洗えてなかった。それに変態ども、周囲の目を気にすれば、できることとできないことがあるのよ。


 だから、これはしょうがないこと、わかっていてても見られるのとは違うのよ。


 相手はエレナ、相手は女子、それに緊急事態、あたまで必死に考えるけど股下のスース―する感じが言い訳を蹴散らして、現実だけが残る。


「大丈夫? 熱くない? 痛くない? 我慢しなてない?」


「大丈夫、大丈夫だから」


 あたしらしくない声で必死に何とか終わらせようとする。


 ……これは、人が見たら絶対に誤解するシチュエーション、狭い部屋に二人きり、共に汗だくで火照って、片方は胸を開けて、片方はズボン下ろして、想像しない方がおかしい。


 ベーコンに見られてるだけでも殺したくなるのに、これで知り合いにでも見られたら全身が燃えるわね。


「もういいでしょエレナ。てか、足なら裾からまくればよかったんじゃない」


「あ」


 間抜けな会話をしてたら、ガタと音がした。


 そして、隠す間も、身構える間もないまま、この部屋に、人影が、飛び込んできた。


 固まるあたし、跪きながらもサーベルに手を伸ばすエレナ、変わらず世界樹の葉っぱを貪るベーコン、六つの目玉が見つめる入口から現れたのは、マミーだった。

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