神話の手前2

 あたしが、ここまでこれたのは間違いなくエレナのお陰だ。それは認めるわ。


 雇ったのはあたし、お金を出してるのもあたし、方角を知ってるのもあたしだし、指示出して導いてるのもあたしだけど、けどエレナがいなかったら危なかった場面がいくつかあった。


 それにエレナはこの道に長いみたいで、経験があって、だからあたしの知らないことを知っている。


 だから、その判断は、可能な限り尊重するべきなんだとは、わかってるつもりよ。


 けど、だからと言って、この場で中止、諦めて、逃げ帰るのは、納得のいく話じゃないわ。


「お金なら、追加で払うわ」


「違うよ、お金の問題じゃないよ」


「世界樹見つけて満足しちゃった?」


「それも違うよ。ヘミリアが、何でマミーを追いかけてるかはあだ聞いてないけど、譲れない理由があるんでしょ? それを差し引いて他のことに手を出すなんてしないって」


「じゃあ何、続ける気はあるけど続けるには危険すぎるって言いたいの?」


「まぁーそうかな。危ないし、この装備じゃこれ以上無理だと思うから、元気なうちに帰ろうよーてね」


「は? 何よそれ」


「まんまだよ。ヘミリア、覚えてないだろうけど、あの坂道降りる途中で気を失ってたんだよ? 多分、あれはガスだね。毒ガス」


「毒ガスって」


「絶対そう。ヘミリアが落した松明消えてたもん。それに、うっすらと見えただけだけど、あの世界樹の根元、落ち葉がいっぱいだったんだ」


「そりゃそうでしょ。葉っぱだってあの風に吹かれたら舞い散るわ」


「だね。だけどそれが溜まって、まるで沼みたいになっててさ。想像だけど、たまった葉っぱが腐ってガス出してるんだと思う。それが空気よりも重くて、坂道下った下で溜まってるの。だから、あの坂道じゃなくて、崖を降りても危ない危ない」


 言われて、ピンとは来ない。けど、それが毒ガスの恐ろしさと考えれば、無下にできないとは、あたしにはわかる。だからと言って納得はできないわ。


「じゃあ、どうするのよ?」


「だからもう帰えろーって」


「だから嫌だって」


「じゃあ帰らないでどうするの? 食料もあるから、ここら辺を見て回ることもできるけど、何かあるかわからないし、何もないかもしれない。それに正直、ここにもガスが上がって来るかもしれないから、どこも安心できないよ?」


 そう言って外を見るエレナに倣って外を見る。


 ここは白い家の一階、窓もドアもない開きっぱなしの玄関、丈夫な石壁に、石畳の床には焚火の他に古びたお皿が何枚か、見た感じ砂風に巻き込まれそうにはないけれど、その風に乗ってガスが来るかもと言われたら、そうかもしれないわね。


 けど、だけど、ここまで来て諦めるとか、次に期待とか、あたしにはできないわ。


「……嫌よ」


 あたしの内心、言葉にできなくて、ただ意思を伝えることしかできない。


「嫌、ここまで来たら最後までやる。やるの」


 感情、溢れて、だけど言葉は出てこない。


 そんなあたしの両方の頬に、エレナは手を添える。


「お願い。わたし、ヘミリアに何かあったら嫌だもん。だから、今回だけ。次は絶対、ちゃんとした装備でもう一回こよう。ね? 約束。別にここまでなら十年待たなくていいんだしさ。だから、ね? わかって」


 真っすぐあたしの目を見つめて投げかけてくる言葉は、説得とも説明とも交渉とも違う、諭すもの、まるで聞き分けのない子供に、きっと母親がするような、話し方、それを、あたしはされている。


 感情、溢れた。


「…………ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 一気に声と涙、溢れた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 子供みたいに、声上げて、涙零して、絶対あたし顔真っ赤だ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 頭には嫌なことばかり浮かんで、なのに冷静に自分を見てるあたしがいて、それが鳴いてるのは良くないと、だから泣き止めと、思ってる。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 だけども抑えられない。


 子供みたいに泣くあたし、こんなのあたしじゃない。そう思うと余計に涙と声が出てしまう。


 これにエレナ、固まる。


「えっと」


 どうしたらいいかわからない感じ、当然よね、あんなクールで頼れるあたしが子供返りしてるんだもん、あたしだって戸惑うと思うわ。


 だけど押さえられない。


 溢れる涙を手で押さえようとしても、抑えきれなくて、ただぶりっ子泣き虫のポーズになって、それが嫌なのに、辞められない。


 どうしよう? どうしたらいい? どうすればいい?


 考えて、あたしが出した答えは、説明することだった。


「あたしは、マミーから、かたみを、取り返したいの」


「え、敵討ちなの?」


「違う!」


 あたし声荒げる。


「確かにお母様は死んじゃってるけど、マミーが出てくるのはその十年後で、悪いのはあの男だけで」


「え? え? あ? え?」


 エレナ、全然わかってない感じこれは最初から説明しないといけないわね。


「……先ず、あたしのお母様が、あたしを産むときに死んじゃった」


「あぁ、うん。それは辛かったね」


「何言ってんのよ。あたしが産まれた時なんだから覚えてるわけないじゃない」


「うん、ごめん」


「それで、婿養子だったあの男が跡を継いだんだけど」


「え、何の?」


「カルパティア家よ! 他にないでしょ!」


「あ、うん。……貴族、だよね?」


「そうよ。男爵家。潰れかけてたけど持ち直したの。それが問題なの」


「そうなんだ」


「そう。あの男は結局ルックスがいいだけの無能、領地の運営なんかできやしなかった。しかもそれをあたしに隠して、さも男爵令嬢ですーなんて生活させてさ。その実借金まみれでお家劣り潰し寸前までいってんの。バカじゃないの」


「……あの、ごめん、確認だけど、あの男って、お父さん?」


「他に誰が言うってのよ! ただ血縁状血が繋がってて! お母様が結婚しただけどね! 話進めてい!」


「うん、ごめん」


「で! それが隠し切れなくなって! あたしの学費まで滞納してて! やっと借金教えてくれたの! 家計がピンチだって!」


「あうん、でも、ごめんね、それってエレナのこと心配してて、隠してたんじゃないの?」


「だったらグランドピアノとか買わないでしょ! わかってないんだから途中入ってこないで!」


「うんごめん」


「それからは最悪よ! 別荘も全滅だし! ご飯だってデザートなくなるし! 何が最悪ってお金がないだけであたしの価値もなくなっちゃったのよ!」


「えーそれはないでしょ」


「あるわよ! 学校追い出されてそれまでの成績どころか学歴さえ中退止まり! 必死に覚えたテーブルマナーもダンスも社交界行けなくなったから無駄になったし! クラスメイトの友達なんてみんな掌返してさも親切げな顔で言うのよ! うちのメイドにならないかって! ふざけんじゃないわよ!」


「それは、うん。大変だね」


「で! あの男は! 十年前! たまったま近くにいたマミーに! 金に困ったからって売っちゃったのよ!」


「グランドピアノ?」


「形見よ! お母様の形見! 綺麗な宝石! それもカルパティア家の家宝よ! それを! 指輪とかネックレスとかからわざわざ貴金属外して! あのバカでかいダイヤモンドに売り払ったの! 信じられる?」


「えーっと、うんわかる。だけどさ、こうしてちゃんと大きくなれてて、お金もあって、生活できてるんだったら、その判断は悪くなかったんじゃ」


「黙らっしゃい! あたしはね! お金なんかいいのどうだって! だけど死んじゃったお母様の思い出なんていくらお金出しても買えないでしょ! それをダイヤモンドと取り換えた! あんな男と一緒だと思われたくないのよ!」


 思い、あの裏切り者どもにも言ってないこと、だけど、吐き出してた。


「だから取り戻すの! そのために準備してきたの! 素質ないって言われても魔法勉強して! あの裏切り者ども雇って! それで旅に出たのよ! それでここまで来たの! お母様の思い出を! あいつとは違うって証明に! あたしがあたしだって証明に! あたしは取り戻したいの!」

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