未開地2


 あれだけ風が強かったのに、日が傾き始めると途端に弱まった。


 着けっぱなしだったゴーグルを外して、可愛いあたしの顔についた紐の跡を揉みほぐしてると、今度はマミーから自発的に腰を下ろした。


 どこからかあのハチミツのビンを取り出し、グビリとあおる姿をまた遠巻きに、みなそれぞれ取り囲んでのキャンプ、一泊のために本格的に荷物を広げてた。


 あたしたちも倣って行動、先ずは灯り、集めてた薪で地面を軽く掘って中に重ね、火種を落として焚火を起こす。思ったよりもよく燃えた。


 見とれてる間もなくザリザリと引っ掻く音、ベーコン、前足で地面を掻きむしり、アピールしてくる。


 何を求めてるか、獣風情のことなどあたしには手に取るように分かった。こいつらの頭の中はいつも一つ、餌よ。黙らせるため、エレナの指示通り、桶に水を入れ、昼と同じように乾草を、その上に今度は袋の中のなんか変な色の粉を振りかけてやる。


 これに毎回、一度は不満げにあたしを見返してくるベーコン、地面に直に置かずに桶に入れろと言いたいんでしょう。けど、家畜風情に食器は贅沢よと、睨み返すのが毎回となってた。勝つのはいつもあたし、ベーコンは渋々といった感じで食べ始めるのだ。


 その横でエレナが馴れた手つきで胸を揺らしながら料理を始めてた。


 初めに準備、鍋をかけるのに石がなくて竈が作れないから、代わりに長い木の枝を紐で縛って三本足の骨組みを作って、紐を通して吊るす形にしてた。


 レシピは簡単、ロバ車にのせてた水筒の水を鍋に注ぎ入れ、沸騰する前にオートミールをカップで二杯分、その上へ削るように切った某ネギと干し肉、岩塩を雑に入れ、最後にスパイスを振りかけたら包丁でかき混ぜる。


 いい匂いが漂う中、あたしは何があっても大丈夫なようにまた水筒に水を詰めなおしてたら、のんきな声で「できたよー」とすぐに呼ばれた。


 掬うためのオタマを忘れたからカップで直に掬い、それからお皿に移し替えるのもばかばかしいからカップそのまま食器に、埋まったカップの代わりにお皿へ新たに水を満たして、ディナーの完成だった。


 そのころには夜、日は完全に暮れて、灯りは月と星と焚火だけ、風も完全に止んでいて、まるで世界の時間が止まっちゃったみたいにただただ静かになってた。


 その静寂を壊さないようにゆっくりと、あたしとエレナとベーコン、焚火を囲んで腰を下ろし、やっと一息つけた。


 お喋りも何もなく、無言であったかいポリッジオートミール粥を頬張る。


 ……味は、はっきり言ってしょっぱいだけでコクもうま味も薄いけど、疲労と空腹、それから冷えてきた夜の空気に抗う温もりから、夢中に食べてた。


 時々鍋が焦げ付かないようかき混ぜて、水を加えながら、空になったらまたよそって、あっという間に鍋は空になった。


 満腹、お皿の水を飲んで一服、空の鍋を火から下ろしてるエレナを見ながら、気がついたら寝ちゃってた。


 …………夜は交代で見張りを立てて、時計があるならそれで時間を計って、何があったら蹴飛ばしてでも起こすのよ、とエレナに説明する夢なんか見てた。


 起きたのは、揺すられたから、砂地にゴロリと寝っ転がって、涎まで垂らして、可愛くない寝顔だったろう。


「じゃ、あとお願い」


 それに言及することもなく、ただそれだけ言い残して、今度はエレナがゴロリと横になる番だった、


 寝息はすぐに聞こえてきた。


 空はまだ夜、多分深夜、周囲は他のパーティが燃やしてる焚火がいくつかと、やたらと綺麗な星空が光ってた。


 冷えてる空気は静か、起きて見張ってる人はあたしだけじゃないけれど、誰もしゃべっていなかった。


 寝てる人を気づかって、というのもあるんでしょうけど、それ以上に自身の体力を温存しておきたいんでしょうね。彼らは、この退屈をどう耐えてるのかしら?


 興味はあるけど、わざわざ聞きに行っても、彼らからは期待以上の答えは得られないでしょうね。


 それで、あたしはというと、幸か不幸か、やることはあった。


 汚れた食器、薪から外されてた鍋、色々使った包丁、洗わないと汚い。


 あれからほったらかしだったのか、乾いて張り付いたオートミールへ、小声で呪文を唱えてちょろちょろの水と包丁の背でこすり落とし、足で掘った穴の中へと流しいれた。


 それで一応綺麗にして、焚火に薪を加えつつ、火に当てる形で乾かして、お腹がすいた。


 あれだけ食べたのにと思いつつ、だけど食べないと体が動かないと正当化して、だけど行動計画から外れた食事は、と悩んだのは最初だけ、だけどお土産のハチミツを思い出したら全部解決してた。あれは計画の外の食べ物、なくなっても計算からは外れない。


 そう思い、引っ張り出し、蓋を開けると臭かった。


 はっきり言って腐ってるんじゃないかとも思える、だけど一度あの村で食べたからこれが正常だとわかる、独特の臭い。


 失せた食欲と抗えない食欲のはざまで、カップの水と合わせてちびりちびりと舐めてた。


 その間、マミーを見てた。


 焚火もなく、誰も周りにいなくて、ただ座って、時間が過ぎるのを待ってる姿、遠くの焚火に照らされてなお光る黄色い目、不気味さ、気味の悪さもあるけれど、それ以上に神秘的な何かが感じられた。


 腐っても伝説、なんて、毎回思ってた。


 思い返しても、代わり映えのない、退屈な旅路、とてもじゃないけど旅行記にかけない酷い内容よね。


 …………そんな風に思いながらハチミツを舐めるのはこれが三度目、今日で三日目が終わり、そろそろ四日目が始まる。


 いつもと同じなら、もう少ししたらまた風が吹き始めて、日が昇り、あちこちで人が目覚め始めて、エレナも目が覚めて、朝食と出発の準備で慌ただしくなる。


 退屈で、面白くなくて、だけど遅れてもマミーは待ってはくれない、過酷といえば過酷な旅、まだ四日目、それがあと十六日?


 思わず可愛くないため息を吐いちゃう。


 これでまた何か、イベントが起これば変わるのに、と思ってて思い出す。


 未開地にはモンスターが出る。


 ここに来る前に散々言われてきたこと、一番の危険と忠告されてきたこと、今の今まで忘れてた。


 ちょっとドキッとして慌てて周囲を見回す。けど、焚火の灯りの範囲には、灰色の砂地しか見えない。他から来たとしても、他は他は見張ってるし、そもそも獣は炎が怖いはず、ならば現れるのは昼間、だったらこの人数、余裕で倒せるでしょ。


 安心。


 ならいっそ、出てきてくれた方が、盛り上がるわね。


 なんて、考えてるあたしをたしなめるみたいに風が吹いた。


 夜明けの合図、日の出の前触れ、一日の始まり、ね。


 うんざりしながらも、急いでハチミツのビンを隠しながらこれからやるべきことを思い出す。


 最初に体調チェック、水筒の水を飲みながら荷物の確認、他は焚火で朝食作ってるみたいだけどあたしらは行動食で済ませるからさっさと火の始末を、消すのはエレナが起きてからでいいでしょう。ベーコンの餌と水もその時で。


 で、あたしはやり残しを思い出す。


 エレナの日課、知りたくもなかった生活リズム、目覚めて最初のお花摘みは大きい方、茶色、それを隠して埋めるための穴掘がいる。


 身もふたもなく言っちゃえばトイレ作り、今日はまだ作ってない。


 はっきり言って、こんなの、あたしみたいな美少女がやることじゃないけれど、手早く済ませないと、またあのひと舐め変態が寄ってくる。


 あたしも使うわけだし、さっさと終わらせてちゃいましょう。


 ため息一つ、立ち上がって、ゴーグル着けて、燃やし損ねた長い枝を一本拾い上げた。


 また、退屈な一日が始まるのね。

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