未開地1

 過酷な旅になると覚悟はしてきた。


 実際、ここまで来るのは過酷だった。


 だけど、その過酷さは思ってたのと違っていた。


 正直、内心、あたしは帰りたいと思っちゃってる。来たのは後悔してないけれど、準備不足は、後悔してるわ。


 まだ出発してから二日、予定では残り十八日、その間ずっとこの苦痛がついて回ると思えば、うんざりだわ。


 それだけ、退屈だった。


 ……灰色の世界で、同じ一日を繰り返す。


 出発こそ、遠ざかる裂け目に初めての未開地、旅の始まり、冒険に出た興奮、期待と緊張、色々あったけど、だからと言ってやることは変わらない。


 ただ、前を行くマミーの後に続いて歩いて行く。それだけなのよ。


 他に何があるわけでも、何かをするわけでもない。追い越すわけにもいかず、いつ終わりなのかもわからないまま、ただマミーに合わせる旅路だった。


 それでも初日は色々あって刺激的だったわ。


 先ず、灰色は実は純粋な灰色じゃないってことに驚ろかされたわ。


 前の人たちが時折かがんで何かをやってて、何をしてるか観察したら、灰色の砂地から、棒を引き抜いてた。


 マネして探してみたらこれが結構落ちてるみたいだった。


 試しに一本、引き抜いたら、真っ白に乾いた枝、皮が剥かれてるみたいにつるりとした表面で、中は空洞、乾ききってって紙みたいに軽く、ちょっと握る力を込めるとパリパリと崩れた。


 それが沢山、何でこんな草木も生えてない場所に、なんだかわからないけど植物の枝が落ちてるのか、疑問だったけど、疑問に思ってるのはあたしだけみたいで、みんな黙々と拾い集めていた。


 利用価値、この枝は薪になる。あたしにもわかった。


 慌ただしい出発に紛れて焚き火の焚き木、燃料のことを完全に忘れてたけど、心配する必要なかったのね。安心しながら、茶色のついてない枝を拾い集めてった。


 エレナも子供みたいにジグザグに走り回って、左わきにいっぱい束ねて、右手にはお気に入りの長いのをもって振り回してた。


 そうこうしてる間に、一直線だった前が解けてパーティーごとに横並びになっていた。


 拾われたない薪を探すため、後ろのやつの風よけになりたくない、マミーの背中を見続けておきたい、理由はそんなところでしょうね。


 で、横に広がって、それだけだったわ。


 後は変わらず、歩き続けて拾い続けて、薪がいっぱいになったらもう、歩く以外にやることがなくなってしまった。


 その分、みんな口が動いた。


 一番大きなパーティから聞こえてくるのは景気のいい歌、オリジナルらしい行進曲マーチに、控えめながらリュートの音色も混じって、周りの迷惑も考えずに思う存分に鳴らしてた。


 一方、あたしたちのすぐ横のパーティは何やら知らない単語を呟いてた。先頭が本を読み上げ、それを後続が復唱する。断片的に聞く限りでは、何やら資格の勉強らしい。


 それでエレナの場合は、単純にお喋りだった。


「……でさ。その蛙の剣士すんごいの。ばがーーんて出てきた蛇にぴょーーんて飛んでってがっぽーーんって、一発なんだよ?」


 胸を派手に揺らしながら身振り手振りを交えて、楽しげに何かを喋り続ける。内容は体験したイベントとか仕事内容とか、その中の面白エピソードらしい。だけど専門用語と擬音が多すぎてイマイチ伝わってこなかった。


「へミリア聞いてる?」


「聞いてるわよ」


 適当な相槌、興味のない声色、だけどエレナは気にしないで話し続ける。


 つまりは伝えたいんじゃなくて、自分のため、ただ喋りたいだけなのよね。


 それでも、何も何もないよりはまし、と聞くになく聞いて、歩いて、歩いて、時々水筒の水を飲んで、疲れてきて、何もないのに足が躓くようになったころ、それも静かになってた。


 いつの間にか周囲も同じ、歌も復唱もなくなって、ただ風の音と足音だけが重なるだけになった。


 その代わりに、みなが一点を、マミーの背中を見つめ続けていた。


「……疲れたな」


「あぁ、疲れた」


 誰かが口にして、誰かがそれに応えた。


「そろそろか?」


「あぁそろそろだな」


 その言葉、静かなのに風にかき消されないで重く響いた。


 と、マミーが滑った。


 踏んだ砂地が崩れて踏み外しそうになったのに、素早く反応して踏み止まる。


 それから目線を足元に落として確認してから、また一歩を踏み出した。


「あ?」「チッ!」「マジかよ」


 途端、パーティの面々から悪態と不満、そして隠し切れない怒気が発せられた。


 マミーが進むならこちらも休めない。


 マミーが休むならこちらも休める。


 こちらは休みたい。


 マミーが休まなければ、こちらは休めない。


 だから休め。


 ……追跡は、別に許可を得て行なっているわけではない。


 だけどもマミーは人との間で、ダイヤモンドと何かを交換する交流が必要なわけで、だから無意味に敵対すれば後々厄介なことになるとの計算から、暗黙の了解で見逃されてるに過ぎない。


 疲労はそんなことも忘れさせる。


 忘れそうだよとの、警告、言語化してない脅迫、みんな感じてる休みたい欲求の同調圧力に、まだまだ余裕のありそうなマミーの足は止まった。


 終始無言、合図もなく、ただピタリと立ち止まって、鞄を下ろし、その場で座る。


 それでやっと休憩となれた。


 自然とマミーを遠巻きに取り囲み、各々パーティ単位で固まって休憩となった。


 あたしたちも周りにならって休憩に、足元に茶色がないのを確認してからロバ車を停車、横にして風よけにする。


 それですぐに腰を下ろせるわけでもなく、あたしにはまだやることがあった。


 まずは水の補給、あたしとエレナの水筒を満杯にして、ベーコンにも桶に満たしてたっぷり飲ませてやった。


 その間エレナは荷物の確認、落とし物なんかあるかないか、それと薪をいくらかロバ車に積んで、代わりに携帯食とベーコンに乾草を一つかみ、引っ張りだしてた。


 あたしの分を受け取り、ベーコンに、汚いし噛みつかれるリスクを負いながら、直接手から餌を与えて、食べ終わったのを見届けて、それでやっと二人そろって腰が下ろせられる。


 茶色のないのを確認してから、ロバ車に凭れて並んで座ってから軽食、行動食の砂まみれなドライフルーツをしゃぶるように食べる。甘くなく、もそもそとして、齧るとジャリッとして、美味しくはないけど食べれないわけでもなかった。


 量は少ないけれどこれがお腹の中で水分吸って膨らんで、思ったより腹持ちがいい。その分、喉を通りにくいから無理やり水で流し込む。


 ワッシワッシと口を動かしながらも見つめる先にはマミー、別に何かするわけでもなく、ただ膝を抱えて座って、周囲の様子を見ているようだった。


 当然近寄るものもおらず、その姿はまるで学校で省かれてる男子のようで、とても伝説と呼ばれるような存在には、見えないわ。


 ……で、食べ終わり、飲んだ分の水もまた補給して、次はお花摘みだった。


「いや、何してるのかなって」


「はぐれたら危ないからな、傍にいてやる」


「いいじゃねぇか。減るもんじゃないだろ、ちょっと見せろや」


「どうかお願いします! 一口、いえ一舐めでいいでいいですからお願いします!」


 寄ってくる変態ども、近寄らないよう交互に見張りと仕切りとなって交代でさっさと済ませる。


 ……静かにやれば目立たないのに、音消しとか言ってエレナが歌うもんだから不必要に呼び寄せてた。


 一言注意したい気分だけど、やっぱり必要だったトイレットペーパー、砂が代用品にならなかったため、強く言えないで我慢した。


 で、終わって、手も洗ったのに示し合わせたみたいにマミーが立ち上がって、続きを歩き始めた。


 ……これが初日で、残りもだいたいおんなじ感じ、明るいうちはひたすらマミーに続いて歩き続け、疲れたら圧力かけて休息、それが七回か八回ほど、日が暮れるまで繰り返す。


 代わり映えがしない、退屈な道中だった。


 それで夜はというと、これはこれでまた、代わり映えがないのよねぇ。

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