文明からの出口『ゲート』2

 列に沿って裂け目に入る。


 つるつるの岩肌が緩やかに曲線を描いている間には堆積した砂の山、体を引き裂くんじゃないかと思えるほど強い風に逆らい続けてやっと抜けた先は、思わず息をのむような光景だった。


 一言で言えば、絶景、ね。


 ただただ灰色一色の大地、見渡す限りどこまでもどこまでも広がり続けてる。


 途切れるのははるか遠く、青い空と交わる地平線まで、ひたすら全てが灰色だ。


 ここには緑も、水も、岩もない。あるのは灰色の砂と、砂が作った起伏と、起伏が生み出す影、そしてその上をまた一列になって進んでいる人の列、そしてその先頭を進んでいるマミーだけが色だった。


 絵画のような光景、現実離れした風景、これを絶景と言わずに何をいうのか。


 だけどこの気候、観光地には向かないわね。


 さんさんと輝く太陽から逃げられる日陰は一切無くて、灰色一色の砂地はその光を照り返してきてて、絶え間なく吹く風は乾ききった熱風で、つまりはひたすらに暑い。


 こんな場所、生きてける生物なんか、想像もできない。


 だから未開地、これが伝え聞く荒れ地、これが、あたしがこれから旅行く世界なんだわ。


 心に刺さるはずの場面、シチュエーション、感動的な一大イベント、だけど、今のあたしの頭はエレナの一言に支配されてた。


『へミリアって、友達少ないでしょ』


 ……確かに、言う通りよ。


 あたしには友達は少ない、どころか一人もいないわよ。


 昔はいたけど、だけど実際はちがくて、実は友達なんかいない人生だったわよ。


 だから何? それが何?


 あたしに友達がいないからって、だから何なのよ?


 この旅には何の関係もないでしょ?


 それもしたりと言い当てて、ベーコンなんかも笑っちゃって、何さ。


 そのくせ、当の本人はもう忘れちゃったみたいで、子供みたいにはしゃいで辺りを見回して興奮してて、背中からでも胸弾ませて胸躍ってるのがわかるわ。


 脳天気。


 エレナのこと、どうせ悩みなんかなくて、胸と同じぐらい友達も多いんでしょうね。


 実際、あたしの知らない間に宿屋の人たちと仲良くなってたし、キャラ明るいし、胸とにかく大きいし、それに行動力あるし、よくわかってないあたしを助けたりしてるし……あ?


 なんであたしは助けられてることになってるの?


 いやいや違うでしょ。エレナは、雇ったの、あたしが!


 確かに、ここまで色々とお世話になったわ。助けられたこと、戦いのこと、準備のこと、あたし一人じゃできなかったことばかりよ。それは認めるわ。これからもきっとこれからも色々とやってもらうことになるでしょう。


 だけど、お金を払ったのはあたし、雇い主はあたしなのよ。


 だからあたしが偉いの。上下言うつもりはないけれどあたしが上なの。助けてるのは経済的にあたしであってあたしが助けられてるわけじゃないわ。


 それにここにはお友達を作りに来たんでもないわ。


 ここに来た理由、マミーの跡に続く理由、あたしが欲しいものわ!


 本能、反射、あたしは考え事しながら、うつむき加減で、ただまっすぐ歩いていただけで、だけどもそれが足の下に現れたら、無心であたしは跳んでいた。


 大股で跨いで踏まずに済んで、それから遅れて頭が理解する。


 灰色の地面に唐突に表れた茶色、湿り気のあるつるりとした表面が割れて、断面は毛羽立っている。


 そして遅れて、臭いがやって来た。


「やっぱこれだけ馬車があると馬糞も凄いねー」


 のんきなエレナの声に、恐る恐る前を向く。


 沢山の人、沢山の馬車、沢山の馬、それらが残した足跡に混じって茶色が点々と、はっきりと残されていた。


 ……ここまで通ってきた街道にも茶色はあった。


 けど、泥とか土とか雨とかが隠してて、それに草とか森とか雨とか、他の臭いがいっぱいで気にもならない、気にしないで済んでた。


 だけど、ここには、灰色で、それだけしかないから、存在感がすごかった。


 そしてその最後尾のあたしたちは、それらを頼りにこれから先を進むのだ。


「あ、エレナエレナ。馬糞、乾いてるの見つけたら回収してね。あれって良い燃料になるんだよー」


 なんか、もう、めまいがしてきた。


 これからの旅が楽で楽しいものじゃないとは覚悟してた。絵物語のように綺麗ごとじゃない、とも、頭ではわかってた。


 けど、あぁ、もう、嫌。


 後ろめたい気持ちに思わず振り返ってしまう。


 ……潜ってきた裂け目は、思ったよりもすぐ近くにあった。


 ここから全力で走って行って、息が切れて走れなくなる前までには戻れちゃうでしょう。


 そしてその間には誰もいない。ただ足跡と、あたしが見逃してた茶色があるだけだった。


「エレナ! 戻ってまで回収しなくても大丈夫だからね!」


「……だまらっしゃい」


 独り言、呟いて前を見返す。


 戻る気なんかない。こんな冗談みたいな、茶色で挫けるもんですか。


 思い踏みだし、それでも茶色は避ける。


 ……そんなあたしの前で、ベーコンが茶色を出してる。


 流石に、ロバ車には振れてないけれど、それでも進行上、ロバ車が、その上を通る。


 臭いたつ茶色の上を、ロバ車が、食料を満載したまま、通る。


 ベーコンが笑ってる。


 ……挫けるもんですか。


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