未開地3


 四日目、変化があった。


 嬉しい変化じゃなかった。


 一つ目、あたし、ばっちい。


 最初、痒いのは乾燥で、落ちてるのは砂ぼこりだと思ってた。


 けど実際は、痒いのは汚いからで、落ちれるのはあたしの汚いのだった。


 考えて見れば、ずっとお風呂入ってない。水浴びも、入ったのはいつ? あの列車でが最後? それすら五日以上前じゃない。


 もう限界よ。


 これは可愛いとか美少女とかでなくて、人としてもう、無理。


 今日、今晩、夜、暗くなったら陰に隠れて水浴びよ。エレナもそう、むしろこっちが重要、料理してるんだから、清潔じゃないと。


 それで二つ目、料理関係、行動食が尽きそう。


 残りはあって一食分、それも粉みたいに崩れたのばかりだった。


 これは、当然の結果よね。


 そもそも、行動食はちょっとしたおやつ用に持ってきたもの、朝昼晩は普通にオートミールを食べる計算でやって来た。


 なのに朝と昼とを行動食で済ましちゃってたら、なくなるのも早いわよ。


 だから節約、まとまった食事は全部オートミールで、となるけど、移動中は火を起こせないし、水につけてもなかなか戻らないからそのままバリバリ食べることになる。


 砂を噛む思い、喉を通すのもつらく、何より美味しくない。


 岩塩、ドライフルーツ、ミックススパイス、振りかけて味は変えてるけど、朝と昼を超えたらもう飽きてきた。


 その影響か、三つ目、いつもより切れが悪い。


 ……じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽとととっ。


 乾燥してるからか量も少なく、勢いも弱い。


 体調不良、疲労困憊、いえこれは、過度な乱用とストレスが原因よ。普通の状態だって、こんな汚い男たちにニヤニヤ見られながら出すなんて、緊張じゃないけど出るものでないで引っ込んじゃうわよ。


「おうおうなんでぇ、いっちょ前に、ちゃんとでんじゃねぇか」


「でしょでしょ? うちのへミリアってばちっちゃいのに凄いんだよー」


「出すだけならガキでも出せんだよ」


「いいぞ、これはいいぞ」


「あぁ直に、直に口付けて飲みたいいいい」


 何故かついてきたエレナ、ここでもよそ様のパーティーに馴染んでる。


 一緒に並んでお喋りして、あたしの魔法でなんやかんや興奮したり感心したり、意気投合、よっぽど退屈だったらしいわね。


 気持ち悪い。けど、あの険悪な空気よりは大分ましよね。


 ……四つ目、あたしたちにも仕事があった。


 正確には、あることを知った。


 切っ掛けは隣のパーティ、朝から二度目の休憩の時、なんか揉めてると思ったら、あたしたちのところにぞろぞろとやって来た。


 みんな険悪な雰囲気、何でか知らないけれど怒ってるみたいだった。


 で、言うには、この旅の仲間、マミー追跡協定を結んだものにはノルマがあるという。


 その中心となるのは一番大きい所の誰かが頑張ってた警戒魔法、周囲にモンスターがいないか結界を張って見はっててくれてたらしい。


 その結界に間借りする他のパーティは、対価として何かしら、料理なんかの雑務だったり金銭や物資のお気持ちだったりを支払ってるとのこと。


 更にそこから横のつながりで助け合ってきたが、あたしたちはその中にいて何もしてない。今からでもいいから払え、とのことだった。


 揉めて追い出されるのもあれ、こいつら叩きのめすのもあれ、と考えあぐねてたら、支払いはお水でもいい、と提案されたのでそれにしてもらった。


「জল বেরিয়ে」


 じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽとととっ。


 『サモン・ウォーター』もうおなじみの魔法、杖の先から水が噴き出し、また一つ、皮袋がいっぱいになった。


 これでここのは全部、他も終わってるから全部終わり、今日の分は、だけど。


「おう。ありがとうな。また明日も頼むぜ」


「それではこれで」


「それじゃーねー」


 さっさと頭下げて手早く立ち去る。


 疲労、は正直そんなに感じてない。


 総合すれば結構な量の水だしてたけど、休み休み出ちょびっとずつ、例えるなら同じ距離を走るか休み休み歩くかの違い、無理さえしなければいくらでもできるのよ。


 結局は魔法だって運動と一緒、ただ体を直接使わないで体力だけ持ってかれてなんかやってるに過ぎないわけだし、無理しなければ美容と健康に程よい運動になる。


 問題は、その無理がわかりにくいことよね。


 筋肉なら、関節が痛くなったり筋肉が痙攣したり呼吸が乱れたり、豆ができたり潰れたりする。


 だけど魔法で無理すると、頭や精神に来る。


 軽いと頭痛、不眠、倦怠感、それが記憶障害、情緒不安定、衝動が抑えられなくなったり感情や善悪が抜け落ちたりする、らしい。


 今のあたしはそこまで入ってないけど、頭が、具体的には目の後ろ辺りが、こってる。


 なんかこう、ぎゅっと力が集まってて緊張している間隔がずっとあって、だけども触れて解せないから嫌な感じがずっと続いてる感じ、これが酷くなるとあたしの場合は意識が飛んじゃう。


 初めは、けっこうやばいんじゃないかと不安に思ってたけど、実際はやばくなる前に体が本能的に意識事魔力をせき止めてて、やばくならないようにしてる、らしい。


 それでも美容と健康には悪いからほどほどにと言われてたっけ。


「あーあ、今回は可愛い男の子いなかったねー」


 ……そうじゃなくてもやばいのがいるんだし、気にしててもしょうがないわね。


 思いながら、ふとマミーを見る。


 変わらず集団の真ん中で、ただ座ってあたしらを見てるのか見てないのか、ジッとしていた。


 当然、乾いた顔からは疲労を含めた一切の表情が読み取れない。


 けれど、休憩の時間は確実に長くなってる。


 その分移動の時間は短くなって、旅としてはどんどん楽になってた。


 あぁ見えて疲労があるのかもしれない。あるいは他のパーティーを気遣ってのことかもしれない。


 どちらにしろ、楽ができるのは嬉しいわ。


「あ! 見て見て屁ミリアへミリア!」


 あたしの肩をバンバン叩いてきた。


「何よ」


 不機嫌に可愛くない声、でちゃったあたしはエレナの見てる方を見る。


「ほら! ベーコン! 迎えに来てくれたよー」


「何で紐外しちゃってるのよ!」


「いやだって、ずっと轡とか鞍とか付けてたらうっとおしいじゃん。休む時はちゃんと休ませてあげないと可哀そうだってー」


「そう言う問題じゃないでしょ! 逃げられちゃったらどうすんのよ1」


「えーー。大丈夫だよー! ほら、ベーコンわたしたちになついてるし、それに餌やお水がここら辺にないって賢いからわかってるんだよ。実際、逃げてなかったでしょ?」


「……エレナ、ひょっとして、あたしが寝ちゃってる間も外してた?」


「うん。朝までずっとだよ。気が付かなかったの?」


 知らない間にやばいことになってたかもしれなかったとの告白に、あたしが次の言葉を探してる間に、そのベーコンがあたしの横をすり抜け駆け抜けてった。


「逃げちゃってるじゃない!」


「……えーーっと、なんか、変、かな?」


 何が、と大声出す前にザワリと周囲が騒いだ。


 見ればマミー立ち上がってた。


 その手には輝き、ダイヤモンド、その手斧が、引き抜かれていた。


 臨戦態勢、嫌な予感がする。


「あ!」


 突然のエレナの大声、びっくりする。


「剣! サーベル! あたしの! もう一本! 投げっぱなし! 一本しかない!」


「何をいまさら言って……」


 ……あたしの声を遮ったのは影、何もないはずのこの未開地で、何かが、あたしの上を遮った。


 それは雲でも、鳥でも、人でもなかった。


「敵襲うううううう!!! モンスターだぁああああああ!!!」


 ノルマまで払って張られた結界が今更騒ぎ出した。

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