換金の町『ウォールゲート』4

 流れに乗ってベーコン引きずり騒動の前へ。


 町の入り口近くの大通りの十字路、周囲の交通など無視して集まり囲い、なんやかんや騒いでいる。


 その中央、誰も彼もが距離を置いて開けた中に、二人がいた。


 一人は間違いなくマミーだわ。立つ姿は無事に見えるけど、心なしか白かった服があちこち汚れていて、あの村人から逃げるにそれなりに苦労したんでしょう。


『あなたには、できない』と書かれた鞄をぶら下げて、呆然と見つめる先にもう一人がいた。


 ……厚く、太い男だった。


 黒くゆったりとした服装、首元まで詰めた襟から聖職者とわかる。首から吊るしたホーリーシンボルは二重らせん、ジーン教会の証、同時に回復を担う『ヒーラー』でもある、はず。


 だけど体つきはそれとは正反対で、一見したら太って見える体形だけど、出ている拳や首筋には盛り上がって陰影のある筋肉、相当鍛えられているとあたしでもわかるわ。


 日に焼けた褐色の肌、黒髪を短く切りそろえ、太い眉とがっちりとした顎からは頑なな意思が滲み出ている。


 何よりもマミーを見る眼差しは、鋭すぎて、宗教家がしていいものじゃないわ。


 そこから連想されるのは、最悪の状況だった。


 ……ジーン教会、に限らず大抵の宗教はアンデットを禁忌としている。


 死者を材料に労働力を産み出すというのは、解釈の違いこそあれ共通して死者への、ひいては神への冒涜とされてる。


 つまり、マミーは神の敵なのだ。


 ……公式には認められてないけれど、マミーは自由に行動するため、あちこちの宗教施設にダイヤモンドの寄付をしているとも聞いている。


 だけどそんな損得勘定を乗り越えて信仰心の名のもと、不合理をやらかすのが宗教だわ。上下関係やら予定調和やら免罪符やらを一切無視して心の中の神様の言う通り暴走する狂信者は、毎月のようにどこかで何かをやらかしていた。


 それが、今、目の前で、今月分が、行われようとしている。


 最悪、止めなきゃ。


「今一度お願いいたす!!!」


 あたしの一歩を封じるに十分な怒声、響く。


「無礼! 無作法! 百も承知! その上でマミー殿! どうかこの私と一手! お手合わせ願いたい!」


 文言は決闘、だけども許していいもんじゃない。これで何かあったら追跡も何もないわ。


 改めて止めに踏みだしたあたしの一歩を、前の男の手が遮る。


「おいがきゃ、何しよってんだ」


 左耳と前歯と髪と品のない男が、悪臭だけはたっぷりの息であたしを睨む。野蛮な言動、だけど額にはゴーグル、これでも冒険者らしい。


「こいつぁあなぁ、漢と漢を比べる漢の神聖な儀式なんだよぉ。そこに水差すってんならまずは俺らぁ相手にしてもらおうかぁ、あぁん?」


 脅されてる? あたしが? こんなのに? 上等よ!


 感情に任せて噛みつく前に襟首捕まれ後ろに引かれた。


 振り返ればベーコンだった。その後ろでエレナは目をランランと輝かせて、周囲の男どもと同化してた。どうかしてるわ。


「おらぁあ! 二人とも! 根性見せやがれや! ぶっ殺すぞ!」


 髪のない男が前に向き直り罵声を浴びせる。


 それが木霊するように周囲が捲し立てていく。


 熱狂、白熱、盛り上がってる。


 その中で冷めてるのは、あたしと、マミーだけみたいだ。


 カクカクと辺りを見回し、退路を探して、だけどもなくて、敵だらけのこの状況に、混乱しているのがあたしにもわかる。


 そんなマミーに、宗教家の男が深々と頭を下げた。


「感謝する!」


 勝手に了承した宗教家、頭を上げるや一気に上着を脱ぎ捨てた。


 ……現れたのは、思わず見とれてしまう程、ほれぼれさせる肉体だった。盛り上がった筋肉、太い腕、逞しい肩、エレナとは違った意味で豊満な胸、あの乳首は絶対ビクンビクンできるでしょ、あれ。


 そんな筋肉な男は、足は肩幅より広く左右に広げて、右の拳を前に、左の拳を後ろに、臍の高さで並べて握る。


 馴れた動き、ブレのない構え、素手での戦闘に特化した聖職者、あたしは何者か知ってる。


 この男は俗に『モンク』と呼ばれる武闘家だった。


 武器は野蛮で悪だから素手で、ライバルと共に研鑽を積む姿は美しく、拳を交えて友情をはぐくみ、そうして鍛えられた体は清らかだ。宗教がいかれている証拠をわかりやすく体現化したのがモンク、とは頭の中で思っていても絶対口にはできない事実だわ。


 そんなモンクの構えに、場は一気に盛り上がる。


「俺はマミーだ! 二口!」


「こっちは神父だ! 牧師か? とにかくマミー敗北に三口!」


「邪魔者入ってうやむやに一口でーーす!」


 飛び交うのは賭けの声だ。


 こいつら、やっぱり最低だわ。


 勝手に盛り上がって逃げ道塞いで、それで神聖とのたまわって何するかと思えばギャンブル、戦いの娯楽化、完全に蛮族、付き合う方がバカってもんね。


 それはマミーも同じ考えみたい。だけど、だからといって逃げ道は見つからず、下手な行動いかんではこいつら野蛮人が全員、一瞬にして敵に回りかねない。となると、期限を損なわないよう、ここは、戦うしかない。あたしにもわかる最低なシチュエーションだわ。


 ……諦めたようにマミーの肩から力が抜けて、手にしてたアタッシュケースを地面に置いた。


 そして懐からあの、バカでかいダイヤモンドの鉈を引き出す。


 その煌きにブーイングが弾ける。


「てんんめぇ! 何無粋なもん出してんだぶっ殺すぞ!」


「素手だ素手! ステゴロに決まってんだろがぼげ!」


「さっさと武器を捨てて殴り合えや賭けになんねぇだろがぁ!」


「空気読めやカス!」


 ガラの悪い同調圧力、圧迫感に、マミーはしぶしぶ屈して鉈を手放し、地面へ落した。


 サクリ、ダイヤが地面に刺さった音、それを合図にモンクが動いた。


 滑らせるように右足を前へ、付いたら左足を引いて、それを交互に繰り返しマミーとの間合いを潰していく。


 対するマミーは、ただ一歩前に出ただけで、腕は下に垂らしたまま、あたしの目には棒立ちに見えた。そうでなくともぎこちない感じ、ひょっとすると、マミーは素手での戦いは不慣れなのかもしれないわね。


 なんて考えてたらもう間合いはなくなっていた。


 互いに強く吐けば息が届く距離、なのに変わらず棒立ちのマミー、そこへモンクが滑り込む。


 前へ深く踏みだすとほぼ同時に放たれた右の拳、真っすぐ、振りかぶりもしない一撃、ただ突き出しただけに見えるモンクのパンチ、なのにマミーの腹部にあたるやその足が地より離れた。そして背後へ、決して高い軌道ではないけれど、それでも数歩分、弾き飛ばしていた。


 おおぉ、と歓声が上がるにあたしも混ざりそうだった。あれだけの動作でこの威力は、やはり熟練の技なんでしょうね。


 それを喰らったマミー、ザスリと着地し踏みとどまったけど、軽く上半身が揺れている。これは、ダメージがあったと見るのが自然ね。


 まずは先制、なのに、打ったモンクの方は表情を曇らせる。


 多分手応えでしょう。あのマミー、乾いたお腹は柔らかくなさそうだし、それにおへそ辺り叩かれたからって呼吸が苦しくなってない、それどころか呼吸してるかも不明なのだ。生身相手とは違うでしょ。


 曇った表情は晴れぬまま、それでもモンクは前に出た。


 追撃の姿勢に、対するマミーも棒立ちに戻りながらも前へ、一歩大きく踏みだした。


 再びの間合い、息の届く距離で、マミーはいきなりガバリと、頭を前へと倒した。


 倒れるように折れるように、勢い乗せて頭を下げる姿勢、謝罪、あるいは懇願、挨拶の場合もあるジェスチャー、だけどその角度は深すぎた。ほぼ二つ折り、勢いあまって額に膝が触れそうなぐらいに頭を下げている。


 そして代わりに、頭のあった位置に、マミーの右足、足の裏があった。


 後ろから前へ、サソリの尾のように突き出された足は真上を過ぎて前へ伸びて、パスリと、同じく前に出てたモンクの顔に、触れた。


 足の裏全部が顔を覆うヒット、だけどもそこには威力もダメージもない、ただ当てただけの、蹴りとも呼べない動作だった。


 それで予想外の動きに驚いたのか、モンクの動きが止まった。


 次の瞬間、残像、そしてモンクの顔が思い切り蹴り飛ばされていた。


 凄まじい衝突音、その前に聞こえたのは風切り音だ。


 その一撃に、まるで釣り糸に引っ掛かって勢いよく吊り上げられたみたいに、モンクが、派手にぶっ飛ばされてた。


 衝撃に、誰もが息を忘れていた。


 ……何が起きたのか、あたしには残像から推測することしかできなかった。


 蹴ったのはマミーの右足、顔に触れてたはずの足だ。そしてもう一つ、前に倒してた頭、だけど今は足が前に、頭は後ろになっている。


 つまり、マミーは、足元の石ころなんかを思い切り蹴るときにその足を引く動作を、何倍も大きく引いて、頭上を飛び越えモンクの顔に足の裏を当てて、そこから戻す反動乗せて全力で、モンクの顔面を蹴り飛ばしたのだ。


 頭ではわかってるけど言葉ではうまく表現できないような、めちゃくちゃな動き、それができる股関節の柔軟性、引き絞れるだけの筋肉、引き絞る間に体勢を保てるバランス感覚、その一蹴りを当てる精度、全部が合わさっての強烈な一蹴りだった。


 こんなの、喰らえばひとたまりもない。


 喰らったモンクはひとたまりもなく、ドサリと、受け身も取れずに地面に倒れて、そのまま動かなくなった。


 ……周囲から歓声がなくなっていた。


「んだよ。これじゃあ、もう賭けになんねぇじゃんか」


 誰かがぼそりと呟くも、マミーは反応せず、淡々と元いた場所へと戻ると、鉈と鞄を拾い上げる。


 その口からは、逆流したのか、ハチミツがべっとりと漏れ出ていた。


 その姿にクスリと笑えたのは、エレナだけだった。

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