換金の町『ウォールゲート』3
町の外れ、外への出口、街道沿いに馬車屋はあった。
こちらも活気がすごく、売られているものも様々だった。
まず馬車が目立った。荷馬車から早馬、一頭引きから四頭引きまで様々で、当然値段も高いけどレンタルもあった。それに修理道具やスペアの車輪、ペイントから保険までそろってた。
なのに肝心の、馬が、どこも売ってないじゃないの。
持ち込んだ馬をつなぐ場所、休ませる場所はあった。獣医に蹄鉄職人、ヘアカットなんて商売が成り立ってるくせに、その肝心の馬を売り買いする場所が一切ない。
恥を忍んで道行く人や店の人に訪ねても愛想笑いとここじゃあ見ないよとの返事ばかりだった。
それでも探し回って、もうすぐお昼ご飯の時間、やっと一頭だけ、見つけた。
大きな耳、口周りとお腹周り、足は毛が白く、それ以外は薄い茶色、目つきは、ジト目ってやつかしら、言いたいことありげに不満げに、下からすくい上げるみたいに、あたしらを見つめてくる。無愛想な面、知性も愛くるしさも微塵も見せない。
それでも足は四本、立って歩けるなら文句はないわ。
「え。買っちゃったの?」
「買ったわ。即決よ」
「……何で?」
「何でって食料運ばせるのにいるって、エレナが言ったんじゃない。それにこいつが最後の一頭だったんだから、売れちゃったらどうすんのよ」
「いや、あの、へミリア、わかってる?」
「わかってるわよ」
「この子、ロバだよ」
「だまらっしゃい! わかってるわよそんなの! でもしょうがないじゃないの! 他にいなかったのよ! それに馬とロバの違いなんて! 値段が高いか安いかだけでしょ! それとも何! ロバじゃ働きたくないって労働組合でも作る気!」
思わず声が可愛くなくなる。
「いや、うん。ロバなのはいいの。いいの。餌選ばないし、そんな食べないし、悪路に強いし、並べて走れないけど荷物は十分引けるし」
「だったら問題ないでしょうが。むしろ何? 馬よりいいんじゃない?」
「それはいいんだけど、この子、蹄鉄ついてないよ?」
「は?」
「足の、蹄につける鉄のやつ」
「知ってるわよ蹄鉄ぐらい。じゃなくてついてなって何でよ」
「知らないけど、ほら、別売りだって。てか、食用じゃんこの子」
「……だから何よ。歩けて運べるんなら問題ないでしょ。蹄鉄だってさっきどっかで売ってたし、後は馬車買ってつなぐ紐みたいの買ってついでに桶とかエサとか買えば終わりでしょうが」
「いやー、そうだけどさー。高いよ? 正直わりにあわないかなーって」
「それが何よ。お金なら、あるわ。これで全部買えばいいんでしょ。……何こいつ。あたしのこと見て、今、笑った? ロバのくせに? あたしを?」
「へミリア落ち着いて」
「落ち着いてるわよ。それよりさっさと全部買って次行くわよ。ここで全部じゃないんだから」
「まってその前に、大事なこと、この子の名前は?」
「……ベーコンよ」
「うぇえ。それはあんまりじゃあ」
「覚えやすいでしょ。行くわよ」
なんだかんだいってるエレナを引き連れロバのベーコンと、ベーコン周りのモロモロを買い上げる。
蹄鉄はロバ用でとかで追加料金喰らったけど、はめるとこまでやってもらう。
その間にもう一つの目的、馬車改めてロバ車、二輪の一番安くて小さのしかサイズが合わなくて、値段も吹っ掛けられたけど、それでもあたしが使ってたベットよりは大きくて、収納スペースは十分に思えた。それにあたしの力でも動かせるんだから、獣風情なら余裕でしょ。
決めるのとほぼ同時にベーコンが仕上がった。引き取るついでにその他、モロモロ必要なものも買ってく。
桶は一つで十分、飼葉の乾草の束となんか袋に入ったのを、それと岩塩の塊一つ、鐙と手綱と引っ張る紐はその場で取り付けて、それに、ブラシ?
「汗かいたときにブラシしてあげないと、いつまでも濡れてて体冷えて風邪ひいちゃうんだよ」
「夏に風邪?」
「夏風邪」
……エレナに説得されてしぶしぶ買う。
これで運ぶ手段はできたわ。後は運ぶ荷物よ。
ベーコン引き連れ町の中へ戻る。
人混み溢れる中へのロバ車の突入は、最初の一歩はあたしでも勇気がいったけど、二歩目からはなんてことない。よく見れば同じように馬車引いてる連中だっているんだし、問題ないでしょ。
堂々と歩いて、必要な物を買っていく。
最初は食料から見ていく。
常用食、座って落ち着いて料理する用で、ここはどんな場面でも内容はそうは変わらないらしい。
基本になるオートミール、原材料は燕麦、パンにもならない品種の麦を脱穀して蒸して潰して乾かしたやつ。あたしは嫌いだけど、軽くて持ち運び便利だし、一度火を通してあるから我慢すればそのまま食べられる。栄養価も高く、値段は安い。ロバの餌にもなるとかで、大袋で二袋。
次に豆、食べすぎるとオナラが止まらなくなるから嫌い。だけどオートミールだけだと栄養が偏るからと、乾燥赤長豆の中袋を一袋。
干し肉、これは好き。値段もサイズもピンキリ、なのに切り分けられて乾いてると最早何の肉かもわからない。ここはエレナに任せて二種類、ゲテモノじゃないのを選んでもらって小袋で一袋ずつ。あと魚の燻製もあったので味に変化を加えるために一袋。
豚のベーコンもあったけど、ややこしいから嫌と、エレナに却下された。
野菜に丸ネギを五玉一袋、泥付きの棒ネギを三本、乾燥赤茄子を一袋、本当はもっと必要らしいけど、持って行っても保たないからこれだけで我慢する。
岩塩。暑いと汗をかいて、思ったよりも塩分が消耗するからと、ロバ用とは別に人間用に。拳サイズを二つ。ここらが原産らしくやたらと安かった。
それとは別に味付け用にミックススパイスを一ビン、エレナお勧めのブランドの買い足しておく。
次に行動食、歩きながら食べるおやつ、甘いのが中心がいいらしい。
選んだのが定番のドライフルーツ詰め合わせ、リンゴ、葡萄、ナッツ類、ベリーなんかを乾かしたやつの中袋一つと持ち歩きように小袋を一つずつ。
それに、これは完全にあたしのわがまま、無駄遣いだけど、売ってるのを見かけちゃったらもう我慢できなくて、高いのを、世界三大甘味の一つで珍しいお宝甘味、結晶葡萄を五粒ほど、買っちゃった。
その横でエレナ、本当に指をくわえて見つめる先に、これも世界三大甘味の一つでバカ高い高級食材の圧縮キャンディーが、結構な値段で、並んでた。これも、決して安くはないし、完全な無駄使いだけど、言い出してたあたしが葡萄を買っちゃった手前、気が引けて、経費として、買ってあげた。
エレナからの満面の笑みとお礼の嵐に胸焼けしながら、最後に選ぶのが非常食、はぐれたり荷物を失くしたり料理できなかった用の最後の晩餐、この旅では補給がまず無理だからあまり意味はないらしいけれど気休めとして、用意しておく。
エレナのお勧めはペミカン、説明によれば中身はほとんどが豚の脂でハーブや干し肉が刻んで混ぜられたもので、これは食料というよりも傷や肌荒れに塗ったり、燃料にしたりと、感覚的には食べられる便利な薬に近いらしい。一人一缶、買った。
後は食べ物とは少し違うけど解毒用のポーション三瓶と傷口に張る薬草を三束、買って加えた。
お酒とたばこはどちらも嗜まないから無しで、コーヒーや紅茶なんかは欲しかったけど、必要性は薄いから最後に荷物の余裕があったらと保留した。
これで食べ物はお終い、次に装備、鞄以外の身だしなみを揃える。
真っ先にゴーグル、注意して見ればそこかしこで売られていた。
安いのは中古のヒビの入ったやつから、高いのは型をとって一から作るオーダーメイドまで、特産品なんじゃないかしらと思えるぐらいに溢れていた。
その中からあたしとエレナの分を買う。
エレナは、サイズ的にも普通で色々選べたみたいで、掘り出し物っぽい革紐のゴーグルを、あたしは逆にサイズがなくて、何をどうして作られたのか、両目がハート型でピンクの紐のしかなかった。それでも首にぶら下げれば、周囲とお揃い、ようやく溶けこめた気分になれた。
それから追加で、エレナは幅広の革の帽子と麻のマントを、どちらも男物でサイズが大きすぎるけれど、色々大きなエレナにはこれはこれで似合ってるた。
あたしは持ってなかったナイフを一本、小さくて木目の握り、革の鞘のついたなかなか良いデザインだけど先のかけてるのを買って腰に差す。
火打石セットを二人に、あたしは火の出るアーティファクトがあったからそっちが良かったけど、エレナ曰く、あれは壊れやすいから持ち運びには向かないと断念した。
水筒の皮袋、あたしとエレナがもともと持っていた普段使い用だけじゃあ小さすぎるからと、それに加えて大きな皮袋のを、紐と栓のセットを三つ、あたしとエレナとベーコンのを買い、それぞれが持つ。
木綿の布を五枚、白くてきれいで臭くないやつ、汗拭き、食器洗い、包帯がわりに、これはロバ車に乗せず互いのリュックに入れる。
靴や靴紐は大丈夫と点検して、だけど何かと便利と紐を一巻き、それからトイレットペーパーを買うかどうかでエレナと軽く揉めて、一巻きだけ買って、忘れてた食器に移る。
包丁、食材を切る専用のナイフ、小さいけれど刃の綺麗なのを一つ。
薄い金属製のお皿とスプーン、カップを二組、金属製で全く同じデザインでどちらがどちらかもわからないけど、洗うから問題ないでしょ。地味に高かったけど買う。
そして買った食材を煮る鍋、浅く広くて黒い鉄鍋をを買ってロバ車に乗せたらベーコンが歩かなくなった。
「少し重すぎるんだよ」
エレナが生易しいことを言ってロバ車から買ったばかりの鍋をどかすと途端に歩き出し、あたしが乗せ戻すとまたピタリと止まる。
これは、あたしを馬鹿にしてるのね。
「無理させちゃだめだよ。可愛そうだし。それに途中で歩けなくなったら私たちも困るでしょ?」
そう言ってまた鍋をどかしてあたしに差し出してくるエレナ、持てと言ってるんでしょう。
……力では、エレナの方が適任、だけど何かあった時に速攻で動かなきゃいけない立場なら、無駄な荷物は少ない方が良い。それにあたしの方はまだ、余裕がある。
一考してから、受け取る。
思ったよりも大きな鍋、鞄には入らないだろうし、取っ手に紐を通して背負う、にはちょうど良い長さの紐がない。
考えて、何となく、頭にのせてみる。
……腹立たしいことにぴったりフィットした。
兜代わり、帽子代わり、日よけ傘がわりに、背筋をピンと伸ばせば重心に重さが乗るから辛くもない。
ただ間抜けな格好、可愛くない。
悩むあたしをベーコンはじっと見つめてた。
これは、絶対あたしを馬鹿にしてる。そうに決まってるわ。
お前のせいだとじっと睨み返していると急に周囲が慌ただしくなった。
人の大きな流れが産まれ、情報を伝える波と情報を確認する波で人と人とがぶつかり合い、かく乱させられる。
その中で一言、聞きなれた単語が耳に入った。
「マミーが来たってよ」
やっとか、と不思議と達観してたあたしに続報が入る。
「決闘だ! マミーが戦うぞ!」
……耳を疑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます