換金の町『ウォールゲート』2

 サインも終わっていよいよ行動開始、とその前に宿に部屋をとっておくことにした。


 全部が終わって日が暮れて、だけども寝る場所なくて野宿とかまっぴらよ。


 それで宿屋、すぐに見つかった。


 町の大通側、大手宿ギルド『グッドナイト』の支店、少しでも大きな町なら必ずあるいつもの宿、幸いにもチェックアウトとの入れ違いで簡単に、だけど二人で一部屋だけど、取れた。


 それで、置いておく荷物もないけれど、一応部屋に入って、ちょっと疲れたからちょっと休憩をとちょっと椅子に腰を下ろして、また時計のゼンマイを巻いてるエレナを見ながら、ちょっと瞬きしたら……一日が終わってた。


 寝ちゃった。


 夢も見ないで爆睡だった。


 それで目を覚ましたら、夕方どころかもう、次の日の夜明け前だった。


 時間の浪費に呆然としながら、起こしてくれないで一人でベットで寝てるエレナを睨む。


 幸せそうな寝顔、ぼりぼりとお腹を掻く動作だけでも胸のふくらみが揺れている。


 起こそうかとも一瞬考えたけど、疲れてるのはエレナも一緒とほっといて、空いてるベットに入りなおして二度寝した。


 それで朝、どちらかが起こしたわけでもないのにほぼ同時に目が覚めて、顔お洗いたいのに井戸が有料とか言われて腹立って、だったらと魔法で水出して顔洗って、それでエレナに案内されて宿に併設してある食堂に向かった。


「昨日のビッフェ凄かったんだよー」


 悪気はないだろうし、寝ちゃったあたしが悪いんだろうけど、それでも起こしてほしかった、とは言わないで上げた。


 それで、メニューからオートミールとチーズのかかった豆チリシチューを二人分、飲み物にあたしはブラックコーヒーを、エレナは紅茶を頼んだ。


 待たせずすぐに出てきた朝食、味の評価など忘れてお腹の中に詰め込むだけ詰め込んで、やっと落ち着いた。


 満腹、からのまた睡魔、奥歯を噛みしめ欠伸を殺して背筋を正すとおのずと周囲が見えてきた。


 思ってたより繁盛してる食堂、漏れ聞こえる会話から彼らの多くもマミー狙い。それがまだここにいるのなら、マミーはまだ到着してないんでしょう。


「それでへミリア、今日はどうするの?」


 気のせいか、一晩寝て食べたら胸が大きくなったような気がするエレナが訪ねてくる。


「決まってるわ。ショッピングよ」


 あたしの言葉に、エレナはにんまりと満面の笑みを浮かべた。


 そりゃそうね。女の子はみんなショッピングが、お買い物が大好きな生き物よ。


 だけどこれは無駄遣いじゃない。ちゃんとした必要経費よ。


 なにせ、今のあたしやエレナは、お金はあっても旅の準備はできていない。


 正確には、あたしは準備してたけど、裏切りにより全部を失くしちゃってる。


 だから改めてそろえる必要がある。無駄じゃないわ。


「お金は必要経費だからあたしが全部出すわよ。ただし無駄遣いはっ認めないわ。いいわね?」


「はーーーい」


 子供みたいな返事してから、エレナはまだ残ってたオートミールをお行儀悪く一気に掻きこんだ。


 それで、会計済ませて改めて町へ繰り出した。


 昨日と変わらず暑い日差し、活気のある店々、ただ見て回るだけで一日楽しめそうだわ。


「それでそれでへミリア、まずは何から見てく?」


「決まってるでしょ。鞄よ」


「あそっか、へミリア手ぶらだもんね」


 そう言ってエレナは、どこからか鞄を取り出してた。


 麻ひもに麻布、飾りも何もない、女の子が持つには不格好すぎるリュックサックだ。肩紐を絞ると口も絞られるようになってるやつで、外側から見た形状から、中にはあの村で買ったハチミツのビンが入ってるらしい。


 比べてあたしの鞄は無いに等しい。腰にぶら下げた皮袋が五つ、内二つが財布で、一つが宝石入れだ。後は水筒と、空になった財布が一つ、これにはどこぞで買わされたハチミツのビンが無理やりねじ込んであった。


 とてもじゃないけど未開地へ出ていける鞄じゃないわね。


「あ! かばん屋さん!」


 あたしをおいてテケテケと駆けてくエレナ、その後に続いて露店まで行く。


 並んでるのはどれも武骨で実用性重視ばかり、流石に見た目とも可愛さとも無縁ね。


「これなんか良いんじゃない?」


 エレナが選んだのも、見た目とも可愛さとも無縁の、全部麻ででいたリュックサックだった。ただしこちらは肩ひもの幅が広く、ボタンで蓋をするタイプで、外側にもいくつかポケットが付いてあった。


「これ、途中で薪拾って刺す用のポケットなんだよ。それに縫いもしっかりしてるし、肩当もあるし、いいじゃんいいじゃん」


 エレナ、お勧めしてくる。けど、あたしにはちょっとしっくりこなかった。


「ちょっとね。これじゃあ小さすぎるわ」


「そんなことないって。てか、これ以上大きいと動きにくいよ? 旅の途中で何があるかわかんないんだし、いつでも走れる程度に抑えないと」


「言われなくてもわかってるわよ。でもこんなサイズじゃあ、道中の食料入れたらそれだけでいっぱいになっちゃうじゃないの。せめて倍は欲しいわ」


 あたしの不満点に、エレナは目をぱちくりさせる。


「……ねぇへミリア、これからの旅って、マミーの跡ついてくんだっけ? それってどれくらいの予定なの?」


「正確には、わからないわね」


 エレナの質問に正直に答える。


「当たり前だけど、マミーの追跡に成功したものはいないの。ただマミーが買い求めたハチミツと、それを飲むタイミング、間隔から計算しても片道一週間が限度ってなってるわ。あたしたちは帰りもあるから、往復でもう一週間、予備日やアクシデントを考えて追加で何日か。合わせて二十日? それぐらいでしょうね」


 この数字は、セブン・エッジ・ガーディアンズが裏切る前に教えてくれた数字、だから信ぴょう性は怪しいけれど、ハチミツ量からの算出は打倒に思えて、だから嘘は無いと、今思った。


「………………えーっと」


 戸惑ってる様子のエレナ、そりゃそうね。いきなり二十日間拘束なんて言われちゃあね。でも、契約は契約よ。押し通すわ。


「……それで、あの、確認なんだけど、エミリア、これから行くのって人もいないとこなんだよね?」


「そうよ。草木もなく、乾いた砂だらけ、砂漠っていうんだっけ? なのにモンスターはいっぱいの荒れ地よ。それが何?」


「……二十日間?」


「二十日間。予定通りならね」


「無理!」


「は?」


「無理だって。食べ物持ちきれないもん」


「だから倍の鞄を」


「だーかーらー、そんなんじゃ全然足りないんだって。考えてみてよ。一日三食、それが二十日、合わせて何食?」


「六十よ。それが何?」


「何って、六十食だよ? 六十人前だよ? それを一人で運ぶのなんて無理だって」


「エレナこそ何言ってるのよ。運ぶのは乾燥させた食料でしょ? 干し麦干し肉干し果物、戻す水はあたしの魔法で出せるんだから、後は食器だけで十分じゃないの」


「それでも無理だって! 今朝! さっき食べたの! あれだって水分抜いても半分ぐらいだよ? それがあと、えーっと、五十九だよ? 入らないし入っても持てないし持てても運べないから」


 ……言われて、ちょっと想像する。


 今、あたしのお腹の中にあるのが一食分、それが半分、でお腹周りで大体三分の位置ぐらい。あたしは……四頭身ぐらいだから四倍、かけてかけて二十四倍、二十四食があたしと同じぐらい。つまりあたしが三人ぐらい運ばなきゃなんない。


 うん、無理ね。でもみんなはやろうとしてる。


「じゃあ! じゃあ他はどうしてるってんのよ! 他のパーティーとか裏切り者どもとかは当たり前みたいに準備してたわよ!」


「違うってそれって絶対、馬車引いてたでしょ?」


 言われて、心当たりがある。


 ……他は知らないけれど、裏切り者どもは馬車、用意してた。


「……へミリアって、何にも知らなんだね」


 カチンときた。


「だまらっしゃい! わかんないから色々雇ってんでしょうが! 馬車が何よ! 無いなら買えばいいじゃない! お金ならあるんだからね! どこ! 馬車どこ! 今すぐ買いに行くわよ! その前に鞄! これ下さい! あたしのこと笑ったんだからまけてもらうからね!」


「あ、値切るんだ。へミリアってそーゆーのは知ってるんだ」


「だまらっしゃい!」

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