換金の町『ウォールゲート』1

 ……村人どもが諦めたのが夜明け前、線路に沿った大通りに出たあたりだった。


 舗装された広い道には早朝にも関わらず多くの人と馬車が行きかっていて、沢山の目が合った。


 流石の田舎者どもでも人の目が多い場所で襲うほど頭は悪くなかったみたいで、人の声が聞こえた段階であっさりと諦めて帰ってった。


 それに安堵するよりも、寝不足で目の裏が痛む不快感よりも、暗くて邪悪な遥か未来の予定表を考える方が勝っていた。


 彼らにはいつの日にか、このマミーの件が終わった後にゆっくりと、必ず復讐しに行ってあげるわ。そん時は、宿が焦げる程度じゃ絶対に済まさない。絶対全村廃村にしてやるんだから。


 思わず可愛くない笑みを浮かべてしまう。


 それぐらいには余裕ができたあたしとエレナ、だけど進む速度を緩めず、歩いて歩いて歩いて、そして日が昇り切ったころ、大きな街道と、線路がまた交わって、真新しい駅の前を通り過ぎた先、目的地に、恐らくはマミーも向かったであろう町に、着いてしまった。


「ここも、すごいねー」


 変わらずキョロキョロ見回すエレナ、だけども声は小さく、動きに元気がない。流石に徹夜はこの巨乳にも堪えたんだろう。


 それとは逆に町の中は朝から賑やかだった。


 暑くて乾いて埃っぽい空気、高い壁と壁との間の門をくぐると雑多な町並み、大きな三階建てから小さな掘っ立て小屋、さらには馬車を売店に、あるいは布を引いた上での露天商、見渡す限り商店が、大通りの左右に犇めいて何かを売ってた。


 その商品も、食べ物や日用雑貨だけでなく、武器や防具、さらには怪しい薬屋やアーティファクト売り、宝石に本まで売ってる。値段もピンキリ、ただし目利きがいるのか、質と値段にそんな開きはないようね。


 そんな間を声が響く。呼び込み、値切り、交渉、掛け声、歌に怒声、都会の店には見られない馴れ馴れしさ、しゃれた雰囲気もお客様という単語もない、活気のある野蛮さだった。


 客層も似たようなもの、馴れたもので、ひしめき合いながら同じぐらい大声で返し、下品で、汚く、臭くて、屈強だった。


 賭けてもいいわ。ここの客の大半は『冒険者』にちがいないわね。


 大半が革の鎧、部分部分に金属の防具を付けてるのもいる。金属の鎧はほとんどいない。背中には大きな荷物、手か腰には必ず武器が、剣か槍か斧か弓か棍棒か、武装していた。


 それとは別に少数の布の服が混じってる。大荷物は同じ、ただ武装は魔法のための杖だった。


 後馬車も、人込み混雑考えなしに歩み通り、一度に大量の商品を乗せたり下ろしたりしてる。


 彼らの人種、年齢は様々、男女比は男が多いみたいだけど女もいないわけではない。それでも共通して、流行なのか、みんなゴーグルをかけていた。


 ガラスの板を組み合わせた、目の周りをすっぽりと覆う大型の眼鏡、ガラス製なので風やゴミなんかは防げても、それ以上のまともな攻撃を受けたら割れて逆に危ない。


 それなのに誰も彼も、色付きだったり革ひもだったりとデザインに違いはあっても一人残らず首なり目なりにかけているのには、きっと何か重要な意味があるのだろう。


『冒険者は無駄なことをしない』って言ってたのは誰だったかしら?


 ……正式に、職業として『冒険者』は存在しない。ただ傭兵だとか、狩人とか、護衛とか、墓荒らしとか、そういった戦いを生業をする人の中で、未開の地を目指す人々をひとくくりにして一般的に『冒険者』と呼んでいるに過ぎない。当然その仕事は命がけで、集まる場所は危険な場所の近くと決まっていた。


 そして、ここまで思い出して、あたしは寝ぼけてるのか、当然のことを思い出した。


 ここは、文化の最果てなのだ。


 人が文化圏を広げた中で、その最東端がここで、ここから先は未開の地なのだ。そこへ冒険に出るのが冒険者なのだ。


 当然、未開の土地には町もなければ道もなく、地図もなければ安全もない。それどころか雨も少なく草木は生えず、ただ乾ききった大地がどこまでも続いている、と聞いてる。ただ生きるだけでも辛い場所、なのにモンスターはたっぷりと徘徊しているのだそうだ。


 土地として、領土として、一切うま味のない大地、だけどそれと覆せるほど、冒険する見返りがあった。


 薬やアーティファクトの材料になるモンスターの亡骸、乾いた大地の下に眠る手つかずの資源、遥か古代に滅びた遺跡に眠るお宝の数々、更に噂では、未開地を抜けた向こう側にはまた別の文化圏があるとも聞く。


 そしてその中にマミーもいた。


 十年毎にやってきて、帰っていくのがこの先、未開地の向こうになる。


 つまりは、この未開地の向こうに沢山のダイヤモンドが眠ってる、はずだ。


 そんな見返りが人を冒険に駆り立てる。


 みな一獲千金を夢見て集まり、過酷な未開地に旅立つ前に最後の準備する町、そして運よく生きて変えてお宝を持ち帰れたなら手っ取り早くお金に変えるのもこの町なのだ。


 だから換金の町『ウォールゲート』、別名は確か『冒険の終わる地』だったわね。


 そしてその中に、あたしも入るのだ。


「へミリアぁ、ねむーい」


「わかってるわよ。寝るわよ。でもその前にやることあんのよ」


「やること? おトイレ? お花摘みだっけ?」


「違うわ。協定に参加するのよ。そのサイン、書いておかないといらない敵作っちゃうのよ」


「へぇーーー、それってどこで?」


「聞いた話だと町に入ってすぐって言ってたけど」


 思い出しながら大通りの左右を交互に端から数えて行って、そして一つの屋台に目が止まった。


 ぼろい机にぼろ布の屋根、机の上には何も置かれておらず、ただ机の前に立てかけられたぼろ板の看板に『マミー追跡協定参加受付所』と場違いに達筆な文字で書かれていた。


「……ここ?」


「ここ……よ。多分」


 応えておきながらちょっと自信ない。


「らっしゃい」


 そんなあたしたちに店主がけだるく声をかけてきた。


 こうなっては引くに引けず、屋台の前へ。


 ……声をかけてきた店主は、男性みたいに黒い髪を短くした女性だった。鼻には大きなピアス、目の下には真っ黒なアイシャドウ、痩せぎた腕で頬杖をして、とろりとした眼差をあたしたちに向けていた。


 綺麗な人、かっこいい人、だけど不健康な人、その目にゴーグルはないから冒険者じゃなさそうね。


「お使い? 観光? それとも追跡?」


「追跡、です」


 こんなところで怖気づいてなんていらんない。堂々と目を見つめかして応える。


「そ」


 あたしの覚悟に興味がないのか、そっけない反応で店主はそっとペンとインク壺、そして一枚の紙を取り出し机に置いた。


 一番上には『マミー追跡協定名簿その23』との一文と、その下には名前が六人分ほど並んでいる。


「ここの下にフルネームね。字が書けないなら親指にインク付けてスタンプ、一応、法的なもんだから代筆はだめよ」


 事前に聞いてた通りだった。ペンをとる。


『 へミリア=カルパティア』あたしのフルネーム、一瞬迷いが産まれてちょっと線が歪んでしまったけど、読める字よ。


「へぇ」


 それを意味ありげに見て声を上げる店主、知ってるとは思えないし、知ってたからって何なのよ。


 ペンをエレナに渡す。


「書ける?」


「もちろん! だけどこれ何なの?」


 一言に、紙が引っ込められた。


「悪いけど、協定の内容知ってないとサインは無効よ」


 その通りだった。ここまで普通に着て、何の質問もなかったから知ってるものと思ってた。


 きょとんとするエレナ、店主はあたしに意味ありげな視線、ここで説明しろってことね。


 こほん、と声を作って、記憶を頼りに説明する。


「……協定、マミー追跡協定は、要するに不可侵条約よ。マミーのホーム、つまりダイヤモンドを持ってくる場所まで追跡する道中で、こちらで潰し合わないようにお互い手を出さない、必要なら協力し合う、そして持ち帰ったダイヤモンドと情報は共有する、そう言った協定に参加しますっていうサインよ」


 又聞きの情報、あっているのかチラリと店主を見れば正解だとコクリと頷いてくれた。


「まぁ、大体あってるよ。でもその気になれば、嘘ついたりダイヤ隠したりできるから、今じゃぁ形式的なもんだけど、やっとかないとしょっぱなで殺し合いになっちゃうからね」


 そう話しながら店主は再び紙が差し出される。


「今のこの娘の話に納得できたらサイン、そしたら証あげるよ」


 そう話しながら差し出されたのは、看板と同じ達筆な字で『マミー協定』と書かれた、手のひらサイズの木片二つだった。


「こんなのに効果あるの?」


「意外とね。冒険好きの男どもは約束とか契約とか縁起とか気にするからねぇ」


「へーー」


「あの、お代はおいくらでしょうか?」


 エレナを遮ったアタシの質問に店主は微笑み返す。


「いらないよ。これはまぁ、言った通り、殺し合い防止のやつだから、トラブルなければそれで。ただしこんなんだけどなくさないで、それで戻ってきて、ちゃんと返してね」


 微妙に声のトーンが変わった言葉、その言葉の意味を察して、だけども怯まず証を掴む。


「えぇ必ず」


 今度はあたしが可愛く微笑む番だった。


 その横でエレナがペンを走らせ本名と『エレナ=キャパシタ』とあたしの名前の下に書き込んでいた。


「……へぇ」


 その名を見て、店主は意味ありげにあたしとエレナを交互に見た。


「まぁ、あんたたちなら大丈夫そうね」


「「モチロン」」


 エレナとあたし、声が被った。


 それを見られて、ニタニタ笑われてしまう。


 ……恥ずかし。

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