芸術の村『グリーンパープル村』3
やっとついた宿屋、やっと通された食堂、やっと座れた食卓、予約も無しにいきなりのお客のあたしたちにめいっぱいのおもてなしと出された夕ご飯、緑色のパンに紫のスープが並べてあった。
どちらも美味しくなかった。
まずパン、全粉で硬いのは構わない。問題は臭い。臭いのだ。それも何の匂いか、どう臭いのか、具体的にあれと言えない独特の臭さ、これは食べても大丈夫かわからない臭いが口いっぱいに広がって、美味しくない。
次にスープ、暑い夏に熱いスープというのは置いといて、意外にも色が紫なだけで味も香りも悪くなかった。だけど美味しくないのは具の、ソーセージだ。これが、ひたすら血なまぐさい。むにゅりとした歯触りもアレだし、生なのか腐ってるのか判断が付かなかった。
ニッコニコのおばさんが言うにはどちらも村の名物だそうだ。
グリーンハーブのパンとパープル汁、具のソーセージは豚の血を小麦と一緒に入れて固めたもの、どちらも丹精込めて作ったのだと説明された。
気持ちは嬉しいけど美味しくないものは美味しくない。
だけどそれよりショックなのは、緑より紫の方がましだったという事実、買わされたお土産の色を思い出せば、一瞬にして一切の期待が消え去った。
それでも、たった一日の旅にかかわらずあたしはクタクタで、それに似合ってお腹ペコペコで、とにかくお腹に何かをいれないと死んでしまう状態だった。
エレナとあたし、味は置いといて、無言でお腹の中に詰め込めるだけ詰め込んだ。
それでやっと一服、やっとこの村に来てよかった、はまだないけど、悪くなかったぐらいの気持ちになれた。
食後に出された、ブレることなく不味いお茶を頂いてから、やっと、ベットのある部屋へと案内された。
そこは宿屋の二階、一番奥、だけど間取り的には表の大通りに面している部屋だった。
「すみませんねぇ。お部屋がこちらしかなくて、相部屋にしていただきます」
「あ、大丈夫ですよ」
応えながらそっとエレナを見る。
食べ過ぎて大きく出たお腹を指擦る。そのたびに巨乳が揺れるも、その顔に恥じらいとか躊躇とかは見られなかった。
昨日まで知らなかった他人、だけど今は契約した中、それも女の子同士、同じベッドは論外でも同じ部屋でなら構わない。
でなきゃ、一緒に旅に、なんて考えも出なかったでしょ。
色々考えてる間にドアに、案内の人がガチャリと鍵を開けて押し開き、中へと入る。
そこそこ広い部屋、奥の窓は開けっぱなし、暑さを和らげる夜風が吹いてくる。その間、部屋の中心には小さな椅子と机、そしてその椅子にマミーが座っていた。
…………マミーがいた。
唐突な再開に、固まる。
いきなりのいきなり、想定外の想定外、脈略も伏線もない出会いに、あたしの頭は追いつかない。
それはマミーも同じか、それでも首だけ動かして、あたしたちを見ているようではあった。
お互い、どうしていいかわからないようだった。
「すみませんお客様、お部屋こちらしかないんで、お二人と相部屋にしてくださいね。それではごゆっくり」
それだけ口早に言い捨てるや案内してきた、ぱっと顔を思い出せない特徴のない男はさっさと出て行った。
止める間もなかった。
そして三人、残される。
これは、まずい?
一応、あたしとエレナは女の子だ。一方のマミーは、格好からして男、それが同じ部屋で一泊、良からぬ噂が立ってしまう。
別の部屋にしてもらおう。
決めたあたしをエレナが押しのける。
向かうは二段ベット、部屋に入ってすぐ横左右に一つずつ、簡素な枕に薄い毛布だけの寝床、その右の下の段にエレナは無言で潜り込む。
「ちょっと」
小声で止めるもエレナは手で振り払うだけで、それでもうつろなまなざしで胸の時計のゼンマイを巻きなおすと、そのまますっぽりと頭まで毛布にくるまりばたりと倒れた。
寝息はすぐに聞こえてきた。
エレナ、疲れてるのか思ってた以上にタフなのか、どちらにしろこれで部屋を変える選択肢がなくなってしまった。
マミーも、そんなエレナの態度に心なしか緊張がほぐれたようだった。
そしてあたしとマミー、二人だけとなった。
……ただ、これはチャンスでもあった。
奇しくも手に入れた二人きりの場、交渉のチャンス、この場で 上手くやれば、この場で目的が達せられる。
息を飲み、呼吸を整え、冷静さを取り戻し、可愛らしい笑みを作る。
「……少しよろしいでしょうか?」
しおらしく尋ねるとマミー、少し間を置いてから向かいの席を手で指し示した。
「失礼します」
一礼してからその席へ、座る。
部屋の灯りはテーブルの上のランプのみ、挟んだ先に見るマミーの姿は、昔と変わってなかった。
でも懐かしい感じはないわね。
「実は、お久しぶりなんです。これでお会いするのは二回目、十年ぶりなんです」
本題に入る前の挨拶、マミーに反応は見られない。
「……その時、あたしたちは、あなたと取引をしました。あなたのダイヤモンドの代わりに、宝石をいくつか、あなたには他愛のない取引だったと思います」
思わず出た皮肉っぽいセリフ、しまったと後悔、だけどもマミーは変わらず変化が見られない。ここは流した方が賢いわね。
「……あの時分、あたくしどもの家は、お恥ずかしながら財政難にありまして、その時の交渉は大変ありがたかったです。お陰で家も持ちなおしまして、感謝の言葉しかございません。その上で恥を重ねるようで申し上げにくいのですが、折り入ってお願いがあるんです」
そう、挨拶を重ねてから、両手を上げ、敵意のないことを示しながらそっと、腰の後ろに吊るしてあった財布のとっておきを取り出し、テーブルのランタンを横にどかしてできたスペースに中身を広げる。
大半は乾燥豆、だけどこれはこすれ合うのを防ぐ緩衝材、本当に見るべきは、その間に煌く宝石たちだ。
ルビー、サファイア、カイヤナイト、レッドベリル、どれもサイズは小さめで、あたしの手の小指に二つ乗るぐらいだけども、その分カットは上質に施してある。
調べた限りだとマミーが好む宝石は透明度が高い石を好むらしい。その上で用意できる最高の物を、選りすぐった石だった。
「単純な量でも、あの時の三倍あります。ですからどうかもう一度、取引に付き合っていただけませんか?」
イメージトレーニングを重ねてきた説明セリフ、それを聞いてるのか聞いてないのか、マミーはそっとそのうちの一つ、赤いルビーの小粒を摘み上げると、ランタンの灯りを通してまじまじと見つめた。
じれったい時間、じりじりと流れて、やっと目を離したかと思うと、マミーはルビーを置いて、そっとどこからか、ダイヤモンドの塊を、それもあたしの足の親指ぐらいのを、三つ、取り出てテーブルの上に置いた。
あたしの宝石に並べてなお目を引く大きな煌い、だけどそれを手を突き出して断る。
「いえ、申し訳ありません、説明が足りてませんでした。あたしが欲しいのはダイヤモンドではありません」
驚いたのか、カタリ、とマミーのどこからか音がした。
「あたしがこれらと交換していただきたいのは、十年前の、あたくしどもがダイヤモンドを交換していただいた宝石類なのです」
カチリ、とマミーが差し出したダイヤがこすれ合った。
「あの時、お渡ししました宝石類は、お恥ずかしい話なのですが、我が家の家宝でした。先祖代々受け継がれてきた宝石、それを、どうかお返し願えないでしょうか?」
しおらしく可愛らしく、上目使いで失礼なく、持てるかわいさ全力で、マミーにお願いする。
これに、マミーはガバリと座ったまま振り返り、椅子の後ろにあった自身の白いアタッシュケースを引っ張り出すと、その平らな面に、ダイヤで、ひっかいて傷とつけた。
角ばった字で『できない』と読めた。
高級なはずの鞄に躊躇なく傷を付けられることに驚きながらも、あたしに引く気はない。
「もちろん今すぐにとは申しません。十年後、またこちらにお越しの際にお持ちいただけれるとお約束していただけるなら、こちらを前金として、更に実物との交換でこれの倍はご用意するつもりです」
精いっぱいの妥協、だけどもマミーは『できない』を丸で囲って見せた。
「ならば条件を、どれほどの宝石をご用意できれば」
それらを全て否定するように、マミーは首を横に振った。
金額の問題ではない、らしいわね。
「……それは、ホームに関係することですか?」
カマをかけてみた。
ホーム、マミーが来る場所、ダイヤモンドが眠るとされる場所、その単語にピタリと、マミーは反応したのを見逃さなかった。
「わかりました。でしたら、この話は忘れてください。代わりに、あたしどもはあたしどもで、他の方々同様に勝手に行動させていただきます」
あえてアクセントを強めた一言、これは、宣戦布告だった。
これは悪手だ。まだ普通に交渉で来てた間柄だったのに、これで敵対姿勢を見せてしまって、少なくとも警戒させてしてしまうだろう。
明らかな失敗、だけども、こうも無下に扱われたら引けるもんですか。
覚悟を決めたあたしの耳に、コッコッコッと、聞いたことのない音、硬いものに硬いものが当たるような、小さな音が、マミーの口の中から響いて聞こえた。
笑ってる、笑われてると直感した。
そしてまたアタッシュケースに傷が追加される。
『あなたには、できない』との一文だった。
上等だわ。
「できますよ。あたしは、やります」
眠気も吹き飛んであたしは可愛く笑って見せた。
これで正式に、宣戦布告できたわね。
今日、一番いい気分だわ。
「ぬぁ!」
エレナが跳ね起きた。
同時にマミーもガタリと立ち上がる。
え? いきなり? ここで戦うの?
ついてけないあたしを無視してエレナ、どたばたと走るや開けっ放しだった窓から顔を出す。
その横にマミーも並んだ。
外?
おくれて間に張って見れば、灯りが見えた。
……松明を持った村人が、集まっていた。
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