芸術の村『グリーンパープル村』2
……あたしの知ってるベルトリクスは確かに歴史上の偉人だ。
取り止めて有名人でもないけれど、期末のテストに出てくるような有名人ではある。
その知識から言えば、生誕四百五十との時代もあってる。
けど、彼は芸術で名を馳せたわけじゃない。
そういう側面もあったかも知れないけれど、本題はゴーレムのはずだ。
四百五十年前、当時のゴーレムは、石でも木でも、魔方陣で作り上げた場合、その魔方陣に織り込まれた術式内の内容でしか行動できなかった。
例えば、歩けと入れられたら歩き続け、止まることも走ることもない。
なので無機物を生物のように自在に操るには、書き込み変化させられない魔方陣のような固定呪文ではなく、口頭などの流動呪文によるリアルタイム操作しかあり得なかった。
いわゆるその場でゴーレムを作り、動かし、終わったら崩す、という方法ね。
そこへ、外部からの追加の術式を加えることで内容を変化、変更し、リアルタイムでなくてもある程度操作ができるようになった。
当時は直接石をはめ込む形式だったらしいけれど、それ一つで止まったり走ったりできるようになった。
今ではその応用で、音や光、更には精霊と併用することで人の顔を認識するまでに技術革新してきたわけだけど、そのきっかけを作ったのが、この『外部入力魔術式』を開発したベルトリクスだ。
ここら辺は、一般教養を超えてるでしょうね。
普通の学生ならば『ベルトリクス』=『外部入力魔術式の開発』で暗記を辞めてるわ。
そこから先の人物像は教科書ではなく、専門の伝記でも読まないと載ってない事柄、それこそ趣味の世界なのよ。
そこまで踏まえた上で、この水彩画は偽物だと断言できるわ。
綺麗すぎる紙、水気の多い絵の具を吸って乾いて縮まって丸まって、それを額縁じゃなく釘で壁に打ち付けてある。
雑な扱い、絵画への冒涜、だけど偽物と看破させるのはそう言った状況証拠じゃないわ。
ズバリ臭い。絵の具を作るのにすりつぶしたであろう草花の臭いが、またしっかりと立ち上っていた。ここらの乾いた夏の暑さを踏まえても、これってばつい最近描いたばかりじゃない?
あからさまな偽物、そんなのを、見せられてる。
それも、これで何枚目?
疲れすぎてて現実が見えないわ。
……あたしは宿屋に案内されるものだと思ってた。
それで連れてかれ、ここですと言われた建物は確かに宿屋っぽかった。
大き目の出入り口、広めの玄関、フロントがあって、左右に廊下、それで部屋へ案内されたら、泊まれると思う。あたしは思った
それで入ったら、誰が美術館だなんて想像できるもんですか。
せめてもの救いは無料だということ、たったその一線で、あたしは怒鳴らずに我慢できていた。
「どうです? このベルトリクスは。逞しくて、まさに、男らしい男って感じでしょ?」
あたしたちを宿屋じゃないところに連れてきた詐欺師がにこやかに訊ねてくる。
「えーー、この人本当に画家さんなの? なんかイメージとは違うんだけど」
そう言いながらエレナが指差した水彩画は、肖像画だった。
酷い出来、とてもお金を取れるクォリティではないけれど、それでも黒々とした髭と髪の毛たっぷりの筋肉質で上半身裸の男が丸太を担いでポーズをとってる姿だとわかる程度のクォリティはあった。
「そうなんです!ベルトリクスはそんじょそこらの女々しい芸術家とは一線を画す男だったのです! これは私の想像なのですが……」
想像じゃない!
怒鳴りつけそうになるのをぐっと堪える。
そうするのは、同情からだ。
ここまで来る道すがら、村の様子が垣間見れた。
広い道には雑草が生え、大きな馬小屋に馬はなく、派手な酒場も静かだった。
ここは、宿場として生活していたのだろう。
長旅、一時の宿、寝床に食事に、時には馬を貸してたかもしれない。
それは立ち行かなくなった。
列車のせいだ。
今はまだ数少なく、料金も高いけど、それでも移動時間と道中の出費を差し引けばあちらを選ぶ旅人が増えていくだろう。
そうなっては立ち行かない。だから新しい事業に乗り出す。旅の途中による村ではなく、旅の目的地になれるような、観光地としての村おこし、客を呼べそうなものが過去の偉人だけだった。彼らなりに考えた結果なんでしょう。
それは悪くないわ。少なくとも、呆然と滅びを待つ田舎者より何十倍もマシだわ。
そう思えばまだ、我慢できないわけじゃなかった。
「おや、もっと絵画を見て頂きたいのですが、お夕食の準備ができたようです」
訥々に聞いてなかった説明が切り上げられて、出口へと誘導される。
食事までの暇つぶしに、との配慮だったんだろう。状況次第だけどもうまくはまれば評判良くなってたかもしれない。
というか、努力はしてるのよね。考えてもいる。だけどそれが空回りしててうまくはまってない印象ね。
これなら、あたしのアドバイス一つ二つで大分と良くなるんじゃないかしら?
なんて考えながら付いて行ったら出口の前、フロントの真ん前に、見覚えのないビンが積まれていた。
右側が緑色、左側が紫色、どちらも半透明だった。
「さぁこちら、当美術館のお土産コーナーになっております。この村自慢のオリジナルフレーバーハチミツ、グリーン味、パープル味、思い出にぜひ」
ざ。背後に気配、振り返ればどこから現れたのか男らに囲まれていた。
雰囲気、状況、これはお土産を買うまで出られない流れだった。
前言撤回、こいつらは糞だったのね。足元みて、言葉にない脅迫めいたことして、そんなんだから列車建設を許すのよ。
糞のような村人、糞は糞として見下すとしても、この場で揉めるのはよろしくない。宿はまだだし、揉めて色々消費するのは、先を急ぐ身としては回避したいところね。
「ねぇ、へミリアはどっちにするの?」
言われるまでもなく買う気のエレナ、それでも流石に二つ買う気はないようだった。
さっさと終わらせたいあたしは、それでも考えて、まだ食べれる可能性の高い緑の方を選んだ。
「じゃ、わたしムラサキとったー!」
嬉しそうなエレナ、二つのビンが退いてやっと値段が見えた。
高っか!
思わず声が出そうになった。
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