芸術の村『グリーンパープル村』1
「……ついた」
その一言を呟くのさえ、やっとよ。
列車の横に広がる森の中、古い街道を辿って奥へと進み、まだ落ちてない橋を渡って、また元の線路横まで戻って、それからずっとずっとずっと歩き続けてきた。
気が付いたら暑さと乾燥で髪は乾いて、だけどまだ下着は湿ってて気持ち悪い
それでも止まらず、あたしの記憶の中の地図ではこの先が目的地なはずと歩き続け、流石のエレナも口を閉ざしてどれほど経ったかぐらいで、ようやく人のいるところまで辿り着いた。
……だけどここは目的地じゃなかった。
本当はもっと先、列車が止まるはずだった駅を目指してたけど、ここはその手前だった。
それでも同じく途中下車したマミーが立ち寄る可能性が高い。そうでなくてももうクタクタで、休みたい
その一心で、村へと吸い寄せられた。
あぁもう、疲れた。お腹も空いた。お風呂も入りたいけど贅沢は敵だ、けど入りたいわ。
ともかく木々の間から見える星の光以外の灯りと出会えて、ほっとしたのが本音だった。
最後の力を振り絞り、村へと入る。
……驚いたことに、村は明るかった。
さして広くない、舗装されてない道に、煌々と灯りの灯った蝋燭立てが並んで、今にも朽ち果てそうな家々を照らしていた。
昼間と見間違えそうな明るさ、村人はみな起きているのか騒がしく、だけども人の姿はなかった。
不思議な感じは不気味な感じだった。
「わぁああああお祭りかなぁ?」
不思議で止まってるエレナが嬉しそうに話しかけてくる。
「知らないわよ」
自分でもそっけないとわかる返事、だけど感じを見繕うほどあたしに元気は残ってないわ。
と、この会話が聞こえたのか、村入り口近くの家のドアが勢いよく開けられた。
そして二人、飛び出てくる。
見るからに村民、見るからに農民、だけど頭には緑に染めた尖がり帽子を、ぼろい服の前には紫色のエプロンを、お揃いで来た中年男二人組、ハゲと前歯無しだった。
「ようこそいぬ、グリーン村へ!」
「ようこそグリーンパープル村へ!」
一瞬合わせようとして合わせられなかった二人のセリフ、両者の目くばせから、夏の暑さに頭がやられたんじゃなくて、決められたセリフがあった感じ、つまりは事前に連取してきたセリフなんでしょうね。
「お客様はお二人で?」
「今日のお宿はお決まりで?」
「二人だよー。宿はまだー」
変に韻を踏んだ二人のセリフになんの抵抗もなくエレナは応える。
「それで、ここに泊まれるとこある?」
「「モチロンさ!」」
一瞬のアイコンタクト、そして合わせて手を叩き、何を狂ったか歌い始めた。
「ここはグリーンパープル村♪ 小さな村さ♪」
「町から離れ♪ 周りは森だらけ♪ なんにもない寂しいところって思うだろ?」
「そんなことないさ! この村には素敵なものがいっぱいあるんだ!」
「綺麗な空気! 美味しい雑草! だけど一番はねぇなんだと思う?」
「わかんない!」
ノリノリで参加するエレナ、その神経信じられない。隣にいるだけであたしは顔から火が出そうなほど恥ずかしいのに。
「それはね「芸術さーーーーー!!!」」
歌に踊りが加わる。リズムに乗って歩く感じのやつだ。
「絵画! 彫刻! 歌とダンス!」
「この村は昔から芸術を愛してたんだぁ♪ それも驚き四百五十年前から」
「そう! この村はー♪ あの有名な芸術家ベルトリクスの生まれ故郷なんだ♪」
急に知ってる名前が出てきた。歴史上の人物、年代も合ってる。けど、芸術家?
「彼は! この村で完成を磨いた! 花に色を♪ 木々に形を♪ 村に愛を♪」
「育て! 育み! そして開花させた! それはみんなこの村のおかげー♪」
「芸術を万部ならグリーンパープル村! 素敵で才能爆発! グリーンパープル村!」
歌が一瞬止まり、男二人、互いに見合ってタイミングを合わせて、続ける。
「「芸術家を育てたせいちーーーーーーグリーーンパーープル村へ、よ、う、こ、そぉおおおおおおおおーーーーーーーー♪ 」アリガト!」
疲れて暑い中、酷いものを見せられた。
こんなの学校の音楽会、いや幼稚園の発表会レベルじゃない。
安くて不完全な歌と踊り、自己満足な笑顔、それに惜しみない拍手を送るエレナ、金を取られてないだけマシな今この瞬間は、最悪だった強を象徴するような最悪だった。
色々と言ってやりたいこと、無視して先に進みたい気持ち、モロモロあるけれど、疲れたあたしの口からは何も出さなかった。
「それで、お客様、何拍のご予定で?」
やっと本題に入れそうだった。
「すみません。先を急ぐ度でして、長居はできないのです。今夜一泊止めて頂いたら、申し訳ありませんが、朝には出ないと」
できる限り棘の内容に話したつもりだったけど、二人は露骨にがっかりした顔となった。
「そうなんですか? ゆっくりできないのですか?」
「色々観光できますよ? 美術館とか、博物館とか、記念館とか」
「今でしたら肖像画が一か月で完成しますよ?」
「かっこいいのも描ける?」
食いついたエレナを肘でこずいてから、深々と頭を下げる。
「大変興味深いお話ですが、あたしたちは期限のある仕事の最中でして、本当にゆっくりしていけないんです。残念ですが、本当に早朝には出発しないとならないんです」
「「そうですか」」
合わせたように、いや合わせてるんだろう、二人は同時にしょんぼりして見せた。
そしてすぐに復活する。
「では! お二人様お宿へごあんなーい!」
やっと解放、やっと村の中、やっと宿に向かって、進めた。
最後の体力を持ってかれた気分だった。
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