列車『マッスルシュート号』2

 車内は慌ただしくなっていた。


「落ち着いてください!」


 呆然と座ってるだけだったスタッフの周りに乗客が集まってる。


 各々が好き勝手に怒声、罵声を浴びせ、だけどもそこに怒りはあっても危機感は感じられなかった。


 当然ね。いかに強盗とはいえ、こんなとこにいる人間から何を盗ろうっていうのかしら。あたしら例外を除けば、彼らには襲われる価値はないわ。


 それを自覚してか、彼らの主張は時間通りにつくのか、つかないなら乗車料は返金されるのかに終始していた。


 新しい情報は何もない。


 苛立ってると、エレナが腰を曲げあたしの顔を覗き込んできた。


「……まだ具合悪いの?」


「状況が知りたいのよ。せめて外の様子見れないと」


「あ、だったら」


 急に声を小さくする。


「この階段の上、天井から上に出れたみたいだよ」


 上、天井、そこまで目が行ってなった。


 出たところでとも思うけど、ここでじっとしているよりはずっといいだろう。


 敷いてた熱々マントをひっつかみ、階段を上る。上る。上る。


 気持ち悪いのもあって重労働、それでも一番上まで上りきると、確かに階段の先、さらに上の方、壁際に梯子と、そこから上った先に上に出られる蓋のようなドアがあった。ただしドアノブには鍵穴がある。安全性を考えれば当然よね。


 がっかりしながらそれでも開いてるか試そうか、でもそれにはあたしの背は低すぎると悩んでいるとよこからエレナの手が伸び、ドアノブを掴んで捻った。


 メキメキメキバキン。


 聞こえちゃいけない音がした。


「…………どうしよう?」


「……あたしがやったんじゃないし」


「そんな!」


「だまらっしゃい! それより今は外よ!」


 押しのけ黙らせ梯子を上り、重い蓋を跳ね上げる。


 外は夕暮れ、周囲は森林、世界が高速で流れている。


 冷たく乾いた風が心地いいけど目には痛いわ。それに耐えながら目を凝らせば、いた。列車の後ろ、線路の横を追跡している影がいくつも見えた。


 その動きは馬、騎乗するのは人、顔に布を巻いて隠しているけど、特徴的な体系は隠しきれてない。


 太くて短い手足、樽のような体、大きな頭に布からはみ出るたっぷりの髭、彼らは全員がドワーフだ。


 馴れてないのか馬に必死にしがみついて、揺れる体でそれでも手のクロスボーで狙っているのは最後尾、一等、マミーのいるはずの車両だった。


 ドワーフの強盗、最悪の状態、強盗の狙いはダイヤモンドだ。


 どうする? 何ができる? 何かすべき?


 気持ち悪さが考えをかき乱す。


 そんなあたしの背中を柔らかくて暑苦しいものが擦った。


「うっわーー見晴らしいーねー!」


 のんきに喜んでるエレナ、あたしの背後から身を乗り出す。


 天井への出口、一気に狭くなって振り返りもできない。胸に圧迫されて胸が苦しいとか、笑えない冗談ね。


「あ! あれ! へミリアあれ!」


 大声と共により一層身を乗り出してより一層胸を押し付け圧迫してくエレナ、その指さす先、同じ高さの天井上に、こちらに背を向け立つ姿があった。


 マミー・ザ・ダイヤモンド、背中だけでも見間違いようがなかった。


 そのマミーが剥いてる先にのそりと現れた小山の集団、ドワーフの強盗だった。


 じりじりとにじり寄りながらも最前のドワーフが手にしたクロスボーより矢が放たれ、銀色に煌き線を引く。


 が、勢いはすぐに消え、向かい風に負けて後ろへと流されていった。


 聞こえないけどそいつに叱責が飛び、それに応えてクロスボーは腰の後ろにしまわれて、代わりに肩手斧が引っ張り出される。


 やはりドワーフには斧、似合ってる。


 けど、ミイラに刃物が通じるのかしら?


 疑問、正解が出る前にマミーが動いた。右わきに鞄を抱えなおすと、空いてる左手を振るった。


 その動作で袖からずるりと飛び出たのは、長い紐、色合いや厚さから体に巻き付けてる包帯の先だった。


 茶色く黄ばんだ紐のような布地、だけど風になびかず、手の動きに合わせて揺れる。その先端には煌きが、縛り付けられているのは当然のようにダイヤモンドの塊だった。


 それを手首のスナップを利かせて小さく回転させ始める。


 ここまで聞こえる風を切る音、ダイヤと包帯の分銅、即席で冗談みたいな凶器、放たれる。


 その距離、車両の三分の一ほど、追い風に乗って突き抜けた分銅ダイヤは、一番手前まで来ていたドワーフの防御をすり抜けて鼻を陥没させた。


 悶絶して手斧を零して転がるドワーフ、そのまま落車しそうなのを後ろの二人が慌てて押さえてる。


 ……大したことなさそうね。これなら、やられることはないでしょう。


 ちょっとだけ安心する。


「…………へーーんなのーー」


 エレナの間延びした声、何を見てるのか、胸を押し当てあたしを誘導してくる。


 それで、見てるのは後方を付けてる馬上のドワーフたちだった。


「ねぇねぇ、何で後ろの人たち前に出ないの?」


「知らないわよ。馬より列車が速かったってだけでしょ」


「でもさでもさ、あの馬余裕っぽいよ? きっとまだ速く走れるよ」


 そう言われても、遠いし、馬の余裕とか見てもわからない。


「それにさ、これだけ大きいなら遠くからでもわかりそうじゃん? だったら後から走らないで先に駆けて、それで先頭にとりついて止めちゃった方が良いんじゃないの?」


「それは……」


 その通りだわ。


 でもそれをするぐらいならもっと手っ取り早い手が、ある?


 あった!


「どいて!」


 嫌な考えからエレナをどかして前へ、この列車が向かう先を見入る。


 森と森との間のまっすぐな道、二本並んで続く鉄の線、その先に森の切れ目、石の橋となっていた。


 見るからに頑丈そうで、丈夫そうで、壊れそうにない橋だった。


 ……嫌な考えが最悪の考えとなる。


 列車、追いかけるより止めちゃった方が早い。


 だけどそれだけじゃあ、中の乗客やスタッフが無事で、抵抗されるかもしれない。


 だから、橋を落とす。


 すぐには、一撃では壊せないだろうけど、時間をかけて、石のブロックを叩いて砕いてひびを入れて、人数集めて最後に畳みかければ、壊せないわけではないだろう。


 そうすれば橋は落ちて、乗った列車は壊れ、中身はぐちゃぐちゃになって、だけども丈夫なダイヤモンドは残ってる。


 ……それで色々繋がる。


 後ろから追いかけてくるのは逃げようとさせて列車を加速させるため、乗り込んだのは何も知らされてない囮で使い捨て、わざわざそうするのは橋を落とすタイミングが早すぎても大丈夫なように、だ。


 まさか、と思う。


 だけど、そうだとしたら、あたしもマミーもその他も助からない。


 橋までもうすぐ、迷ってる時間はない。


 だったら、やるっきゃないわ。


 吐き気と共に、迷いは消えていた。


 ……ただ、懸念が一つ。


「……ねぇ」


「なぁにぃ?」


「もしもよ。列車が止まって、あいつらと一戦交えることになったら、逃げきれる?」


「無理。相手馬だもん。だけどやっつけるのはできるよー。わたし強いから」


 言葉に、ちらりと見上げるとエレナと目が合う。


 にこりと笑われてしまった。


 信用、してないわけじゃないけれど、懸念は後で考えましょう。


「じゃあよろしく。後、あたしの体も守って」


 説明しながら杖を取り出す。


「これから列車を止めるわ」


「え! 説得しに行くの?」


「まさか。あたしは魔法が使えるのよ? この程度、一発よ」


 今度はあたしが笑う番だった。


 なのに、エレナはあたしも見せなかった疑わしい顔で返した。


 失礼しちゃうわ。でもいいわ。だったら見せてあげる。


 一呼吸、心を落ち着けて、吐き気を忘れて、魔力を溜め始めた。

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