裏街道が見える廃教会1

 日が暮れないうちに、待ち合わせの場所に来ることは、できた。


 街を出てすぐのメインじゃない方の街道、そこそこ高い木に挟まれた道の先の五差路、その中で一番小さな道の先、急な坂道を登った小高い丘の上、大木が目印としてそびえていた。


 ここが、待ち合わせ場所だった。


 丘を登り切れば開けた空間、その奥には古びた建物が二つ、一つはいわゆる教会で、もう一つは宿舎のようね。


 教会の方はもう、ボロボロで、お金になりそうなものは根こそぎはぎ取られたって感じだわ。屋根上にあるはずのシンボルも盗まれたか外されたかで、何を祭っていたかもわからないわ。


 一方の宿舎も似たようなもの、屋根と壁だけでドアはハズレてる。だけど元からそんな立派な造りじゃなかったみたいで、ボロボロになってもさほど違和感がないわね。


 想像するに、ここは旅の途中の休息所だったんでしょうね。


 寄付金貰う代わりにただで寝泊まりさせて、ひょっとしたら食事やなんかを売り買いしてたかもしれない。


 けど、向かう先の町が発展して、すぐそこまで伸びてきて、わざわざここで一泊する必要がなくなったから、もあるでしょうけど、下の道の無人具合から単純に利用されなくなったからが原因かしらね。


 信仰心と利便性は別、ってことなんでしょう。


 そんな廃教会でも、あたしと、あたしが雇ったギルドたちが待機するには十分有益な施設だった。


 装備、人員、計画、目標のマミー、全部が予定通りだったわ。


 ……ただ一つ、あたしが目印の巨木に縛り付けられてることは予定してないわよ!


 ガシ、ともう一度もがいてみる。


 だけどもロープはしっかりと臍の高さで巻き付いて、あたしの体を樹皮へと押し付けてくる。辛うじて左右にグルグル回ることはできそうだけど、そんな摩擦で切れる前にあたしの体が燃え出しちゃうわ。


 これは、侮辱よ。


 例え後で説明受けて、こうすることに何かしら合理的な理由があったとしても、こんなまるで悪さをした子供にお仕置きするような、こんな仕打ち、あたしのような美少女にしていいことじゃないわ。


 まだ暑い空気に熱せられてより沸々と沸き上がる怒りの感情を、それでもあたしは押し込んで、冷静さを保つ。こんなの常人にはできない芸当よ。


「……ねぇ、いい加減、どういうことか、説明願えないかしら?」


 できるだけ優雅に、気品を保って訊ねてみる。


 だけど見張りの二人は無言であたしを見張るだけだった。


 ギリリ、と可愛くないとはわかってても、思わず奥歯を噛みしめてしまう。


 見張りの向こうには馬車が四台、二台には食料をはじめ必要な物資が山盛り、御者やその周囲に屯する男たちはみな屈強で、お揃いの黄色い鎧を身に着けていた。あれをかっこいいと思ってたあたしをひっぱたきたい。


 セブン・エッジ・ガーディアンズ、護衛を中心とした戦闘系ギルドの大手、業界第二位、腕はもちろん一流で、支店系列含めて国境を超えて幅広く展開している。専門は護衛、だけどそれ以外もモロモロオプションで補強できる。その分費用は膨大だけど、安心と信頼から大規模イベントや一流ギルド、セレブに、さらには王族貴族にまで顧客は多い。


 だから雇った。


 なのに裏切られた。


 何でこうなんのよ。


 怒りというより苛立ちから鼻息が荒くなっちゃう。


 そんなタイミングでのこのこと奥から現れたのはあの男、今回雇った中のリーダーで、ギルドでは上位幹部であるはずの中年男、こちらでお待ちくださいと言ったかと思ったら手早くあたしを縛り上げた張本人、ちょっとかっこいいと思った時もあったけど今思えばそうではなかった、伝え聞いた名前が本名ならば、ジョナサン・マリーシア、だった。


 あれやこれやと支持を出しながらのっそりと、あたしの前まで歩いてくる。その右手の指と指との間ではせわしなく白い杖がくるくると回されていた。


 ペンよりは一回り太く、長い杖、本体は鯨の骨を削り、先端には青い宝玉を取り付けてある、魔法を使うための触媒、マミーを見に行く際に警戒されないよう預けておいた、あたしの杖だ。


 その杖は高い。


 雑に扱わないで欲しいけど、それに怒るのは貧乏くさいのでぐっとこらえる。


「いやー、窮屈な格好させちゃってすみませんねぇ。こちらも仕事なもんで」


 言葉とは裏腹に、めんどくさいという本性が漏れ出てる声と態度、杖を回すのもやめなかった。


「それで? この状況をなんて言い訳するのかしら?」


「いやぁ、言い訳も何も言った通り、仕事ですよ」


「あら? あたしの勘違いかしら? あなた方にお願いしたお仕事は、あたしをマミーのホームへ、無事にエスコトートすることであって、あたしをこんな場所に縛り付けることじゃないんじゃないかしら?」


 精いっぱい冷静に、だけど嫌味も忘れず訪ねても、杖は回り続けるし、そこから目も放せなかった。


「いえいえいえ、依頼された内容には可能な限りお答えしたつもりですよ? 旅の準備を整えましたし、頭数も揃えました。あのマミーも粛々と追跡してますし? 問題ないでしょ」


「だったら」


「ですが」


 言葉を遮られる。


「合法なのはここまで、こっから先は非合法でさ。で、非合法には参加しない。契約書にもあったでしょ?」


「……別に、マミーを襲えとなんて言ってないわ。ただホームを突き止めたい、祖為に追跡したい。それだけよ。それのどこが非合法ってのよ?」


「いやぁー、マミーじゃなくて、ですよ」


 ピタリ、と回していた杖が止まる。


 その顔は、それでわかるでしょ、と言っている。


「まぁ、こんな状況で言うことじゃないでしょうが、あなたほどの人なら、そんな無理する必要ないんじゃないですかぁ?」


「だまらっしゃい!」


 冷静さが摩耗し本音を吐き出してしまった。


 これに大げさに驚いて見せる男、ジョナサン、その動作全てが癪に障った。


 ……何で計画通りに動かないのよ。


 こうなることは予測できた。だから安心と信頼のセブン・エッジを選んだんだ。ここの情報収集能力であたしのことがバレるのは時間の問題だろうけど、バレても問題ない、だってそうでしょ? それが契約ってもんでしょうが。


 それでこんな、スタート前でつまずいて、今回のチャンスを逃せば次は十年後に飛ぶ。そんなに待つ気はないわ。


 顔が可愛くなくなくなるほど必死に頭を走らせ、どうにかする手を考える。


 考える考える考える。


 そんなあたしを言葉なく見下ろしてくるジョナサン、そこへ部下の男が近寄り、耳打ちする。


「……一応、契約にあるんでお伝えしますが、マミー、そこの道を通ってるみたいですよ」


 まぁ関係ないですが、とその顔が言っている。


 それとは別に、他の部下たち、わいのわいのと移動して、下の道を見下ろせる位置へ移動し始めた。


 漏れ聞こえてくる談笑、お祭り騒ぎの物見遊山、楽しんじゃってる。


「おい来たぞ」


「本物か? 見えねぇぞ」


 要領を得ない言葉、様子が見えない。様子が見たい。何か手がかりが欲しいのよ。


「……おい、あっちはなんだ?」


「いや、あ? 何だあれ?」


「マジかよスゲー、本物かよ」


 男たちの声が、その毛色が変わる。


「本物か?」


「だろ。出なきゃあんな揺れないだろ」


 その一言で、ある一人を連想した。


「ちょっとまってよー!」


 響く声は、連想した通りの、あの巨乳の声だった。

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