第153話「不完全な真実」
「……信じるか?」
あれから二日がたっていた。
次郎と大吉はテレビが置いてある大広間のソファーに座っている。
真っ白な世界を映し出しているニュース番組。
最近毎日見る様になった、モスクワの情景。
ソ連のなんとか書記長とかいうおっさんの勇ましい演説。
寒そうに戦車に乗っている兵士たちの姿。
そんな映像をボーっと見ていた。
彼らもあの休日の喫茶店であったことを受けて、半信半疑のまま一応教官に聞いてみたりしていた。
もちろん『忍者の女の子から不審者が学校の図面とスケジュールを持っていたから危険だと聞きました、そんなことって起こるんでしょうか?』なんて言えない。
それとなく、中隊副官である日之出中尉や教官の真田中尉、林少尉に聞いてみた。
――最近テロとか噂がありますが、ここってやられる可能性はあるんですか?
と。
もちろん、答えはノー。
理由は簡単だ。
帝国の国力を落とし、恐怖を与えるならもっと狙うべき場所がある。
皇居。
国会議事堂。
原発。
危険物を取扱ている工場。
都市部での無差別殺害。
そんなのと並べたら、ここが狙われる可能性はゼロに近い。
そう言っていた。
敵も暇ではない。
一度テロをしてしまえば、次のハードルは高くなる。
乾坤一擲の一撃。
そんなことで、こんな軍事的価値がないに等しい学校を狙う訳がない。
次郎達学生でもわかる理屈だ。
――コミンテルが日本にしたいことってなんですかね。
そうも聞いた。
脅し。
そういう答えだった。
参戦したら、百倍返し。
そういう脅しをちらつかせる。
でも、そんなことをしたら逆効果だと思うけど。
そうも言っていた。
「わかんない」
ため息をつく次郎。
「信じる信じないというよりも、なんだろう、わかんない」
「……だよなあ」
その時だ、聞いたことのある名称がテレビのスピーカーから流れてきたのは。
『二十年前、少年兵たちの悲劇が語り繋がれている金澤陸軍少年学校』
葬式の司会者が話しているような、そんな語り口調のナレーションが流れた。
次郎と大吉が目を向ける。
「あ、俺写った」
大吉がそんなことを言う。
この前、地方のニュース番で組五分だけ流れたということは聞いていた。
全国版のニュース番組、特集を扱う時間帯だ。
「お、全国デビューとか、やっべ」
素直に喜ぶ大吉。
次郎も自分が映ってないかじっと見るが、出てこなかったため頭を下げる。
「うち、いつもこの番組見てるから、写ってたら母さん見てると思うんだけどなあ」
「お前のとこの姉貴さんとか発狂するんじゃね?」
「やめろ、そのことは触れないで」
周りにいつ別の学生たちも、わいわいやり取りをしている。
『当時中隊長だった日之出大尉は』
聞いたことがある珍しい名前。
二人はテレビ画面を見た。
あの黒髪がきれいなお姉さんは写っていない。
代わりに見も知らぬ軍服を着たおっさんの写真。
「中尉、だもんな」
次郎がそう呟く。
知っている女性の階級とは違う。
二十年前の話だ、彼らが生まれる前。
知っている学生がいるはずもない。
『長野方面から西進してきた共和国軍を奥飛騨山中で迎え討とうとして少年兵を率い』
当時の学生達だろうか、笑顔の少年少女が映った写真が、数枚映し出されている。
『戦闘に参加した少年兵のほとんどを戦死させ、自らは別の場所で自決』
日之出大尉という人に対し、悪意の含みをもたせたナレーションだった。
画面が切り替わる。
雪に包まれた飛騨の山々。
『見捨てられ、後退した少年兵たちはこの山の中でゲリラ活動をして生き延びます……ですが、多くの尊い命がこの山中で失われました』
ドーン。
重苦しい効果音。
『すでに取り壊されましたが、ここも激しい戦闘が繰り広げられた場所です』
テレビ画面に現れた病院の廃墟。
『身を寄せ合っていた少年兵たちは、ここで身を寄せ合って生きていましたが、頑として、彼らを率いていた宮島中尉は降伏することなく戦い続けたということです』
それから、当時学生だったという男性のインタビュー。
顔は隠され、変換された音声のみ。
――逃げれば敵前逃亡で銃殺だと脅されていた。
――命からがら逃げだし、共和国に投降、戦後の捕虜交換で国に戻ってきた。
そんな証言をしていた。
『学生達は、みな飢え苦しみ、宮島中尉から逃げようとしていましたが、見せしめにひとり殺されてからというものの……』
音声は変えないが、顔はモザイクがかかっている。
『病院から脱出した我々はあの山に、食料も何もなく、たくさんの仲間が、餓死しました』
男性は涙交じりの声で訴える様にしゃべっている。
音声が変換されていたため、なんだか芝居がかって、見ているものを気持ち悪い気分にさせた。
見るからに胡散臭いが、もの悲しいピアノ演奏が流れる。
この番組の意図は視聴者の大部分には伝わったかもしれない。
心に訴えかけるには十分な演出であった。
『金澤陸軍少年学校の悲劇、繰り返してはいけません、この学生達の笑顔を忘れないためにも』
笑顔の学生。
日之出大尉、宮島中尉の写真。
真っ白な飛騨。
破壊された装輪戦車や装甲車。
『戦争というものは、このようなことが日常になることです……帝国はまた、こんな世界を日常と思う日々がくるかもしれません』
ニュースキャスターがそうコメントをして宣伝に変わった。
番組とはうって変わって明るい音楽が流れる。
チョコレートのコマーシャルであった。
「なあ」
「次郎、なんだ」
「野中大尉、行ってるんだよな」
「ああ、中隊長で、それで少佐になったって聞いた」
三和が、野中の娘であることを二人は知らない。
「あんな遠くで起こるかもしれない戦争、なんか現実味がないよな」
「ああ」
現実味がない。
彼らはそう言っているが、知っている人間が行っているのだ。
現実味がないわけではない。
ただ、あまりにも遠く。
あまりにも日常から離れた世界なのだ。
次郎も大吉もあれだけ絡んだ人なのに、そういう気分になれない自分達になんとも言えない気分になっていた。
薄情。
それでもない。
想像力が低い。
それでもない。
ただ、なんともいえない気分だった。
それは、テレビが言っている二十年前の先輩たちの悲劇も同じだった。
彼らはそのことを少ししか知らない。
大化の改新がありました。
関ヶ原の合戦がありました。
そういうことがあったというぐらい。
他の歴史と同程度。
テレビで流れていることが、不完全な真実であっても。
気付くはずもなかった。
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