第152話「ほっとけない」

 しばらく沈黙が続く三人。

 無表情のまま次郎を見る三和。

 呆れた顔を見合わせる大吉と次郎。

「なあ」

 大吉が口を開いた。

「前々から思ってたけど、お前ってさ、いったい何?」

 視線を手元の紅茶に向けていた三和は一瞬だけそこから外す。

 大吉に感情のこもってない視線を向け、そしてすぐにそらした。

「……忍者」

「「ニンジャ!」」

 男子ふたりは同時に驚きの声を上げた。

「何か?」

 ピシャッとふたりを制する三和。

「……」

 どう反応すればいいかわからないので、ふたりとも顔面の筋肉を強張らせ、酸っぱい表情をしながら顔を見合わせていた。

 三和があまりに真剣な表情だったため、笑いたいけど笑えない。

 むず痒い気持ちがふたりを包むが、きっと笑えばやられるに決まっていると思うと我慢できた。

 さすがに忍者はないだろう。

 忍者は。

「母親が加賀忍者の……流れを……」

 何気に言った本人も恥ずかしそうにしている。

 太ももを微妙にスリスリと動かしていた。

 一応、恥ずかしいらしい。

 彼らの動揺が伝わってしまったのかもしれない。

「ニンニンってや……」

 言い終わらないうちに、おしぼりを口に突っ込まれる大吉。

「他の誰かにしゃべったら、殺す」

「……そういえば、あのお母さんも、確かに、なんか神出鬼没というか、そんな感じ……あったような」

 次郎は学校祭の時のごっつんこならぬ、ぼよーん体験を思い出した。

 色っぽいぽいお姉さんという感じの母親。

「くノ一ってやつ? あれ、色仕掛けとかす……」

 大吉がおしぼりを口から出した瞬間、また余計なことを言う。そして今度はまるめた次郎のおしぼりを口に詰められた。

「窒息して」

 冷たく言い放つ三和。

「風呂シーンとか?」

 次郎の目に指が突き出される。

 寸でのところで次郎がガードする。

 視界が三和の指先で覆い隠されるぐらいの距離だった。

 天下の副将軍が暴れる時代劇にくノ一のお風呂シーンがあることは共通認識。

「眼はやばい、眼球ってもろいから、いやまじやばいから」

「指を突っ込んで……脳ミソ引っ張り出そうとしたけど……失敗」

 とっても恐ろしいことを軽く言う女子である。

 ふう。

 三人で息を吐いた。

 それぞれの飲み物に口をつけ、とりあえず落ち着こうという空気だ。

 ズズズズ。

 氷だけになったメロンソーダを吸い上げる大吉。

 ジッと睨む三和。

 行儀が悪いと目で注意している。

 次郎はまた頭を抱えた。

「ますますわかんない」

 どうして三和がそんなことを俺たちに話をするのか。

 どうして『敵』とかいうやつが俺たちを狙うのか。

 どうして大人は知らんふりするのか。

 どうして三和は動かず、俺たちに言ってくるのか。

「ありえないって最初に言った」

「……ありえない、そうか……ならさ、忍者なんだろ? じゃあ俺たちを守ってくれよ、そういうことしようという奴らがいるんだったらやっつけてくれよ」

 大吉が上目づかいで三和を真正面から見た。

「なんで?」

 ガクン。

 大吉が頭をテーブルに力なく打ち付けた。そして頬をテーブルにつけたまま話を続ける。

「なんでって、ここまで言ったんだし、力もあるんだろ……だったら助けてくれよ」

「そんな義務はない」

「はっ? 忍者って、キュッとかバサッとかできるんだろう」

「そんな命令は受けてない」

 大吉は口をパクパクさせたまま言葉に詰まった。

「じゃあ、どうしたら俺たちを助けてくれるんですか」

 棒読みの次郎。

 支離滅裂な相手にほどほど呆れていた。

「雇ってくれれば」

「お金?」

「そう」

「いくら?」

「……高い」

「どのくらい?」

 三和はバカにしたような顔つきでフッと笑う。

「子供には払えないぐらい」

 大吉がガバッと顔を上げる。

「何が言いたいんだ! 意味わかんねえ、もしかしてあれか? ビジネスか? 脅しビジネスか?」

「私では決められない、組合長を通じてやらないと」

 加賀忍者隠密組合。

 一応、月々の給料は定額、任務に応じて手当が増加される。

 勝手にアルバイトなんてしてはならないのだ。

「脅しとかじゃない、忠告」

「意味わかんねえ」

「意味わかんない」

 大吉、次郎はため息まじりの言葉を同時に吐いた。

「……この話は、ここだけの秘密」

 もちろん、唇の前にひとさし指を立ててシーっなんていうことはない。

 表情を変えず、抑揚の少ない声で言っただけだ。

「なんで俺たちなんだ」

「……」

 三和が黙った。

 彼女達は雇われれば働く。

 それ以外に動けば、彼女たちの組合を裏切ることに等しい。

「なんでだろう」

 首を傾ける三和。

 夏に彼女が勝手に動いた時は、母親がうまく火消しをしてくれていた。

 あの行動はかなりのリスクがあったのだ。そして、この行為も同じくらいのリスクがある。

 彼女自身、どうしてこんなことをしているのかよくわかっていなかった。

 ――お父さんの大切な学校を……。

 ――守らないと。

 そう言った記憶さえもない。

 彼女にしては力が入った声だったが、もう忘れてしまっている。 

 今日、サーシャの護衛をしている間に、コミンテルンの間諜を捕捉したばかりなのだ。

 慌てて処分しようとしていた書類。

 手に取った時に学校の図面、それから学生のスケジュールだと知った。

 間諜は学校とは無縁の人物。

 サーシャに危険が及ぶ可能性が万が一もあるかもしれないと思って母親と仕掛けた。

 結果手に入れたのが図面。

 直感で学校に危険があることを母親に言ったが、気のせいだと一蹴された。

 それから必死に彼らを探した。

 母親の制止も聞かずに走って。

 やっと見つけた次郎。そして出た言葉だった。  

 無意識に出てしまった言葉。

 ――なんでだろう?

 三和はもう一度考える。

 彼女は目を閉じた。

 父親の野中。

 同居人の伊原。

 そして、次郎、大吉……サーシャが目に浮かぶ。

 ゆっくりと三和は目を開いた。

「知ってるひとがいるから」

 視線を下げ、紅茶の赤い液体を見た。

 それだけだった。

 それだけで十分だった。

 だからそう彼女は言った。

 どことなく力がこもっているつぶやき方で。

「何もできないけど、ほっとけない」

 と。

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