第149話「学習能力」
「もう、無理」
次郎はそう言って雪の上に大の字になった。
「気持ちいい」
同じように大の字になった大吉も唸っている。
一時の快楽に身をゆだねる二人。
もちろんあっという間に身体が冷え、しかも体温で溶けた雪がべちゃべちゃになってTシャツを濡らし、気持ち悪いわ寒いわという二重苦に悩まされることになるのだが。
今の二人にとって、そんなことはどうでもよかった。
いつもとは立場が逆転している。
運動系ではいつも先頭を引っ張ていた二人。
技術がモノを言うスキーだ。
あまり体力のない風子などは、颯爽と、しかもスピードもそこそこで走っている。
暗い空。
分厚い雲。
こんな天気が続く北陸の生活はまだまだ慣れない。
「ばーか」
二人を見下ろす金髪。
声かける代わりにバカという。
「ばーかでーす」
大吉が棒読みで反応する。
ザザッ。
雪を掻く音。
風子が勢いよく走ってきたのだろうか、直前でブレーキをかけて止まった。
肩で息をしている彼女。
「やっぱり……すごいね……サーシャ」
ずっとサーシャに追いつこうと風子は必死に走っていたのだ。
「別に、今日は手を抜いたぐらいだけど」
そんなサーシャも追ってくる風子を意識してか、ジャージの下は汗だくであった。
本人はバレていないつもりだろうが、ジャージの喉元から湯気が上がっているぐらいなのだ。
「暑いなあ」
風子がジャージのチャックを下ろした。
立ち上る湯気。
「……気持ちいい」
今日は思ったよりも調子が良かったということもあり、いい走りだったと風子は満足している。
体全体が暑い。
首元、脇の下、肩に熱気が溜まっている。
彼女はぐいっと肩からジャージをずらして肘まで下ろした。
ちょうど、金沢の分厚い雲の間から降り注いできた日光に照らされ、風子の額の汗がキラキラと光る。
ふう。
彼女は優しい息を吐いた。
息が、白い。
サーシャも、息を整え、ふと風子を見る。
そして目を見開いた。
「ふ、風子! シャツ!」
サーシャが顔を赤くして指をさしている
「へ?」
風子の白いTシャツ。
綺麗に浮き出ている緑色の三角形が二つ。
サーシャの視線を頼りに風子の両手がそこに導かれる。
「え、うそっ」
バッと両手で隠す風子。
こじんまりとしたその下着を両腕で抱え込むようにして隠した。
「見た?」
頷くサーシャ。
風子が視点を落とす。
雪面に大の字になったままの次郎と大吉。
これでもかというぐらいに風子とは逆の方向に首を曲げ、雪の中に顔を突っ込んでいた。
――見てました。
なんて言えない。
間違いなく、ストックで目を刺されて、ジエンドである。
もう盲目の世界に突入である。
まだ、見たいもの――主にエロ――がある二人、それだけはなんとか避けたかった。
そういう危ういことに関して、だいぶセンサーが働くようになったと言ってもいい。
風子の貧相なそれで、大切なものを失うのは大吉であっても避けたかった。
そんな二人をみて、意地悪な表情を浮かべるサーシャ。
春先の復讐をしようと思っていた。
そういえば、同じようなシチュエーションがあったことを思い出す。
「あー、暑いな、暑いな」
本人は芝居をしているつもりだが、わざとらしさ百倍、ひどく棒読みだ。
慌ててジャージの袖を肩まであげ、チャックを閉める風子はサーシャの様子を伺う。
何をするんだろうかという表情だ。
彼女の突飛な行動はいつも先が見えない。
サーシャは次郎達の方向に向きなおした、そして、おもむろに首元のジャージのチャックに手を当てた。
ゴクリ。
ゴクリ。
男子二人の生唾。
不穏な動きをする次郎と大吉。
「あ、太陽が綺麗だ」
「お、どこ? 次郎、まじ綺麗だなあ、天使の梯子ってやつじゃあ」
「エンジェル様あ」
顔は空を見上げる様にしているが、視線が泳いでいる。
「ん、ふう」
風子とは違い、色気を含ませた白い吐息。
顔を動かすことなく、見開いた四つの瞼。
今にも眼球が飛び出すんじゃないかと誰かが見れば心配しそうになるぐらいに、目力を込めている二人。
そう、サーシャの吐息はピンク色に見えている。
ジジ……ジ。
下ろされるチャック。
ギリギリ音がしそうなぐらいに、その水晶体に映像を捉えようと必死に眼球を浮かせる二人。
顔を動かすことなく、周辺視で確認しようとした結果である。
血走っている。
ふんわり。
サーシャの首元から湯気が立ち上った。
男達は期待する。
ガバ。
白いTシャツ。
肩口が肌色に透き通っている。
ギョロ。
そんな音がしそうな四つの目玉。
「ホーッホホホホホ」
勝ち誇った声。
「ああ、ほんと、情けないし醜い」
サーシャは男子二人を見下ろすようにして仁王立ちになっている。
「残念、スポーツ用でしたー」
そう言うと彼女はジャージを颯爽と脱ぎ捨て、勝ち誇った笑い声をまた上げた。
白色のストレッチ素材を使った速乾Tシャツ。
サーシャの体のラインにぴったりとくっついたシャツが濡れて、彼女の宣言どおり水色と白のストライプのスポーツブラが透けて見えていた。
「ん?」
二人がもじもじして、視線を逸らしているのに気付いたのだ。
「前は、風子みたいな失敗したけど、今度はエロ男子に見られても恥ずかしくないように……」
えっへん。
胸を張り、演説をするかのように力説するサーシャ。
「人は成長するもんなんだよ、男子諸君」
春先に、軽歩で同じように汗をかいた後、黒いブラが透けたTシャツを次郎に見せてしまった。そのことを今でも根に持っていた。
「……」
無言の男子二人。
見上げるとサーシャのたわわなものが強調されて嫌でも視線に入る。
注いだ太陽の光が陰影を強調する。
もじもじ。
「な、なに」
いつもだったら、次郎や大吉は「やられたー」とか「くっそーひでえ金髪がああ」とか叫ぶのに、何も言わない。
「だ、大吉……そりゃ、なあ」
「お、おう目のやり場に、なあ」
「へ?」
あまりにも男子達の反応が違うので、金髪頭の上に『?』マークが点滅している。
「サーシャ……」
ばさっとジャージを肩から掛ける風子。
耳元に口を寄せる。
「そ、それでも、ダメだから、サーシャ、全然だめだから」
「はへ?」
ダメなものはダメである。
「だって、サーシャ……先っちょ」
風子が慌てて覆い隠した場所をサーシャは見下ろした。
お椀の先に、普通のブラではありえない陰影。
「はへええええええええ!」
サーシャの驚きの叫び。
また、大人の階段を一段上った。
素材には気を付けよう。
分厚いものを付ける必要がないサーシャだけに、こういうことが起こる。
女子力。
まだまだであった。
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