第119話「捕縛せよ☆男クラ」

「あの丘……なんか、暑苦しい」

 山中幸子はため息をつきながらその言葉をつぶやいた。

 仏頂面の彼女。

 目の前にある『あの丘』に視線を向けていた。

 その視線の先に人の気配はない。

 だが、そんな予感がする。

 丘はとげとげした針葉樹林がところどころに見えている。そして、それ以外の場所は黄や茶に色あせた草に覆われていた。

 人の気配はないが、人がいることは確かなのだ。

 あの木々や草の間に隠れていることはわかっていた。

 昨日、彼女たちがあの場所にいたように。

「あんな広い場所をたった四十人でカバーしていたのに、けっこう捕まえたよね」

 幸子の隣にいるミドリがそう声をかける。

 暑苦しいという幸子の声は彼女には聞こえていない。

 中隊対抗方式の警戒部隊と斥候の訓練。

 昨日はお隣の二中の四十人が斥候となってあの丘に入ってきた。

 それを阻止するために警戒部隊となって網を張っていたのが一中の幸子や緑たちだった。

 彼女が言うように、あの広い場所でも二中の斥候組を半分程度は捕まえたのだ。

 斥候の方は五人一組。

 昨日彼女達がやった警戒は歩哨や斥候狩り部隊で、通りそうなところに張り付いたり、高いところから目を出したりする。そして、斥候を捕まえたり、近づけさせないようにするのだ。  

 ルールは一キロメートル四方の丘の真ん中に置いてある車の種類を解明したら斥候側の勝ち、解明させなかったら警戒側の勝ち、という単純なもの。

 相手が見つけたら終わり。

 囲まれた場合は大人しく捕まる。

 逃げる時は絶対に走らない。

 錯雑地、遠くから見たらのっぺらした丘だが、茶色い雑草の中には小さな起伏がいっぱいあり、足を滑らせて落ちれば大けがをする可能性があるような谷だってある。

 それを避けるためのルールもあった。

「やっぱ、男クラも同じところに張り付いてるのかな」

 そう言ったのは同じ斥候組の大吉だ。

 昨日は二中が斥候役で潜入してくるのを大吉たち一中が警戒側としてガードしていた。

 今日の敵は三中男クラである。

「道路の交差点は避けないと……かな」

 俊介がそう言うと次郎は頷いた。

 幸子に緑、そして俊介、大吉、次郎の五人組。

「できる限り藪漕ヤブコぎしていこう」

「でも、時間が……」

 次郎の言葉に、か細い声を出したのは緑だった。

 藪漕ぎはとにかく時間がかかる。

 通常の四、五倍は時間がかかってしまうということを言っているのだ、ちなみにあまりに遅いと、タイムアップ。

「ケモノ道を探して時間を稼ごう」

 大吉が地図を広げる。

 彼は昨日、警戒部隊についた時に見つけたケモノ道を地図に書いていた。

「……待ち伏せしそうなところは避ける様にしていけば」

 幸子は大吉の地図を覗いて、指さした。

 潜入するための作戦をあーでもないこーでもないといいながら話し合う。

「……捕まったら……」

 緑が心細い声を出す。

「大丈夫、捕まらないように頭使って考えるから」

「やっぱり不安」

 大吉が胸を張る姿を見て、ほんとうに不安そうな表情をする幸子。

「……なんだよ」

 はあ、とため息で返す幸子に対し、目を吊り上げる大吉。

 少しショックだったのかもしれない。

「言いたいことがあるなら、言えよ、ちくせうっ」

 そんな大吉に対して、幸子はふっと目をそらす。

 口元は笑っていた。

「ま、相手は男クラだし、あいつらが考えそうなことなんか、だいたいわかるけど……」

 幸子とは違った意味でため息をつく次郎は「吊るしたり、さすがに教官もいるから追剥オイハギみたいなことはしないと思うけど」と付け加えた。

「西の男子って、やっぱり下品」

 また幸子だ。

 彼女の頭の中には、制服をキリッと清潔に着込む故郷にいる男子達の懐かしい姿が目に浮かんでいた。

 近代以降の西洋文化を『退廃的』と断言する極東共和国の日常起居、制服、普段着の着こなしどれひとつとっても清潔な感じがしていた。

 今は少し窮屈な印象に変わってきているが。

 そういう世界に慣れ親しんだ幸子。そんな彼女は『退廃的』な言動や行動をする彼らに対して違和感をいまだに強く感じていた。

 特に、あの男クラという世界の生き物は目を疑うものだった。

「全部いっしょにするな」

 ムッとした大吉が口を尖らせる。

「お上品でないのは、よーくわかっちゃいるけど」

 今は黒髪坊主頭だが、半年前は金髪退廃的な頭髪の大吉であった。

「ごめん」

 幸子はその何気ないひとことで気分を害させたことに気付く。

 それでも、『ごめん』と、そう言った言葉が出てくるとは、半年前では考えられないことだ。

 そんな彼女は心から謝罪していた。

「あ、こっちもごめん、男クラ、あいつら変態だってことは俺も認めてるし、女子だわっしょいとか言って、変態なことをしそうだし、本当に吊りそうだし」

 大吉はははっと笑う。

「吊るす……」

 緑が、大吉の言葉に反応したのか、少しかすれた声でつぶやいた。

「大丈夫緑ちゃん、ちゃんと守るから」

 オトコマエな幸子。

 怯える緑の肩に手を置く。

 だが、緑は顔を上げない。

「幸子ちゃんが、吊るされる」

 主語は幸子。

「いや、吊るされないから」

 幸子は否定。

「幸子ちゃんが、し、縛られる」

 きっと、緑の脳内ではいろんな映像が放映されているのかもしれない。

 息がだんだん荒くなる。

 ついでに、声もはっきり大きくなっている。

「ああっ! 幸子ちゃんっ」

 心配する声ではない。

 どちらかと言うと、喜んでいる。

「ちょっ……」

 充血した目で幸子を見る緑。

「大丈夫、怖くないから」

「う、うん、怖くないからね、幸子ちゃん」

 縛られても、という意味なのかもしれない。

 緑ががしっと幸子の手を掴んだ。

 ぞぞぞ。

 幸子の腕に鳥肌が立つ。

 緑の濡れた瞳は、怪しい光を灯していた。

 あの夏以来の恐怖である。

 そんな幸子たちがわいわいやっている一方で、待ち受ける男クラ四〇人は、よからぬ欲望に目をギラギラさせながら準備をしていた。

 それは緑と同じ光を帯びている。

 想像通りである。

女子オナゴだ」

「女子がくるぞっ」

「捕獲!」

「じっ、尋問!」

「ボディーチェック、ボディーチェック、ちぇえええっく!」

「触らないと、わからないしなっ」

「ホリョだっ!」

「押シハ強クッ! デモ、優シサハ忘レルナヨッ!」

 などなど。

 気合十分である。

 よっしゃこい。

 そんな声が響きそうな雰囲気。

 あながち幸子が感じた暑苦しさは的を得ていたのかもしれない。



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