第116話「ナマはだめ」

 学生のどのグループも、むかごや自然薯などの食材を採れていた。

 もちろんその裏では大人達がうまく誘導して群生する場所をそれとなく教えていた。

 ちなみに、キノコは採取しないように言っている。

 教官陣もキノコだけは間違う可能性もあるので避けているのだ。

 学生達は林少尉が渡したパンフレットどおりにブロックを積み上げ、拾ってきた枯れ木を集め火をおこして米を飯盒で炊いていた。

 しばらくは、料理と火おこしに集中。

 火を起こすぐらいで、賑やかになる学生達。

 日もくれそうになったころには飯も炊き上がり、学生達はいたるところで飯盒炊飯のできぐあいを見せ合っていた。

 ごはんの炊き具合ひとつで盛り上がる不思議さ。 

「カニの目できてる!」

 飯盒の蓋を開けながら喜んだのは次郎だ。炊けたご飯にはところどころ砂浜で蟹が出入りする様な穴が開いてある。

「カニの目?」

 次郎の飯盒をのぞき込みながら俊介が聞く。

「こんな感じの、俊介のは……」

 途中で言葉を飲み込む。

 見た目にも乾燥している飯粒が見えたからだ。

「……水、少なかったかな……」

 京が俊介の飯盒の中身を見たときに、それじゃ水が足りないと助言していたが彼は硬めのお米がいいと言って、少なめにしていたのだ。

「硬い」

 彼はそれを口に含みポリポリとした食感を噛みしめる。

 いつもそうだった。

 何かひとつ、ふたつ素人のくせしてたいして調べもせず、感覚で何か工夫――本人がその気なだけの事――をしてしまうのだ。

「やっちゃった」

 なんとなく笑うしかなかった。

 そんな彼の前に差し出された白いつぶつぶの入った蓋。

「いいよ、食べろ」

 京だった。

 彼が作ったご飯の半分をせていた。

「俺のも味見してくれよ」

 ごばっと箸に盛ったお米が更に増量される。

 次郎だ。

「で、京のはもらうけど」

 そう言うと今日の米をひとつまみ箸でとり、口の中に入れた。

「べちゃめしだ」

 文句も言う。

「お米はべちゃべちゃがちょうどいいんだ、お米の匂いがするし」

 意味不明な反論をする京。

 こうして出来上がったご飯、それから味噌汁といったおかずとともに、学生達はわいわい夕食を楽しんでいた。

 十一月の滋賀北部は寒いが、彼らが着こんでいるのと大人達が準備したキャンプファイヤーの熱があるのでけっこう暖かい。

 それを真ん中にして木製の箱の上に毛布を敷いた簡易椅子が並べられていた。 

 その木製の箱が何かの弾薬箱であるところ以外、軍隊っぽくはない風景だ。高校生のキャンプそのものにしか見えない。  

「集めた山菜で天ぷらにしたい子達はこっちにもってきてねー」

 教官の真田鈴サナダスズがそう言って手招きをしている。

 とれたむかごを衣につけて揚げるのだ。

 学生達に油ものを準備させるには時間もかかるし、ガスバーナーもそんな数がない。

 だから、教官達が作ることにしていた。

 当初はいかにも学生達が生存自活をする課目なのだが、実際のところは山でのパーティーである。

 一学年秋季集中野営名物、山芋パーティーである。

「真田中尉、これも」 

 綾部が抱えるバケツの中には赤い小さな生き物が蠢いていた。

「……綾部軍曹、これ……揚げるんですか?」

 むかごを抱えていた幸子と風子がバケツのぞき込んだ。

「カニ……」

「まじですか?」

 幸子の絶句と風子の問い。

 にんまり笑顔の綾部。

「お嬢ちゃん達も食べてみるか?」

「いえ……」

「遠慮します」

 即答の彼女達。

「なんだうまいのに」

 ため息をつく綾部は鈴を見る。

「もちろん真田中尉は食べますよね」

「……そういう文化がないので」

 綾部はわざとらしく頭を抱える。

「え? まじで食うんですか?」

 顔を突っ込んできたのは松岡大吉マツオカダイキチだ。

「お、コヤンキーちゃん」

 コヤンキーとよばれた大吉は嫌な顔をする。だが、彼の耳元に体を折った綾部が顔を近づけてきたのでのけぞる。

「びびってんじゃねえ?」

 意地悪な笑いだ。

「びびってねえっす、食いますよ食います」

「ほうほう」

「は、早く揚げでくださいよ」

「ははは、コヤンキーちゃん、かわいいねえ……あのな、生存自活って言ってな、これも立派な栄養源なんだ、まあなんだ、俺みたいな立派な軍人はこんなの」

 パクり。

 おもむろにバケツの中からサワガニを一匹取り出し口の中に入れる。

 バキバキムシャムシャ。

「生がちょうどいい」

 大吉、ドン引きである。

 風子も幸子も。

 一番ひいているのは鈴なのだが。

「少年少女、こんなのでびびっていたら山の生活なんてできねえよ」

 そう言って綾部は豪快に笑っていた。




 ぷしゅ。

 二十二時を過ぎた頃。

 学生が寝静まり、見回りが終わったところからが大人の時間である。

「はい、お疲れ」

「「お疲れ様でしたっ」」

 中隊長の佐古サコ少佐は、とりあえずビールと呼称している安物代理酒を掲げる。

「今日も事故なく、そして学生も楽しんでいたようだし、うまくいっているということで」

 パチパチパチ。

 乾杯の後はなぜか拍手をする。

 大人の時間。

 教官と中隊本部の間で行われる反省会という名の宴会である。

 毎日欠かさず二十四時までやる予定であった。

 反省会というわりに、参加は自由。

「ほら、サワガニ」

 素揚げされ、真っ赤になったサワガニがキッチンペーパーの上に置かれている。

「きっと美容にいい」

 そう言って晶の方を見る。

「セクハラです」

「そーかなー」

「奥様にいいつけます」

「ごめん」

「ごめん?」

「すみませんでした」

「よし」

 中尉が少佐にこんな態度をとることなんてないが、こういう冗談の掛け合いができるぐらいの信頼はある。

「美味しいんですか?」

「俺が山にこもっていたときは、とっておきのごちそうだよごちそう……まあ、油で揚げるということができなかったから、煮ていたが……まあ味より栄養だったしな」

「寄生虫とかいそうですが」

「毒草だろうが毒虫だろうが、ほとんどのものは油で揚げれば食べれる」

 そんな迷信を平気で言う。

 軍隊ではまことしやかにそういう食にまつわる迷信は言われている。

 例えばC4爆薬――プラスチック爆弾――は甘いとか言うが、に受けた兵隊がそれをごっくんして生死を彷徨ったという事例が過去にあった。

 まあ、そんなレベルと言ってもいい。

「で、綾部は?」

 佐古が教官や中隊本部の面々を見渡すが、あのサワガニ男がいないことに気付く。

「綾部軍曹は?」

 晶が同じ言葉を言いながら隣の鈴を見る。

「……なんで私に聞くんですか」

「いや、そりゃ、ねえ」

 晶には珍しいニヤニヤ顔であった。

「知らない、仕事別だったし」

「珍しい」

「晶、そうやって意味もなく冷やかしたいだけでしょ」

「うひ」

「むぐぐ……」

 そんな二人の間に口を入れたのは林だった。

「便所です」

「トイレ?」

 晶が首を傾げる。

「腹が痛いと言って」

 大声で笑いだしたのは晶だ。

「……お腹が痛いって、お腹が……ふふふ、ははは」

 頭を抱える鈴。

「綾部が便所でどうしたって? クソでもしてんのか?」

 ぐびぐびっとビールもどきを飲む佐古。

 顔がにやついている。

「中隊長……綾部軍曹は、学生の前で、かっこつけて、サワガニを、生で食べたから、はははは……」

 腹をおさえる晶。

 笑いのつぼにはまったらしい。

「……あいつは相変わらず、馬鹿だな」

 ため息をつく佐古。

 笑いがとまらない晶。

「日之出中尉、あんまり声を出すと、学生が」

 いつもと違うテンションの晶を心配した林がひとこと。

「……ごめん、ごめんなさい」

 林にたしなめられた晶はなんとか笑いを殺そうとしてゲフンゲフンと咽る始末である。

「はあ、はあ……」

 息が荒い。

「……ほんと、鈴、大変ね、うん」

 口を尖らせた鈴が面白くなさそうに晶をジト目で睨む。

「綾部軍曹がどうなろうが、関係ありません」

 棒読みで抵抗する鈴。

「ま、オトコギとかっこつけは紙一重だしな、あ、馬鹿も紙一重か」

 宴会である。

 ドッと場が沸く。

 反省会。

 もちろんこれとは別に学生が寝静まる前までにミーティングを行って、明日の行動の細かい役割分担と安全の担保を確認している。

 必要があれば予行までやっている。

 朝から晩まで緊張しっぱなしの教官陣も、こうやってバカ話に花を咲かせストレスを発散しているのだ。

 そして鈴は恨めしそうな目をして目の前のパック焼酎を睨んでいた。

 ストレスがたまる人間もここにいるのだが、それは宴会のせいではない。

 ――バカ。

 彼女はトイレにひきこもっているであろう、あのかっこつけ野郎に対して、そう呟いていた。


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