第84話「姉降臨 下」

 なんだかんだで、その後の夕食、お風呂と安定してドタバタは続く。

姉弟キョウダイ仲良かとよ」

 夕食の間べったり次郎にくっついている聖を見ても、この家族は動じていない。

 まったく違和感なく、普通にすごしているのだ。

「沖縄の大学院で海洋なんとかとかいう研究ばして忙しかけん、帰ってこんって聞いてたとやけど」

 母親の言葉に次郎は頷く。

 彼はそう聞いていた。こんな姉がいる家に同級生を連れてこない。

 だが、聖は予定を変えていた。

 どうも次郎が夏休みで帰ってくる、しかも留学生の女の子を連れてくると聞いたものだから、居ても立っても居られず、研究そっちのけで帰ってきたようだ。

「ちょっと、人の話が聞こえなかったり、人の気持ちがわかんなくて、変わった子だけど、悪い子じゃなかけん」

 なんて母親がそんなことを言うが、さんざん被害にあった風子達は愛想笑いをしてごまかすことしかできなかった。

 食事が終わった後、庭で昼間に買ってきた花火で楽しみ、そして十一時には床についた。

 ハプニングと言えば、花火をくるくる回してはしゃいでいた大吉の坊主頭を少し焦がしたとか、庭の向こうにある古い蔵を見たサーシャが、刀剣召喚? 刀剣召喚? と騒いでたぐらいだ。

 大吉は相変わらずアホで、サーシャは日本文化を誤った書物で勉強していることが改めて証明された。

 床についた男子二人は、昨日のように夜話をしようとしたが、なんとなく大吉の態度がぎこちなかったため話が続かなかった。

 大吉はつい風子の話が出てしまいそうなので、不自然な感じになっているからだ。

 会話と会話の間が切れ、そしてその間がどんどん長くなっていき、いつの間にか二人とも眠っていた。

 静かな夜。

 昨晩とは違い、開けっ放しの窓からはぬるい風が入っている。

 それでも寝る前はタイマーをつけて扇風機をかけていたから、快適とまでは言えないが十分寝れた。

 ――ふう。

 まだまだ夜明けにはほど遠い時間。

 大吉はもぞもぞと体を動かす。

 昼間の告白のせいで興奮状態が続いているのだろうか、昨日とは違って体が火照っていた。

 男子二人はパンツいっちょとタオルケットで寝ている。

 まだ、完全に目覚めていないのだろう、目を閉じた状態で「ううー」と寝言とも寝息ともとれない声次郎は出していた。

 なんだか熱源が近い。

 大吉の寝床は次郎の寝ているものとは離れている。

 人が通れるぐらいの間を置いて布団はひいていた。

 次郎の寝癖が悪くて、自分に近づいてきているんじゃないだろうかと思ったが、さっきの声の位置を考えるとどうも違う。

 ごろん。

 熱源から離れようと、相変わらず目を閉じたまま寝返りをうつ。

 その時だった。

 大吉が寝返りをうつまえにぐいっと引き寄せられたのは。

 汗ばんだ肌にぷにっとした感触。

 もぞもぞとお腹のあたりがさすられ、一瞬にして鳥肌が立つ。

 混乱から立ち直る。

 女性特有の甘い香りに包まれていることに気付いた。

 しっとりとした、空気。

 柔らかい感触のものが背中に押し付けられていた。

「あわわわわわ」

 目がシャキーンである。

「むにゃむにゃ、じーろちゃん……むにゃ」

 夕方に聞いたあの声だった。

「いただきまーす」

 むにゃむにゃ言いながら、背後の女性が口を開ける。

 あーん。

 ぱく。

「きゃああああああ!」

 大吉は首筋に、柔らかな感触を感じた瞬間、貞操の危機を感じ悲鳴をあげた。

「どうしたっ」

 がばっと立ち上がった次郎は、薄暗い中でもつれている大吉と女性の姿を見て、硬直した。

「ひ、聖姉ちゃん」

 がらっ。

「な、何?」

 襖を少しだけ開いて顔を覗かせた風子が目を見開く。

「ま、松岡くんっ」

「ち、違う、中村これは違う」

「じーろちゃんっ」

 むぎゅうと音がしそうなぐらい、大吉が聖に締め付けられた。

「た、たちけて……」

「うそ……」

 風子の頭の上に幸子の顔が現れ、これまた目を見開いて驚く。

「だ、だめ、松岡くんは、私が……」

「へっ!?」

 幸子の言葉にびっくりした風子が頭を上げる。

 ごん。

 幸子の顎と彼女の頭が衝突し、声にならない唸り声をふたりはあげた。

「どーしたのー」

 今度はまだ、寝ぼけているサーシャが、幸子の頭の上から顔を出してきた。

 襖の間に女子の頭で三段トーテムポールが作られた。

「すわっ、この破廉恥女!」

 くわっと目を見開き、サーシャは勢いよく前に出ようとする。

 が、女子三人は密着状態である。

 幸子がバランスを崩し、その重みで風子が潰れ、結局サーシャは足を取られ、前に雪崩を起こすようにして顔面から畳に落ちた。

「あら、おはよう」

 少女達が、なんとか絡まった体をほどき態勢を整えた頃、ひよこ座りで上半身だけ起き上がった聖は大きなあくびをしていた。

「女子と男子が夜中に同じ部屋にいるのは感心せんね」

 まったく的の外れたことを平気で言う聖。

「破廉恥女! ダイキチに何を!」

 サーシャがまくしたてる。

「ん? ごめーん、じーろちゃんと間違えたとよー」

 まったく反省していない態度で聖が答えた。

「じーろちゃんと、久々にいっしょに寝ようかなーと思ってきたと、でも、なーんか間違えて」

「なーんかじゃない、なーんかじゃ」

 ガルルルル。

 サーシャは四つん這いで狼を思わせるような威嚇をしている。

「大丈夫、わたしはじーろちゃん一筋ばい」

「そういう問題じゃねえっ!」

 飛び掛かりそうなサーシャを幸子と風子が抑える。

 たぶん、離したら実力行為にでるはずだ。

 一応、お客の立場である。

 家の人間に暴力行為などあってはならないという常識はあった。

 ……この場合、常識とはなんであるか、そこから考える必要はあるが。

 それは置いておく。

「姉ちゃん、いいから出て行って!」

 次郎がそう言うと、聖は「不良に騙されているとよ」「前はお姉ちゃんお姉ちゃんって自分からお布団に入ってきたとに」「おっぱい触らないと寝れんかったとに」なんて、問題発言をしながらしぶしぶ去っていった。

「大丈夫か、大吉」

 次郎が声をかける。

「よかったな、願ってたラッキースケ……」

 ごん。

「後頭部はやばい後頭部はやばい」

 次郎が頭を抱えながら、畳の上に転がる。

「……」

 蹴ったのは幸子だった。

「まったく、西の人間って、みんなこうなの……」

 彼女はそう言いながら頭を抱えている。

「姉のしつけぐらいちゃんとやってよ」

 彼女はもしかして、次郎姉が大吉に対して大変な行為をしてしまったんじゃないかと考えたが、そんなことを聞けるはずもなく、悶々としていた。

 そこで、次郎が無責任な発言をしたものだから、カチンときて、たまっていたものが爆発してしまった。

 ふと、幸子は大吉をと視線が重なった。だがなぜか、彼は思いっきり目を伏せてしまった。

 同様に次郎も明後日の方向に視線を向ける。

 訝し気な表情の幸子。

「さ、幸子ちゃん」

 風子が慌てて幸子の下半身に抱き着いた。

「も、戻ろう」

「え、何?」

 ずるずる。

 襖の奥に消えていく三人。

 くぐもっているが、わーとかきゃーとか聞こえる。そして、壁の向こう側から幸子の息を飲む音が男子二人にはっきりと聞こえた。

「気付いたな」

「うん」

 大吉の言葉にうなずく次郎。

「青だったな」

「うん」

「女子も四角いのがあるんだな」

「うん、ボクサータイプ」

「あれは、あれでいいかも」

「うん、いい」

「次郎のねーちゃんのはノーカウントだけど、今のはワンカウントだな」

「ああ、ワンカウントだ」

 男子二人、そんな話で盛り上がり、余韻にひたっている。

 そんな、アホな男子達がいる部屋の襖の向こう側では、女子達が必死に幸子を慰めていた。

 大丈夫暗くて見えてないからと、サーシャと風子が繰り返し言うが、幸子は顔を薄暗くてもわかるぐらい真っ赤にして、そして涙目になっていた。

 彼女の布団の上には、ぐちゃぐちゃになったタオルケット。

 それといっしょに寝間着のズボンが絡まっていた。

 しばらくして落ち着いた幸子は自分の寝相の悪さをどうにかしないといけないと深刻に考えた。

 乙女の危機的状況である。

 いっぽう男子は、二日も続けていいことが起こったことに対して、ラッキースケベの神様に感謝の祈りをささげていた。

「神よ、仏よ、スケベ様よ」

 天井に両手を掲げる男子ふたり。

 目が合ってニヤッと笑う。

 ばっかじゃねえの。

 大吉は風子に振られたぶん、バカみたいにはしゃいでしまう自分に対して。

 そう思った。

 ――勇気を出したぶん、なんかご褒美もらったぽい。

 彼はそう思う。

 そうもしなければ元気がでない。

 そんな大吉の葛藤を次郎が知るはずもなく、ニヤッと笑い返した。

 それぞれの思い。

 五人の高校生たちの二日目の夜はこうして過ぎ去っていった。

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