第71話「日之出中尉も真田中尉も女子である」
大きな包みを抱えた小山は巨大な弁当箱を開いて、学生達が海からあがってくるのを待っていた。
昼食は、小山特性お弁当である。
「いっぱい食って、午後も特訓だ!」
大量のお握りとカラ揚げ、それからスティック野菜。
相当早起きしないと作れない量の弁当であった。
再度確認するが、この筋肉、日本史の教師である。
次に瓜生絵里。
彼女は休憩前に風子とサーシャを見て一瞬だけニヤっとしたが、あとは何も言わなかった。
ブラのホックをずらしたなんて余計なことは言わなかった。
一連の出来事は、彼女の計算どおりだったようだ。なんだか、彼女も楽しそうな雰囲気である。
あと、サーシャの兄、ミハイル。
彼は少し離れた場所でボートから上がり、海の家で休憩をしていた。
海で溺れることもない、そして変な男子もよりついていないから安心したのだろう、昼食は部下たちとともに焼きそばを食べていた。
そんな取り巻きを他所に、大吉と次郎は、風子のあんな姿を見てしまったものだから、自然と距離をおいている。
そういう訳で女子四人がかたまって食事をとっていた。
そんな、和やかな海水浴。
食事の間に、酔っぱらって女子の学生に絡んできた一人の兵隊が小山に投げっぱなしジャーマンを受けたり、ちゃらちゃらした一般人がしつこく鈴と晶をナンパしたため、晶の足蹴にされたりしていた。
そんなちょっとした出来事もあったが、和やかであった。そして午後も特訓が続く。
午後も一区切りがついた頃、風子は海から上がり、晶と鈴と話をしていた。
「あの、ありがとうございます」
風子は晶と鈴の隣に体育座りをしている。
「どうしたの、いきなり」
鈴が答える。
「サーシャが、こんなに上達できたのは、やっぱり海に来たからかなって思ったので」
「確かに、あの子、あの性格じゃ伸びないと思ってたけど」
晶が遠くにいるサーシャの背中を見つめながら答えた。
「素直になれたみたいね、あなたのおかげじゃないかな」
そう言うと晶は微笑を浮かべた顔を風子に向ける。
「本当にお忙しいのに、みなさんで、日之出中尉とかだったら週末はその彼氏さんとかと過ごす時間、ですよね」
晶のような素敵な女性に彼氏はいるに違いないというのが、風子の感覚だった。
いないとしたら、世の男どもは何をしているんだと吠えていたかもしれない。
それに対しキョトンとした顔をする晶。そして、すぐにとぼけた顔をする。
「え、あ、うん、そうね、週末だもんね」
風子に悪気が全然ないのもわかる。だからこそ微妙な顔をするしかなかった。
彼氏いない歴イコール年齢の二十八歳である。
「あ、風子ちゃん地雷踏んだ」
いたずらっ子のような表情を浮かべた鈴が、イシシと笑う。
「え、地雷?」
いまいち状況がつかめない風子。
「くっそー、最近うまくいっているからって、余裕ぶりやがって」
晶は小声だが恨みを込めた声色でそう言うとともに、鈴のほっぺをつねっている。
「い、痛いってば、モテる癖に、男を選ぶから悪いんだって」
いつもはとても大人に見える二人の教官がそう言ってじゃれあう姿を見て、風子もキョトンとしてしまった。
「学生もいるんだから、ほら、そういうことしない」
鈴もつねられたままではどうしようもないので、大人の声で晶をけん制する。
風子が二人の姿を見て、がまんできずに吹き出した。
「あ、あの」
涙に目を浮かべる彼女。
「真田中尉の彼氏さんってどんな人なんですか? きっと素敵な将校さんなんですよね」
風子はごく自然に、女性軍人のパートナーは男性軍人だと思っていたのでそういうことを言った。
「あー、うん、そのー素敵っていったら素敵なのかもしれないけど」
曖昧にはぐらかす鈴。
「粗暴、軽薄、お子様」
ぼそっと晶がジト目で鈴の代わりに答える。
「ちょ、ちょっと、人の彼氏をそんな風に言わない」
「へえー、お二人とお知り合いの方なんですか」
にやっとする風子。
「はいはい、もうそんなことはいいから」
鈴がパンパンと手を叩く。
「お二人は仲がいいんですね」
ふと、風子はため息をつきながらそう言った。
「あなたたちも十分仲良さそうだけど?」
晶がちらっと遠くのサーシャを見た。
「さっき、泳げた時、あんなに抱き合って心から喜びあえるなんて、うらやましいと思った」
午後の特訓で、顔を水につける恐怖心が少しだけ薄らいだサーシャは、息継ぎまでできるようになっていた。
あれだけ、陸で二人でタイミングを練習したのも効果があったのだろう、顔を付けることができるようになった彼女は、あっという間に息継ぎしながら泳げるようになっていた。
泳げた瞬間、サーシャと風子は抱き合ってしまうぐらい喜んだ。
「自信がないんです、友達を作る」
風子はそう言って暗い顔をした。
「ずっと、仲良くできる自信が」
サーシャと緑、そして幸子が笑いながら何かをしゃべっている景色が視界に入る。
鈴は少し微笑し、晶が口を開いた。
「無理して、仲良くしようなんてしないでいいんじゃないかな」
「でも……」
「自然にさ、自然」
晶はちらっと鈴を見る。
「素直になって、それから心の内をちゃんと話す、みんなと仲良くしようなんてしなくていいから、みんなと仲良くしようなんてするから、思ってもないことにうなずいたり、そんなことをしないといけないでしょう」
こくり、風子はうなずいた。
いじめをするグループに立ち向かった後、孤独になった風子は素直になれなかったことを思い出す。
彼女たちを撃退し、一種のヒーローみたいになった時、彼女は誰にも自分の弱さや悩みを伝えることができなかった。
自分は強い。
そういう自分を勝手に作っていた。
それに、一度友達の輪の中に入ろうとしたが、自分の考え方と違うものにまで同意したりすることができず、離れていった。
嘘はつきたくなかった。
教官二人は風子が中学校で孤立していたことなどは知らない。だが、話しぶりから、何かあったんじゃないだろうかと想像は容易だった。
だから、こういう話をしている。
「自然体でいられない友達って、友達じゃなくて『お友達』なんじゃないのかな」
お友達。
グループに所属するためのお友達。
「あの子たちは、そういう人間じゃないと思うから、今のまま自然に間合いに入ればいいと思う」
彼女も自分というものをしっかり持っている人間だ。
自分を曲げてまで、お友達の輪の中に入るようなタイプではない。
だから、彼女の言葉は、まるで自分達に言い聞かせている様な、確認しているような感じだった。
「羨ましい」
素直に、晶は風子に対してそう思う。
だから、そう言って、風子の頭をゴシゴシと撫でた。
まるで、幼い自分を見ているような気分になったのかもしれない。
「悩め
結局、晶のまとめは、小山みたいなマッチョな言葉だった。
それに対し、風子は素直にうなずきながら「はい」と返事をする。
がんばらないけどがんばろうという『はい』であった。
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