第68話「類は友を呼びますね」
山中幸子はますます浮いてしまった。
――帝国の軍人が憎い。
その一言が教場で響いた時、多くの学生が得体の知れない人間を見るような目に変えた。
特に、あの戦争で死んでしまった親族を持つ学生達の行動が顕著になる。
――ガキ……。
机の引き出しを開けて、身に覚えのないゴミくずが中で散乱しているのを見て険しい顔をしていた。
ここ数日、こんな嫌がらせが続いているのだ。
彼女は黙って、用意していたビニール袋にゴミをつっこもうとすると、それを先に握る手があった。
「誰だ! 山中にこんなことする奴は」
声を張り上げ、教場の人間をぐるっと見渡すのは大吉だった。
幸子は一瞬なんのことかわからず、ポカーンと口を開けている。
「くそっ、こんなことする奴が同期にいるって思うだけで、胸くそ悪くなっちまう」
「余計なお世話」
そう言って、大吉の手からゴミを奪い取る。
「……だから、お前のそういう態度が」
思わずそう言った大吉はハッとして、ぷいっとそっぽを向いた。
言ってはいけないセリフということに気付いたからだ。
「ごめん、違う、お前の態度とかそんなんじゃなくて、こんなクソくだらねえことをする腐った奴が、全部悪いってのはわかってるんだ」
じっと幸子は大吉を見る。
「ばっかみたい」
そう幸子は言った。
「うう」
まさか、バカといわれるとは思わず、大吉は硬直した。
そのまま彼女は彼を無視するようにして立ち上がり、教場を後にしようとする。
「や、山中」
大吉の制止も無視して、出口から彼女は消えてしまった。
彼は彼女を目で追おうとするが、その前に、教室の隅にいる男女のグループと目が合ってしまった。
だいたい目星はついているのだ。
彼はそのグループをひとりひとり睨みつける。
ただ、証拠がないので、こうやって威嚇するだけであった。
そんな大吉にドロップキックを見舞う
「へたくそ」
たたみかけるようにして腹パンチする三島緑。
「意気地なし」
「大吉、お前本当に……」
憐みの目で大吉をみる次郎と京。
孤立する幸子を放っておけないといって、京が彼らに声をかけたのだ。
こんな風に、計画的にやったが、あまりに大吉の芝居じみた行動が裏目に出てしまったと責めているのだ。
「へたれ」
風子も蔑むように大吉を見ている。
「だ、だって、どうしろって、俺だって一生懸命……」
しどろもどろに話す大吉に対しジト目が十個。
彼は言葉をもじゅもじょ言って語尾を消した。
「私の出番ね」
緑がスマフォを持って立ち上がる。
画面には美青年の挿絵。
「共通の趣味ほど最強の武器はないわ」
自信満々に言う。
「緑さん素敵」
サーシャが囃す。
「もう、俺もついていく」
次郎ものっかる。
「くるな」
せっかくのっかった次郎も凍り付くような低い声で制し、すぐに切り捨ててしまった。
「類は友を呼ぶ」
緑は意味深げな言葉を残し、教場を出て行く。
なぜか、その背中は頼もしいものであった。
彼らが知っていてやっているわけではないが、こういう行動は幸子に対する嫌がらせに対し一定の抑止力として働いていた。
嫌がらせをする方は相手の反撃、悪に対して庇う相手が怖いからこそこそしているのだ。もし、そういうのが怖くない場合はもっと堂々とする。
だから、ああやって大きな声で彼らが、幸子を構おうとしている姿が彼らには効いた。
もっと陰険に、もっとわからないところで嫌がらせをすることになってしまうのだが……。
誰もいない、自販機の前のベンチ。
幸子はそこに座って、スマフォのネット小説を読んでいた。
ひそかに楽しみにしている時間である。
「もしかして、好き?」
不意に声をかけられ、幸子は全身が飛び上がるような反応をした。
緑であった。
ベンチに座っている幸子が、しどろもどろになりながら後ろを振り向く。
「な、何をおっしゃる」
明らかに動揺している幸子。
慌てて消そうとしたスマフォの画面は消えていない。
『四十歳バツイチ子持ちを好きになったら』
所謂、BL小説の表紙。
Bixivという、投稿形式のネット小説であり、一部の女性達に人気急上昇中の物語である。
冴えないおっさんと息子、そして職場の同僚である青年との三角関係を描いた同性同士の恋愛を描いた物語。
「冴えないおっさんってところがすごく素敵なのもうダメ人間が本当にダメ人間なのに肝心なところでいい人でいろいろトラウマを抱えている息子や同僚の青年がきゅんとなることを平気で言うしでもどっちを選ぶのかすごく気になるし本当に待ち遠しいなんだけどねえ聞いてる?」
息継ぎをいつしているのかわからないような勢いで緑は一気に話す。そして、幸子の顔にずいずいっと顔を近づけているのだ。
のけ反る幸子。
「あ、いや、その」
「好きでしょ」
幸子は戸惑った、共和国ではぜったいにいけない読み物なのに、すごく魅力的で、人に話せないものだと思っていたのに、この女子はペラペラとしかも情熱的に話してるのだ。
「好きなものは好きでいいじゃない」
「あ、その」
「誰推し?」
ゆっくりと幸子が口を開く。
「わ、わたしは、息子、推し……」
目を伏せ、顔を赤くして幸子はつぶやく。
ぐっと幸子の手を握る緑。
満面の笑みである。
「私も」
「う、うん」
幸子の顔に朱がさす。
「幸子ちゃん、あのね、他にもおすすめのお話があるの」
「あ、うん……」
スマフォの画面を
幸子、陥落の瞬間であった。
「どうせ泳ぐならって……」
風子は緑が笑顔で差し出す、細かい花柄の入ったビキニを前にして背中に汗を垂らしている。
こんな肌が露出する水着なんて着れるはずがない。
海の近くで育った彼女でも、いつも着ていた水着はワンピースタイプのものだったからだ。
「絶対似合う絶対似合う」
連呼しながら近づく緑。
すでに、幸子は紺と水色の縞々模様が入ったひらひらしたものがついているフレアトップ、サーシャは黒のホルタートップのビキニを買わされた。
緑チョイスである。
彼女達が試着するたびに「おおー」と言いながら拍手をして、風子も囃し立てていたが、まさか自分もそうなるとは思わなかった。
ちなみに水着を試着とかして買ったことがない風子は、下着をつけたまま着ることをこの時はじめて知った、というおまけつきである。
「せ、せめておっぱいが目立たない水着」
風子が助けて欲しい視線をサーシャに送るが目を逸らされる。代わりに、緑がすっと、まさに準備していた次の水着をあてがった。
同じく細かい花柄の入ったて胸の下の方まで布地があるビキニである。
「決まりね」
キラーンと緑の目が光った。
この目には逆らえない。
そもそも、こんなことになったのは、教官である真田中尉の提案があったからだ。
「黒帽子組と
ちょうど教官としても幸子が浮いているということを心配していたのもある。
黒帽子組の幸子に、誰かを面倒みさせて、うまく仲間に溶け込むようにしたいという思惑もあった。
そういう訳で、日曜日に一部の教官の車に乗せてもらい、金沢市の一番近場にある内灘海水浴場に行くことになっていた。
メンバーはヒヨコクラブと、そのバディとなる黒帽子の人間、それと希望者である。
「どうせ泳ぐから、思いっきりかわいい水着にしてみたら?」
そう提案されて、女子たちは前日土曜日に外出して水着を買いに来ているのだ。
「風子ちゃんはビキニじゃないとだめ」
そう言い切る緑。
「だ、だって緑ちゃんはワンピースなのに」
「うちはうち、お隣はお隣」
母親のようなことを言って有無を言わせない剣幕の緑。
しょうがない。
風子は観念して、試着することにした。
――上田君は、どう思うかな……。
一瞬でもそう思ってしまった自分に恥ずかしくなる。
あくまで、サーシャが泳げるようになるために行く海水浴なのだ。
下心なんて持ってはいけない。
そう思う風子はけっこうお堅い性格である。
そんなわけで、明日の海水浴特訓は前途多難の空気を醸し出していた。
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