第54話「挑発、そして」

 そろそろ教場に戻らなければあの緑に何て言われるかわからないので、二人は人々の喧噪を避け部外者立ち入り禁止の裏道を歩くことにした。

 ――そう言えば、海軍基地でこんなとこを歩いているときに襲われたっけ。

 次郎がそう思いながら歩いていると、目の前に短い軍刀を腰にぶら下げた男が歩いてきた。

 次郎は慌てて敬礼し、サーシャもそれに習う。

「ご苦労さん」

 中隊長――佐古少佐――がそう声をかけながら、じっとサーシャを見た。

 その時だった。

 空気を切り裂くような音がしたと思うと、地面のアスファルトに金属がぶつかるような音がした。

 佐古は舌打ちをした後、三階建ての建物の屋上を睨む。

 視線の先の人影が動く。

 その瞬間彼はサーシャを背にして庇うようにしてから、軍刀を鞘ごと目の前に掲げた。

 金属音。

 佐古の唸る声。

「脅しじゃねえっていう脅しか」

 コン……コンコン。

 黒色の球体が金属音を立てながら地面に転がる。物凄い勢いで飛んできたそれが、鞘に当たり、その跳弾が佐古の左肩に食い込んで、そして地面に落ちたのだ。

 彼はすで人影がいなくなっていることを確認してから自分の左肩をさする。ひどい痣になっているのは間違いない、そんな痛み方だ。

「中隊長……」

 次郎がそう声をかけると、彼は額から汗を出しながら笑顔で振り返る。

「大丈夫か」

「はい」

 サーシャもこくんと頷く。

「忘れろ、今のことは誰にも言うな」

 ――エアガンか? いや、パチンコだな……わざと、鞘を狙いやがった、むかつくほど正確に。

 彼は今年も『民族統一派』の者が入ってきて、ビラ撒きなどくだらんことをする、その他に、上級部隊からある学生を標的に身代金の請求がされているという通報が入ったという大隊長の言葉を思い出していた。

 ――留学中の貴族の子弟に対して、しかも皇帝に近い地位の貴族限定だが、同様の脅しがばら撒かれているということだ。

 ――サーシャ・ゲイデンに、ですか?

 ――そうだ、彼女にもだ。

 ――対策は……。

 ――本国からボディーガードをヨコすというが、もちろん我が帝国陸軍の中で彼らを活動させるわけにはいかない。ま、入国審査も戦中並みの我が国だ、そう銃器などは持ち込めない。そう考えると、大事にする必要はない。たぶん、ただの脅しだろう。

 笑いながら、大隊長は特に手は打たないと言った。

 ――こんな、楽しい学校祭を、物々しい雰囲気で台無しにしたら悪いだろう。

 と。

 そうは言うものの、佐古は心配だった。だから、二人の後を追ったり、先回りして迎えていた。

 そして、ビンゴである。こ

 あの放たれた鉄球は、間違いなく彼やサーシャの急所を一撃できたものだった。

 わざわざ外すということは、まさに本気を伝えるための脅しだったに違いない。

 ――確かに脅しだけどよ……笑って済ませるものじゃねえよ、あのクソ大隊長ジジイ

 佐古は奥歯をかみ締め左肩の激しい痛みを感じながら、頭の中で恨み言を並べていた。

 彼女たちを守るにはどうするべきか……。

 ――祭りが終わるまでは、教室に閉じ込めておくか……。

 彼は仔細を大隊長に報告して、そうしようと思った。



「いらっしゃいませ、ご主人様」

 満面の笑みで接客するサーシャ。

 だがその反面、彼女のハラワタは煮えくり返っていた。

 ――上等、このサーシャ・ゲイデンを脅そうなんて、百万年早い! ぶちのめして吠え面かかせてやる!

 次の休憩でここを離れ、駐屯地の訓練地域に行っておびき寄せてやろうと彼女は考えた。

 ポケットの中にいれてあるメモをぐちゃぐちゃにして握りつぶす。

『貴女の命が惜しければ、お家の人に泣きつきなさい』

 そう書かれたメモを。

 ――かかってこいやあ!

 彼女はふつふつと闘志を燃やしていた。

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