第53話「ラッキースケベの星の下に生まれて」

 次郎が店の奥に行くと、椅子に浅く座ったまま、ムスッとした表情をしている金髪で巫女服の女子がいた。

 次郎が入って来たということに気づくと、不機嫌な表情のまま話を始めた。

「ミハイルはお兄様なの」

 ――なんだ、兄弟喧嘩か。

 次郎はそう思うと、なんだか肩の力が抜けた。もしかしたらフィアンセとかそういうものじゃないかと思ったのだ。

 だって、相手は貴族のご令嬢様なのだ。

「私の十二歳年上でロシア帝国海軍大尉」

 ここからは愚痴だった。

「昔から、私のことを馬鹿にする人、嫌われている」

 不機嫌そうに口を尖らせたサーシャは子供っぽい表情をしていた。

「そのお兄さんがどうして、金沢……そして、ここに?」

「知らない、船が寄ったんじゃない? それでたまたま来て、妹でも見て馬鹿にして行こうとでも思ったんだと思う」

「仲が悪いんじゃなかったっけ?」

「ゲイデン家の中じゃ、海軍はエリート、陸軍は格下扱い」

「え?」

「あのお兄様は、私が行く先々でああやって現れては馬鹿にする、小さいころからそうだった」

 足を組んでテーブルを肘をついているサーシャは、心なしか狐耳が垂れている様な感じだった。

 少し沈黙が続いたため、男子として落ち込んでいる女子を励ますような言葉はないか考えていた。

 姉の言葉を思い出す。

 ――女の子は大切にしなさい。男は女の子を幸せにするために存在しているの。いい。言わば奴隷なのよ、ド、レ、イ。

 ありがたいことに、そういうことばかりを物心つくときから植えつけられていた。

 彼は軽く息を吸った。

 彼女が元気になるような、何か話題はないものかと。

「なあ、サーシャ」

「な、なによ」

「緑と白の縞々のパンツ、見えてる」

 ゴン。

 彼女は思いっきり、足を振り上げてテーブルを蹴った。

 あ、見えた。

 そう彼が思った瞬間、彼の腹にテーブルが激突した。

「げほげほ」

 悶絶である。

「バカっ! すけべ」

 そう罵りながら、彼女は立ち上がると次郎に近づき、見下ろした。

「付き合いなさい」

 顔を真っ赤にしたまま彼の甲冑をひっぱり上げ、教室の外に出て行った。



「お腹が空いた」

 サーシャは独り言のように言う。

 口調がいつもと違って幼い。

 どうも自分におごれと言っているらしいと、次郎は思った。

 彼はため息をつき、しょうがないと思いつつ、真田中尉が宣伝していた一中隊の『炭火焼き鳥焼きそば』でも買いに行こうと、出店の並びに向かった。

 通りには親子連れや若い恋人同士。別の学校の男子女子、そしていかにもマニアっぽいリュックサックとかカメラをもったおっちゃんやら、たくさんの人で溢れかえっている。

 ――人に酔いそう。

 次郎は少し面を食らった。

 彼は人ごみが苦手なのだ。

 狐耳ミニスカート巫女のサーシャと甲冑男子――禿頭のカツラは外してる――で歩いているものだから、ちょっとアレなおっさんに声をかけられ写真を撮られそうになったりした。

 そうしているうちに、次郎は出店の中に『一中隊名物炭焼き鳥焼きそば☆』のノボリを見つける。

 人ごみを掻き分け、人の少ない場所にたどりついた時だった。

 ごっつんこ。

 甲冑ががしゃんと音を立てる。

 彼の目の前で女の子が転んだ。

 尻もちをついた格好の女子は、左右で結んでいるテールを揺らし、次郎を見上げた。

 白いシャツに赤いリボン、そして水色のスカート。

 金沢で有名なお嬢様学校の制服だ。

 次郎はやばいと思って目をそらした。

 革靴、黒いハイソックス。そして太ももの先にある白い布をチラッと見てしまったからだ。

 女の子は気づいていない。

 だが、狐耳の金髪娘は気づいてしまったらしい。

「目はだめ、目はしゃれにならないって」

 悲鳴を上げる次郎。

 サーシャは得意の目打ちサミングを放っていた。

「また、次郎はラッキースケベしようとしたから天罰」

 冷酷に判決を下していた。

 即効裁判、即時制裁。

 次郎は目を押さえながら、一応紳士的に倒れている少女に手を出す。そして、少女は遠慮がちに手を握って立ち上がった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですか?」

 二人は同時に声を出した。

 二人の手はまだ握ったままだ。

 サーシャは足音を立てながら近づくと、その二人の腕をガシッと握り、無理矢理離そうとする。

 少女はすぐに手を離し、スルッとサーシャの掴んだ手が抜けた。

「大丈夫」

 何故かサーシャが答える。

「私も大丈夫です」

 女子がそう答えると同時にもう一発サーシャは次郎にサミングを放っていた。

「目がああ、目がああ」

 次郎がそうアピールするが、冷徹な金髪娘は無視。

 彼はフラフラと歩き出す。

 すると次郎の顔が柔らかいものに当たっていた。

 背の高い女性。

 頭を下げて歩いたから、ちょうど柔らかい部分がそのあたりにきていた。

 げしっ。

 にぶい音がした。

 サーシャが次郎の肩に上段廻し蹴りをくらわせたからである。

 すると、ますます次郎はぶつかっている女性から離れられず、もがもがともがくことになる。

 なにせ、次郎が体験したことのないような包容力が、ソコにあったからだ。

「すけべっ」

 激昂したサーシャが顔を赤くして罵る。

 ――女子とは違う、サーシャは柔らかい、中村は硬い、じゃ、じゃあ、だ、誰?

「もう、そんなに怒らなくていいのに、おばさんなんだから」

「すけべには制裁! ジロウはわざとやっているから」

 そう宣言するサーシャ。

 次郎は自分のことを心底不幸だと思った。

「あら、おばさんのおっぱいなんて減るものじゃないんだから、ねえ、三和みわ

 そうしているうちに、次郎の視界も回復してきた。

 目に映ったのは、あのカフェに勤めてる桃子やバイトの女性と同じくらいの年齢の女性だった。

 そして納得。

 サーシャとはボリュームが違う。

 風子と比べると、ゼロか百かという世界だ。

 ぼこっ。

 また、次郎は蹴られた。

 ローキックが太ももに入って、とても痛そうだ。もちろん蹴った相手は言うまでもないだろう。

「今比べた」

 次郎は女は怖いと思う。彼の姉もそうだったが、何かしらそういう電波を受信する装置が埋め込まれているんじゃないかと思うときがある。

 特にこの金髪は怖い。センサーが敏感なのだ。 

「お母さん」

 ごっつんこ女子のツインテールが揺れる。

「「お母さんっ?」」

 サーシャと次郎は同時に大きな声を出して驚いていた。

「お母さん?」

 なんで、こんなに驚くのだろうか、そういう目で二人を見ている。

「い、いやすごくお若いので」

 次郎がそう言うと、彼女は驚いたように目をパチパチさせ、そして笑顔になる。

 彼は年上好きのせいもあって、少し顔が赤い。

「やだ、そこの狐のお耳がついたお嬢さんの方がかわいいのに」

 そんな比べ方をしたんじゃないんだけど、と次郎は思いながら、母と娘を見る。すると少女の方がジッとサーシャを見ていることに気づいた。

 ――そりゃ、この格好は目につくよな。

 彼はそう思った。

 その後、当たり障りのない会話をして姉妹みたいな母娘と離れた。そして、やっと焼きそば屋にたどり着いていた。

「おー、少年少女、早く来ないと売り切れちまうとこだった」

 ビール瓶片手に、焼きそばをじゅーじゅー焼いている綾部軍曹が声をかける。

「クロ、二人前」

押忍オス

 黒石上等兵が器用に長方形の発泡スチロールの皿に、焼きそばをのせる。そして、炭火焼していた鶏肉を丁寧に一口サイズに切った後、それを上に盛り付けた。

「右のやつがお嬢ちゃん用な、青海苔入りじゃないから、あれ食うと、女子力落ちるから」

 綾部軍曹は慣れた手つきで魚粉をふり、僕の分には青海苔をまく。

「ジロウ、なに? 青海苔って」

「うーんと、青海苔を食べると、歯にそれがひっついて……残念な女の子になる」

「なるほど」

 妙に感心するサーシャ。

「オシッ」

 体育会系独特の低い声で、黒石は次郎に焼きそばを差し出す。

 次郎は財布から二人分のお金を取り出して黒石に渡すと、お釣りはないはずなのに百円玉を二つ返された。

 彼がびっくりした表情で顔を上げると、油と汗にまみれた黒石のゴツイ顔がニッとしていた。

 二人は後ろのベンチに腰掛けることにした。

 はたから見ると二人仲良く焼きそばを食べているように見えなくもない。

 いつものような喧噪もなく、二人は焼きそばに集中していた。

 サーシャは美味しいものを食べると、機嫌がよくなるタイプの子なのである。

 たまにロシア語も混じりながら美味しい美味しいと言いながら食べていた。

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