第46話「めいどカフェ」

「じゃーんけーん」

「ポンっ」

 緑の勝ち、大吉の負け。

 勝負がはじまったというのに、男子は十連敗中である。

 大吉という名前の割りに、じゃんけんが弱すぎるのだ。

 女子は勝つたびに、どんどん駒を進めていく。

 男子は正面攻撃を企図しているのと、だれも何も作戦を考えていなかったため、当初の隊形は適当、だいたい均等で横広になっていた。

 それに対して女子は、しっかりと作戦を立てていた。

 二手に別れ、一部を正面から、そして主力を大きく回らせて背後を突こうとしていた。

 この武道館の天井にカメラがあるとすれば、ばらばらに散らばる男子と、小さいのと大きい塊のある女子を見て、勝敗が決したことを悟るであろう。

 その位、女子の動きは整斉として、かつ男子の背後を突いていた。

 また、男子が連続してじゃんけんに負けてしまったため、女子はあっという間に男子の背後に回りこみ、包囲の態勢をとっていた。

 男子はこうして女子に背中を晒すことになってしまった。

 そして、この十回目のじゃんけんである。

 射程距離内に入った男子は背後からの女子の攻撃で次々に押され倒れていった。

 この時点で、男子は何もできずに半分近くが倒されている。

 その中には大吉もいた。

 倒れながら大吉は「宮城ー!」と学生長の名前を呼びながら倒れる。

「大吉!」

「あ、後はまかせた……」

 そう言うと大吉は目をつぶり首が力なく垂れた。そして、その眼からは一筋の涙がこぼれる。

「大吉ー!」

 宮城の声を空しく、何も語らない大吉。

「わかった、お前の意思は引き継ぐ」

 そう言って、クールな宮城が燃え上がった。

 クイッと縁なし眼鏡を押し上げ、右手をかざし、男子たちに激を入れる。

「お前ら、まだ諦めてないだろうな、休むにはまだ早い」

「「おう!」」

「いいか、エロにはな、エロにはな」

 バッと右手を振り上げる。

「休む暇なんてないんだっ!」

「「うおおおおお!」」

 男たちの雄叫び。

 士気は最高潮まで達した。

 そしてじゃんけん。

「じゃーんけーん」

「「ぽんっ」」

 十一回目も男子が負け。

 次々と倒される男たち。

 宮城も大吉と同様、あっさり倒され、残った男子にその夢を託すことになってしまった。 

「じゃーんけーん」

「「ぽんっ」」

 十二回目は男子の勝ち。

 ちなみに引き継いだのは次郎だ。

「ちっ」

 メンド臭そうな顔をして風子が舌打ちをする。

 さすがの次郎でも女子がそんなことするのはショックだった。

 怖かった。

 そんな妨害はあったが、男子の反撃が始まった。くるっと回れ右をした男子の生き残り達が、次々と女子を押し倒していく。

 形勢逆転。

 押し倒すといっても、女子には細心の気を使っている。

 間違っても胸タッチなどしないように、手を掴んでひっぱって、または逆に手を押し返して、足を浮かせるようにして倒した。

 女子の悲鳴。

 そんなことをしているうちに男女共に八人だけが生き残っていた。

 女子は風子、サーシャ、幸子そして緑が残っている。

 サーシャは要注意人物である。

「じゃーんけーん」

「ぽん」

 緑と次郎はチョキ。

「あーいこーで」

「しょ」

 緑のチョキに対し、次郎はグーで勝つ。

「なんだ、上田君はバカだからパーで来ると思ったのに」

 緑はさらりとひどいことを言った。

 明らかにキャラが違う。

 あの三島さんからこんな酷い事を言われるはずがないと思っていた次郎は、ショックのあまり、きっとあの中村風子の差し金に違いないと思うことにした。

 あの女子ならありえる。

 そう思うとすっきりした。

「お願いサーシャちゃん」

 男子がじりじりと寄ってくるプレッシャーを受けながら、緑は悲痛な叫びを上げた。

「おう、まかせなっ」

 なぜかサーシャ、兄貴的な受け応えである。

 あの通信訓練のモフモフねずみ事件以来、緑に頭が上がらなくなっていた。

「あ」

 次郎が声を出して「あ」と言った。

 サーシャが滑り込むようにしてぺしゃんこになり、床にすれすれに動いたのだ。そして、床を滑りなが、一人の足首を掴みひっくり返し、もう一人の足を払う。

 倒れそうになった男子が別の男子を掴むようにして、一気に男三人を倒した。

 もう一回転して、次郎の足を絡めようとしたがギリギリ届かず次郎はゾッとするような風を足に受けていた。

 ギロリと次郎を睨む目。

 まさに狩人の目だ。

 貴族のお嬢様っぽい目をしてくれと、次郎は心から願ったがまったく通じなかったようだ。

「反則……」

 そう呟いた次郎の声がトリガーとなり、すでに戦死扱いになっている男子達の間で『反則』の連呼が始まる。

 そうなのだ、蹴りは反則なのだ。

 いや、そもそもじゃんけんで勝っていないのに動いたことが反則である。

 つまり、このロシア娘はめちゃくちゃなことをしたのだ。

「戦死者は黙れぃ!」

 その一喝にびくんと跳ねる男子。

「れぃ、れぃ、れぃ……」

 例外なく反響する声。

 あまりにひどい反則だっため、一応次郎も抗議してみた。

「あ、あの、あれは反則では」

「じゃかあしいわ!」

 サーシャの勢いとその意気込みやよし……そんな理由で反則は許された。

 やっぱりそういう反応ですかと、次郎はゲンナリした顔をする。そして、気を取り直してじゃんけん再開。

 この時点で、男子五に女子七である。

「じゃーんけーん」

「ぽん」

 次郎がまた勝った。

 男五人は囲まれているリスクを少しでも減らすため、おしくらまんじゅうのように、お尻を向きあい、陣地を固めるフォーメーションをとった。

 次のじゃんけんは女子の勝ち。

 女子も固まって動く作戦。

 女子三人で、少し離れたところの男子一人をひっぱり倒し各個撃破を始める。

 男子四に女子七。

 次のジャンケンは男子が勝った。

 反撃。

 引っ張りあい、もつれながら幸子も含め五人が倒れ、男子三に女子二になってしまった。

 男子の腕力がやはり勝っているからか、勝負は見えたかのようだった。

 さて、じゃんけんをしようかと構えたその刹那だった。

「サーシャちゃんにメイド服を着せたいの……」

 ぶつぶつと緑がその言葉を連呼する。

「サーシャちゃんにもふもふのかわいい服を着せたい……」

 その声を聞いて一番怯えた顔をしたのはサーシャだったが、構ってられない。

 緑が跳んだのだ。

「特攻野郎ー!」

 意味不明な掛け声。

 男子一人に抱きついた。そして、不意のことに対応できず、その男子が倒れそうになったのを何とか支えようとしたもう一人も道ずれに倒れてしまった。

 死を覚悟したダイブ。

 かわいそうな男子の上にまたがるようにして緑はヒヨコ座りをしたまま、瞳から涙をこぼした。

「ごめん、ふーこちゃん……私、先にいってるから……」

 そう言って目を閉じた。

 ある意味、下敷きになった男子はラッキースケベではるが、そこはどうでもいいことなので触れないで置く。

 とにもかくにも、そこに残ったのは次郎と風子だった。

 風子がゆらり立っている。

 あんなに、腐ったマグロの目をしていたのに、その瞳には光が戻っていた。いや、光どころか炎が立ち上っていた。

 風子は燃えていた。

 姐さんである。

「あんたたち、よくも緑ちゃんを……」

 ――勝手に跳び込んだのはあいつだろうが。

 というツッコミを次郎は入れようとしたが、これ以上、口鉄砲で火に油を注ぐと面倒なことになることがわかりきっていたので、口パクするにとどまった。

 復讐の炎が、彼女の腕に宿る。

「じゃーんけーん」

「「ぽん」」

 気合一閃。

 風子チョキで次郎がパーだ。

「やっぱりパーだ」

 ほほほほほっと高笑いする風子。

「いくぜ」

 風子はキメ顔でそう言うと、一歩、ピョンと飛んで次郎の側面に回り込んだ。

 両手をすうっと伸ばし、次郎の肩を押す。

 負けじと不利な姿勢のまま、次郎はその両手を払おうとした。

 激しいつかみ合いが始まる。

 一分以上、そういう駆け引きがある中、とうとう風子は次郎の腕を掴みとることができた。

「とったどおお」

 雄叫びを上げる風子。その瞬間、次郎は大人気なく柔術の技――掴まれた手の角度を変えて、掴んだ相手の手首関節を極める技――を使い、彼女を前のめりに崩した。

 次郎も一応、負けず嫌いなのだ。

 彼女は「ふんっ」と男らしい気合を入れて、低い姿勢で踏ん張るが、がまんできず次郎の方向に倒れ掛かる。

 思わぬ方向から来たため、次郎は情けない声で「あわうわうわ」と悲鳴を上げながらも低い姿勢をとり、彼女を押し返そうと両手を突き出した。

 あとはお約束だ。

「あ」

「あ」

 次郎と風子はそのままの姿勢で固まった。

 エイヤーと応援していた男子も女子も静まり返る。

 押し返そうと伸ばした手。

 次郎は風子の胸を押していた。

 彼が次のショックを受ける直前に見た光景は、真っ赤に顔をした風子が何か叫び声を上げたところだった。

 体育館に気持ちいいぐらい響く破裂音。

 風子が平手で次郎の頬を打っていた。

「やめい! そこまでえいっ!」

 小山先生の叫び声。

「でえい、でえい、でえい……」

 反響の余韻を打ち消すように、ずかずかずかと歩いてきて、次郎と風子の目の前に立つ。

 小山はさっきのスーツ姿から着替えたのであろう。

 上半身の半そでラガーシャツからはみ出ている筋肉がぴくぴくと動いている。

「これが答えだ」

 右手をバッと開き、腕を地面に水平に伸ばし、学生にかざしながらぐるっと回転する。

 固まったまま動けない次郎。

 未だ、その手は風子の胸にある。

 げしっ。

 変な音がした。

 サーシャが次郎に跳び蹴りをいれたのだ。

「いつまで、くっついている気」

 そう彼女が言った。

 ドスンドスン。

 そんなサーシャの行動も気にせず、地面を揺らしながら歩いていく小山。

 武道場の黒板。

 ガッ。ポキ。ガッ。ポキ。ガッ。ガッ。ポキ。ガッ。

 チョークは無残に折れながら、その任務を全うし、黒板に文字を残していく。

 でかいくて荒い字だ。

『冥』

 冥王星? 幸子はそう思った。

『土』

 土星? 大吉はそう思った。

『カ』

 チカラ? 風子の頭の上には「?」が点滅する。

『フ』

 ふー? 緑の目が輝いた。

『エ』

 冥土カフェだとっ。

 宮城は興奮して立ち上がった。

 ばーん。

 黒板に手のひらを打ちつける小山。

 そして無駄にゆれる武道館。

「冥土カフェ」

 黒板消しが無残に床に落ちる。

「即ち、男女の合体! お化けのドキドキで恋愛の雰囲気アップ! 男女冥途コスプレで高感度アップ!」

 幸子は開いた口が塞がらない。

 小山は学生達を見渡して、口を開いた。

「別の学校からも学生は来る! せっかくのチャンスだ! ものにせよ!」

 ドーン。

 黒板がもう一度叩かれる。

「小山先生、物品愛護の精神を忘れないでください」

 静かに笑顔のまま鈴が言うが、小山は聞いていない。

 ゲシゲシ。

 そんな混乱のなか、サーシャは相変わらず次郎を蹴っていたが、止まる。

 サーシャにも黒板の文字が目に入ったからだ。

 次郎がガードを緩め見上げると、彼女の目はさっきまで風子がしていた死んだ魚の目と同じになっていた。

 次郎も黒板を見る。

 口を開けて、脱力した。

 一方、緑は目を輝かせてぶつぶつ言っていた。

 何かよからぬ想像をしているのかもしれない。

 ドスン。

 小山が一歩地面を踏み込む。その音で学生たちが振り向く。

「いいか! 命は短い! 少年少女よ恋をせよ!」

 胸の筋肉が無駄に踊る。

 そんな訳で、少年少女たちは妖怪だ、幽霊だ、ゴスロリがいる喫茶店をすることに決まった。

 すなわち冥土カフェである。

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