第45話「ならば決闘だ!」

「学校祭について説明します」

 教壇に立っている中尉の階級章をつけた真田鈴サナダスズは、笑顔のまま話を始めた。

 男子の間では人気が高い女性教官である。

 上田次郎はそんな鈴よりも、同じく中尉の日之出晶ヒノデアキラの方が好みであった。

 鈴は童顔で年相応に見えないが、晶はいかにもお姉さんという感じなのだ。

 彼はシスコン。

 年上好きの男の子である。

 ――あの冷たい感じ、命令されたい、なんでもします、させて下さいって言いたい。

 表情を変えることなく、そう思っている。

 けっこう残念な少年であった。

「先輩達から聞いていると思うけど、ここの駐屯地記念日」

 鈴は黒板に『午前』『午後』『夜』と書いた。

「午前中はオモに式典、このあいだ海軍でやったようにパレードね、それから一般の大人たちは出店、けっこう子供からお年寄りまでいっぱい来るから……そして、あなたたちは教室とかを使って出し物をするんだけど」

 女子の一人が手を挙げて「どんなことするんですかー」と聞いた。

「演劇とか、文化展とか、普通の学校で言うところの文化祭」

「そして、夜は大人たちはお酒が入ってただの宴会になるんだけど、みんなは体育館でダンスパーティー」

 がやがやと教室。

「青春でしょー」

 真田中尉が楽しそうに言った。

 ――ダンスパーティーって何それ。

 眠たそうな目が一瞬だけ訝しげな感じになるのは中村風子だ。

 古風すぎる、そんな出し物の何が楽しいのか、彼女はまったく理解できなかった。

 鈴は話を続ける。

「ちなみに各中隊が出店も出してて、食べ歩きとかもこの日はオッケーだから……うちの中隊の焼きそばは絶品って噂知ってる? あの人事の変なおじさんいるでしょ、綾部軍曹っていう、その人が元締めなんだけどね、もう気が早すぎて昼休みには調理場で『秘伝のソース』とかいって怪しいものを煮込むぐらい気合入ってるんだけど」

 風子は説明をする鈴の笑顔が少しだけ変わったのをなんとなく感じた。

「うちの中隊のは本当に美味しいから、食べにきたほうがいいよ」

 と、言うと鈴は真面目な顔に戻った。

「ということで、今から教室の出し物を決めます……小山先生いいですね」

 無駄に筋肉から熱を発している小山が頷いた。

 今日はスーツを着ているというのに、その筋肉の存在感は凄まじい。

 この教室にいる学生たちの間でずっと緊張感が流れていた原因はこれである。

 教壇のそばの椅子に腰掛け、無言のまま筋肉教師が腕を組んで目を閉じていた。

 そんな緊張感を残しながら、けん制し合うように学生たちはがやがやと話を進めていた。

 学生長――学級委員長のようなもの――の宮城京ミヤギキョウが、クイッと縁なし眼鏡を押し上げ、そのクールな出で立ちのまま案をまとめている。

 そんなこんなでいつのまにか何やるかの二大派閥ができあがっていた。

 男子『お化け屋敷』と、女子『メイドカフェ』である。

 お化け屋敷の主張。

 男子曰く「子供向けのアトラクションで子供の笑顔が見たい」などと言っている。

 メイドカフェの主張。

 女子曰く「カッコいいことしたい」などと言っている。

 もちろんそんなことは表の話であり、お化け屋敷の狙いは『女子の悲鳴を聞きたい』とか『できれば触れ合いたい』など。

 男子代表である松岡大吉マツオカダイキチが男たちに熱く語りながら音頭をとっていた。

 一方女子は女子で『かっこいい男子にかわいい格好で近づきたい』『できれば……』など。

 どっちもどっち、下心満載である。

 宮城が多数決を取って決めよう……そう口を開こうとした瞬間。

 教壇の隅から熱風が吹く。

 小山は聞こえるはずもない効果音を出しながら立ち上がっていた。

 現に学生たちにはドドドドドと地鳴りのような音が確かに耳にしてる。

 教壇の中央に立つ小山。

 ギロリと学生達を一望する。

「ならば、討論だ! どちらにするか、気が済むまで話し合え!」

 教壇の机をドーン。

 ドーン。

 備品を壊さないでくださいと訴えるような笑顔を向ける鈴。

 とりあえず言われるがまま討論をはじめる学生。

 それぞれの代表者が立ちあがり意見を言い合う。

 メイドカフェの首謀者はいつもは大人しい三島緑ミシマミドリだ。

 今日はなんだか、小さい体がいつになく大きく見える。

 お化け屋敷の首謀者は大吉。

 わっしょいわっしょい言いながら、周りを囃し立て走り幅跳びを跳ぶ前の陸上選手の様に手を叩いてリズムを取っている。

 そんなふたりとは対照的に中村風子は死んだマグロの目をしてその光景を見ている。

 まったく興味がない、ただの傍観者である。

 それどころか、メイドカフェというのに女子が傾いたところで、マグロの目がポロリと零れ落ちて、真っ黒な空洞になっていた。

 皿洗いを所望する。

 彼女の顔にはそう書いてあった。

「ふあああ」

 あくびをするのはサーシャ。

 ロシア帝国の貴族にエチケットがあるのかどうか心配になってしまうような大あくびだ。

 そんな緊張感と倦怠感が包む教室で小山が大きく手を広げた。

「はじめい!」

 教室に揺るがすような大声。「めえい、めぇい、めぇぃ……」と、反響している。

「お化け屋敷なんてベタすぎる! 男子が女子に痴漢行為をして喜びたいだけ!」

 最初に口火を切ったのは緑だ。

 普段からは想像できない攻撃的な口調。

 ――そんなにメイド服が着たいのか。

 次郎はそう思うが野次はとばさない。

 こういうことに巻き込まれては面倒なことになることは承知している。

 女子がらみは危険信号が鳴りまくっていた。

「メイドカフェなんてベタすぎる! 女子が男子にかわいいをアピールしたいだけ!」

 応戦するのは同じく攻撃的な口調の大吉。

 その瞬間だった。

 大吉の体がビクンと飛び跳ねる。

 ドオオオオン、そんな音が教室に響き渡ったからだ。

 小山が机を叩いていた。

「まてえい!」

 そして、叫ぶ。

「てえい、てぇい、てぇぃ……」

 眠っていたサーシャも目を覚まし、何事かと小山を見る。

 一方風子は、未だマグロの目のままだ。

「これでは話は平行線のままだ! 決闘しかない!」

 と言いきる小山。

 まだ、一言づつしかしゃべってないというのに。

「先生……備品、壊れますから、もう叩かないでください」

 彼は話の途中で鈴に注意され、ペコリと頭を下げる。

 だが、すぐにぐっと顔を上げた。

「ならば、決闘だ!」

 なぜか二回も言った。

「全員十分以内! ジャージに着替えて武道館に集合せよ!」

 そう宣言した後、教壇の状況を見て「真田中尉、壊れていない、少し曲がっただけで、大丈夫だ」なんて言い訳をしていた。



 決闘である。

「それじゃあ、ルールを説明」

 じゃんけん相撲で陣取りゲーム。

 ルールを簡単に説明する。

 一、二手に分かれる。

 二、じゃんけんを代表者がする。

 三、勝ったら一歩進む。

 四、押し合って、相手を全員倒す又は敵の足を浮かしたら勝ち。

 ちなみに、禁止事項は顔面を掴む、蹴る、殴る、噛みつく、禁止事項をしたら、小山が個人面談をすると脅している。

 お化け屋敷は男子。

 メイド喫茶は女子。

 強制的に男と女の戦いになっていた。

 どうでもいいと思っている日和見の次郎、風子、サーシャなどは一応同性の陣営に入っていた。

 しかしこの決闘、明らかに分は男子にあるように思えた。

 楽勝ムードの男子。

 男子女子共に作戦会議を始めた。

 『とりあえず早く女子陣営に飛びついて、とりえず倒していく』という作戦にもならない作戦。

 作戦よりも話題になるのは「お前、あいつのところに飛んでいくなよ」とか「どさくさにまぎれて手ー握ったりするんだろ」なんてことで盛り上がる始末。

 そんな当たって砕けろ作戦を指揮するのは大吉。

 彼が男子の前に出て、その小さな体を目一杯背伸びするようにして大声を出した。そして激を飛ばす。

「男子の興亡この一戦にあり、各々覚悟されたい!」

 大吉、のりのりである。

 失恋――自爆――から次の目標に向かう姿に、男子たちは眩しさを感じるぐらいだ。

 円陣を組み、真ん中に大吉が立つ。

「おばけやしきーーファイっ!」

「「「オー!」」」

 大吉は右手を高くあげ、女子の方を流し目で見て、そしてキメ顔で言った。

「でも、優しさは忘れるなよ……」

 女子は誰も聞いていなかった。

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