第40話「おとしまえ」

 今回の揉め事はもちろん大人たちの知ることとなった。

 さすがに、派手に立ち回ったものだから次郎もサーシャも制服が汚れてしまったからだ。

 何があったと真田中尉に聞かれたら、うそはつけないので海軍の陸戦隊とかいう変な人に絡まれましたと答えるしかなかった。

 二人が真田中尉に事情聴取を受けているうちに、中隊長まで出て来た。

 事の顛末を伝えると、真田中尉は怒りを露にしていた。

 女の子に手を出すなんて許せないと思っているのかもしれない。そして、あまり感情を出さない中隊長が、その自分の坊主頭を撫でにっとした後、口を開いた。

「相手は海軍陸戦隊、それを率いていたのは大川少尉で間違いないな」

 真田中尉が答える。

「大川中将の息子ですね……この基地司令の」

 ヘラヘラした綾部軍曹が口を挟んできた。

「大川の野郎は陸戦隊でも手間取っているらしい、司令のご子息だから、内輪じゃあ、お痛できないって」

 中隊長は軍刀の柄を握り、目をつぶる。

「やられたらやり返す、お灸をすえる」

 いつの間にか、その道を極めたような極悪な顔をした先任上級曹長である中川が口を挟んだ。

 あまりにもドスの効いた声だったので、次郎はびくっとしてしまった。

「先任!」

 中隊長がそういうと、中川が頷く。

「相手も言うこと聞かない若い奴らでしょう、うちも若い者にやらせましょう、陸戦隊の本部には仁義をきってきます」

 中隊長は、座った姿勢で軍刀を両足の間に立てるようにした。

「林!」

「はい! 林少尉、現在地!」

「綾部!」

「おーっす!」

「決まりだ、かなり私的な命令だ、いいな」

「了解!」

「オス!」

「命令、大川のガキを吊るせ」

「林少尉、指揮を取り本日中に奴を吊るせ」

「了!」

「綾部軍曹、若いのかき集めろ」

「ウス!」

「かかれ」

 そう言った陸軍の大人たちはどこか楽しそうにしていた。

 次郎はその不思議な雰囲気を前に、呆然としていた。



 大人たちが狩をしているうちに、子供たちは学校に戻っていた。

 ちょうど、彼らを輸送していた車からおりると、潤にサーシャと次郎は呼び止められた。

「そうだ、サーシャちゃんにこれを」

 ジュンさんがポケットからスマートフォンを取り出す。

 サーシャは咄嗟に奪い取ろうと手を伸ばすが、珍しく空をきる。

「さっきの場所で拾ったんだけど、だれのかわからなくて中身聞いちゃった」

 と満面の笑みの潤。

「画面の指紋は消したほうがいいよ、暗証キーばればれだから」

「返して」

「いやね、ちゃんと旦那に見せてあげないと」

「え、ちょっと」

 サーシャは大慌てになる。そして潤に釣られるようにして、次郎から離れた。

「あ、そうそう、結構恥ずかしいからこれ」

 ぽちっとスマフォ画面に触れる。

 そして、サーシャに見せた。

 それは次郎の写真だった。

 りんご飴を買いに行く後姿。

「あのね、先輩の助言なんだけど、こんだけ気になるんだったら、下僕とかそういう言葉は使わないほうがいいよ、素直になったらどお?」

 それから潤と二、三言話した後、次郎の近くに戻ってくる。

 手にはスマフォ。

 サーシャは目を伏せがちだった。

 そんな彼女と次郎は目が合う。

「な、なに?」

 目が合って、わかりやすい反応をするサーシャ。

 たまにはこういう素直な顔をするんだなあ、と次郎は思った。

「先輩が言うとおり、もうあの賭けとかそういうの忘れて、自然にしよう」

 次郎は納得した顔でそう言った。たぶん、下僕とかそういう言葉が気になって助言してくれたんだろうと彼は思っている。

「は?」

 帰ってきたのは、サーシャのうんざりした顔。

「え?」

「何言ってるの、上田次郎、あなたは正当に私の下僕だから」

「なんだよ正当って」

「男の賭け、したでしょ」

「女子、女子」

「やかましい、細かいことは気にするな」

 そんなやり取りをしていると、ちょっと離れた方から潤が冷やかすような声を上げた。

「君達、ほんとお似合いだよね、デートでいちゃいちゃするところをウォッチしてたけど、プレゼントはするわ、間接キスしまくるわ。お兄さんはどっきどきだったよ」

 見る見るうちにサーシャが赤面する。

「次郎君、家族計画は卒業してからだからね」

 潤は続ける。

「うん、そこの作法は、僕が責任をもって次郎ちゃんに教えるから、サーシャちゃんは安心して、大丈夫たぶん世界共通だから、ちゃんと丁寧にできるように教えるから」

 ニヤニヤしている潤。

 隣の落合もむすっとした顔のまま口の端を上げている。たぶん、笑っているようだ。

 赤面するサーシャと次郎。

 何も言い返せない。

 カキ氷を思い出したから。

 次郎は軽率だったと思った。

 そういえば女の子の食べかけだったんだと、今更思っても仕方がない。

 彼らは絡んできた海軍陸戦隊の男達の時と同じように、先輩二人を無視することしかできなかった。

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