第29話「奴隷になりますか、それとも胸を触りますか」
――機械オンチはあんまり関係なさそうな無骨な兵器だし。
「『習うよりも慣れろ』さっそく装着して今日は歩行練習を実施する」
ええー。
大半が女子は声を出さず、口を開けて嫌な顔をする。
サーシャは目をキラキラさせ、幸子は訝しげな表情のまま、そして風子は腐ったマグロの目をしていた。
反応は人様々。
サーシャは機械の薀蓄などはどうでもいい。
とにかく兵器に触りたかった、乗りたかった。
男子もサーシャと同じ考えの者が多数派だった。
退屈な説明を聞くよりも断然楽しそうなので、ほとんどの者がうきうき喜んでいる。
「では、まずは十分間休憩」
右手でタバコを吸う真似。
――いや、僕達未成年ですから。
さすがの大吉も小声でツッコミを入れるが、林少尉の耳に入るほど大きな声はだせなかった。
案外びびりな大吉。
そうやって休憩しているうちに、幸子がお手洗いから戻ると、次郎と金髪娘のサーシャが揉めているような……いや、一方的にサーシャが攻撃しているような感じで会話、いや言い合いをしているのを見かける。
「ふふふふふ」
サーシャがベンチに座っている次郎の肩を抑えるようにして手を置き、そして彼の目の前に立っちはだかっていた。
次郎はとても迷惑そうな顔をしている。
一方サーシャは地鳴りでもしそうなオーラを漂わせながら笑顔を作っている。
「な、なんだよ」
彼は彼女に気負されてしまったのだろう。
か細い声で言い返していた。
「勝負ね」
「何の?」
「理解できないの? 相変わらず想像力のない脳ミソね」
「おい……」
「あれをうまく使えるかどうか」
「あんな先進的な装備、留学生はだめなんじゃ」
ああ、やっと西の帝国にもまともな考えをする人間がいた。
二人の会話を盗み聞きしながら安心する幸子。
――私たち留学生が触れるはずがない。
そう幸子は思っていた。
確かに四月にあった戦車の研修とか通信関係の取り扱いについては、留学生は蚊帳の外だった。
「ロシア帝国にはこんな装備先進でもなんでもない、あれから学ぶ技術なんていらない」
エッヘン。
そんな感じで次郎を見下ろしている。
「教官は『どうぞご自由に』という感じだった」
次郎はため息。
「教官も面倒くさいと思ったんだろうな、どうせ食下がるんだろ、乗せろーって」
「侮辱? 殴られたい?」
「いや、一般論」
幸子はここにも疑問がある。
サーシャは友好国の留学生のくせして、どうしてこんな風にこの国の男子につかっかているのかと。
それが理解できず彼女は訝しげな顔をしていた。
「私は一般を超える人間」
「あ、そう」
「あ、流した、侮辱?」
「いいえ違います」
ふんっ。
とサーシャは鼻を鳴らした。
「しょうがない、まずはあれをどっちが早く乗りこなせるか勝負」
「いや、しょうがないっていうのも、勝負っていうのもまったく理解できない」
次郎の言葉に幸子は心の中でうなずいた。
――真っ当な反応。
面倒臭げに次郎はサーシャを見上げるが、すぐに目をそらす。
顔が赤い。
ふと気づいてしまったからだ
座った状態で立っている彼女を下から見上げると、胸が強調して見えるのだ。
つい意識してしまう、そんなむっつり高校生男子。
「負けたら?」
顔を上げずに彼は質問した。
赤面してしまった顔をごまかそうと必死である。
「そうね、負けたら私の配下にしてあげる、私が負けたら手を握ってあげる」
「勝負しません」
「……軟弱物」
相変わらず流暢な日本語をあやつるサーシャは、わざと『物』を強調する。
サーシャが一歩下がった。
「おっぱい触らせてあげる」
そう言いながら彼女は上半身を折り曲げ、座っている次郎の顔に彼女の顔を近づけた。
さすがにその仕草は盗み見盗み聞きしている幸子をドキッとさせた。
――やっぱり、西側の人間の文化は退廃的……破廉恥な!
表情を変えることなくツッコミ。
幸子も忙しい。
「いや、奴隷と触るじゃ等価交換じゃないだろう」
と彼はいいつつ、勝負する気が沸いてきた。
おっぱい万歳。
それがたとえこの痛い女子のものだとしても。
しょうがない年頃。
「じゃあ、成立ね」
「ちょっと、日本語わかってるのか?」
「わかるはずないでしょう。ロシア人なのに」
しれっと答えるサーシャであった。
「休憩終了一分前ー! 集合ー!」
週番学生――普通の学校の日直の一週間バージョン――が大きな声で集合をかける。
そして学生が集り終わると、教官の林に対しそのことを報告した。
報告を受けた後、腰に腕を当てた状態で立っている林は、二体の軽歩を指差した。
「それでは、まずは現役兵隊による展示からはじめる、その後実習だ、今日は現役がワンツーマンで付くからしっかり操作を教えてもらえ」
拡声器を取り出し「実施!」と鋭い声で指示をすると、軽歩は動き出した。
学生たちの目の前で二体の軽歩が走って跳んで宙返り……体操選手の様な事をやっている。
急制動、そして匍匐前進、立ち上がった後に二体で向き合い、格闘を始める。
林が「やめ!」と拡声器で怒鳴るような声を出すと、軽歩はスッと間合いを切り学生の前に歩調を合わせて歩いてくる。
「軽歩は兵士への負担が限りなく減らせるように設計されている、展示した者についてもこのとおり」
大げさに軽歩の方に腕を振って注目させる。
軽歩の前の部分が開いて中の人の顔と上半身が出てきた。
「見てみろ! ぜんぜん体力を消耗していない!」
プシュー。
そんな音が聞こえそうなぐらい、前のハッチが開いた瞬間、もわっとした湯気が飛び出てきた。
もちろん中の人は汗だくで、こめかみに血管浮かせ、肩で息をしていた。
しかしながら、痩せ我慢をしているのだろう。
平気そうな、涼しい気な表情を作っていた。
――思ったよりも、我慢強いのかもしれない。西の帝国の人間は……軟弱者ばかりと聞いていたけど。
どうでもいいことをチェックする幸子。
――あ、ぜーぜー言っている。
――ぜってー、やばいってあれ。
次郎と大吉はコソコソ言い合った。
「見てみろ操縦手のこの涼しい顔を、君達もこのぐらいまで上達させる、そのため今日からビシバシやるからな」
学生のほとんどがげっそりした顔をした。
表情を変えないのは幸子、目をキラキラさせているのはサーシャ。
元々げっそりどころか死んだ魚の目をしているのが風子であった。
「わかったか!」
「「はいっ!」」
強制的に『はい』を言わせる『わかったか』である。
「よし」
教官は満足そうな顔をした。
その反面、学生はますますげっそりした顔になってしまった。
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