第28話「軽歩兵補助服」

 次郎は機械が苦手である。

 今どきの高校生にしては珍しく。

 電子機器全般の取り扱いが苦手。

 電子レンジはチンすると違う食べ物に変化するマシンへと変わる。

 テレビはドキュメンタリー番組を録画したと思っていたら、女性が『ギル○~メッ~シュ』とエッチな感じで囁く番組が再生されたりする。

 もちろん家族の前で。

 姉の不敵な笑み。

 母親のドン引き。

 父親の沈黙。

 機械に触れれば不幸が生まれる

 そんな星の下に生まれている。

 その機械と触れ合うような訓練を目の前にして、普段不平不満は口に出さない彼は珍しくぶつぶつぶつぶつ文句を言っていた。

 モニターの光。

 体全体を覆う様な鉄の圧迫感。

 近くの音が直接鉄板を通して聞こえる。

 どこか遠い音に聞こえる様な独特な感じ。

 薄暗く写る床の画像を睨みながら、彼はもがいていた。

 軽歩兵補助服ケイホヘイホジョフク

 彼は途方にくれながら、だから機械は嫌いなんだと心から思った。



 部隊実習も一週間が過ぎ、基本教練――右向け右、左向け左などを永遠にやる――や体育訓練、そして小銃ライフルの取り扱いなどの基礎的な訓練は一通り終わっていた。

 駐屯地にある大きな格納庫。

 先週は別々であった男子女子。

 この格納庫の前で行われる訓練は男女合同であった。

 格納庫には、OD――軍隊っぽい緑色――に塗られた、成年男子よりも一回り大きい軽歩兵補助服が整然と並べられている。

 そこで学生達に対してその機械人形の教育がされていた。

 だが、極東共和国からの留学生、山中幸子――ヒガシと言われると気分を害する――は解せない気分になっていた。

 教官の林少尉が学生達を前に立って説明をしているが、その教育の内容が解せないわけではない。

「これが軽歩兵補助服、通称『軽歩ケイホ』、外骨格型で軽装甲の……」

 現役の若い兵隊二人で木の棒を抱えている。

 そこに吊るしたA1サイズの紙がさっきから林が説明しているチャートであり「次」と言うと、抱えている兵隊がそれがめくる。

 でかい紙に説明も絵柄も手書きで描いてあり、手造り感が半端ない。

 学生達は、その電子機器があーだこーだ、駆動方式はあーだこーだと聞いている。

 最先端の技術を使用しているはずなのに、目の前のチャートが反比例してアナログなものだから、なんとなく拍子抜けをしていた。

 それは幸子も同じだ。

 だがそれが解せない理由ではない。

「軽歩は補助服の名前の通り、人間の運動を補助する機械であり、着用した者は何も装備していない状態と同様の行動ができる、そして七.六二ミリ小銃弾の直撃も耐えうる装甲も付いているのがこれの特性だ」

 軽歩の全体像――もちろん手描き――に『特性』と書いてる説明文を指し棒で示す。

「はい、次」

 その合図でチャートを持っている二人は、フンっと気合を入れてめくる。

 ――なぜそこで気合。

 幸子は頭の中でツッコミを入れる。

 次のチャートは、なぜか汗だくで困っているような防弾チョッキを着た人間が描かれているページ。

 ――いちいち、ふざけている様に見えるのは気のせい……?

「従来の防弾チョッキは、人体の主要部分にだけにしか直撃弾を防護できるプレートはなかった。しかもそれを詰め込むと、重さ二〇キログラム以上もあり行動を制約していたが……」

 これだ、こういうことに対して彼女は疑問を持っていた。

 軽歩と言えば、この帝国の陸軍力のカナメであるはずなのに、留学生なんかにこうやって説明してもいいのだろうかと。

 そしてチラッと同じ留学生のサーシャに目をやる。

 彼女はつまらなそうな顔をしてあくびを噛み殺している。

「問題は電池だ、大量の電池が必要だ……あと充電のための発電機」

 ――ロシア帝国はまだ友好国だからわかるけど、共和国の私に弱点なんかを聞かせて大丈夫なんだろうか。

 彼女は敵国の事情までついつい心配してしまうような子である。

 ――やっぱり、西の奴らは馬鹿だ。

 ムスっとした顔のままそう結論付けた。

 幸子。

 根がまじめであるから、こういうふざけた事は気になってしょうがない年頃なのだ。

 一方次郎は、別の事情で我慢の限界に達していた。

 チャートの絵がかわいすぎるのだ。

 気になってしょうがない。

 文化祭の出し物チックな絵。

 ひどすぎる。

 それだけならがんばってまだ我慢できる。

 それを林少尉は真面目に説明してるわ、チャートを抱えるごつくて怖い顔兵隊はムスっとしたまま立っているわ、もうそういう姿が堪らないのだ。

 次郎はこういうのに弱い。

 もう笑いがこみ上げてきて声を出して笑いそうになってきた。

 それを必死に堪えてはいる。

 だが、顔の皮膚のしたがむずむずして、どうしても顔がもぞもぞ動いてしまった。

「……おい、上田」

 林少尉が、次郎の目の前に立っていた。

「さっきから、お前に質問しているんだが」

 ――あちゃ。

 次郎はそう思ったがもう遅い。

「何ニヤニヤしているんだ、まじめに授業を受けろ」

 ペチペチ。

 さっきまでチャートを突いていた指し棒で次郎の頭を連打。

「す、すみません」

 謝罪の言葉を林は無視する。

「ちょっとこい」

 ずるずる首根っこを捕まれるようにして、学生の前に引きづられていく。

「防弾チョッキを着たことがある者?」

 手を上げて林が尋ねる。

 誰も手を挙げない。

 それはそうだ、中学生で軍事用の防弾チョッキなんかを着ていたらいかがなものだと思う。

 ちなみに幸子は着たことがあったが、いちいち教官の言うことに反応するような子ではない。

 相変わらずムスっとした顔のまま、成り行きを見守っている。 

「そっか、では防弾チョッキがどんだけ重いか体験したいもの」

「「なーし」」

 さすが、きつい事に対しては反応が早い。学校生活一ヶ月の成果である。

「それでもどれだけ重いか知りたい者」

「「はい!」」

 返事も早い。

 返事を聞く前から、次郎はもっさり重そうな防弾チョッキを着せられているからだ。

 お約束。

「どれだけ運動できるか知りたいです」

 とニヤニヤして煽る大吉。

「どれだけ人間が耐えれるか知りたい」

 とすました顔で煽るサーシャ。

「そうか、では」

 そっけない感じで言う林は目だけ笑っている。

「学生代表として果敢に前に出てきた、上田次郎に試してもらう」

 学生、パチパチと拍手。

 次郎は出てはいない、ただ引っ張りだされただけなんだけど、と思ったがどうしようもないので観念した。

「腕立て伏せ用意!」

 ――ほら腕立てはきついだろう。

「スクワットジャンプ用意!」

 ――ほら、もっと飛べ。

「空気椅子用意!」

 ――ほら、腰を上げろ。

 軽い拷問。

 次郎はぜーぜーと息を切らしながら、勘弁してくれという視線を教官と学生に向ける。

「このように従来の防弾チョッキは人の行動に制限を与える、よくわかったかな」

 と林がまとめようとするが、すぐに学生の方から声があがる。

「よくわかりません」

 と大吉。

「もっと、過酷な環境下でどうなるか知りたい」

 とサーシャ。

 わいわい。

 軍事関連の教育全般にまったく興味のない中村風子、そしてこの雰囲気が解せない山中幸子と他数名を除き学生は盛り上がっていた。

「お前ら、本当に同期への思いやりがあるな」

 ははっと楽しそうに笑いながら林は言うが、さすがにバテバテになっている次郎がかわいそうに思えたのだろう。

「ま、こんなところで許してやろう」

 と言って、次郎の肩をポンポン叩く。

 そして防弾チョッキを脱がせた。

「いいかー、教官の話はちゃんと聞け」

 脱ぎ置かれた防弾チョッキをちょんちょんっと叩きながら「体で覚えてもらうからなー」と、怖いことをサラリと言った。

 林はチャートに戻り、説明を続けた。

「この軽歩はあくまで補助であり、身につけている物の重さを『無い』様にするだけで、スピードが上がるわけではない、はい次」

 チャートがめくられ、軽歩よりもごつい感じがする人型の機械が二つ描かれた絵を指差した。

「うちにはないが、陸軍は他に中歩兵装甲服『中歩』と重歩兵装甲服『重歩』があって、人型の装甲車とか戦車のような働きをする装備もある」

 そして、女子達の方に目を移す。

「これによって、女性の前線での活動が可能になった画期的装備だ」

 ――そりゃーまた、迷惑なものを作って。

 大半の女子がそう思ってため息をつきそうになる。

「君達は一年生の間にこの軽歩の操作方法を身につけてもらう、まあ、ちょっとしたコツがあるからすぐに自由に動けるようになるわけではないが……だれでも使えるようになる、自動車運転免許と同じようなものだと思ってもらいたい、あーちなみにコツといのは自転車とか一輪車とかに乗る感覚の、ああいうタグイな」

 つまり、楽勝。

 そういうことかなっと次郎は思った。


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