第111話「車懸り☆男クラ」

「車懸り!?」

 次郎は一瞬足を止める。

 三中の十騎。

 大将と参謀であるボブ二騎を中心にして周りを八騎で囲んでいた。

 その迫りくる陣形はまるで四枚羽の回転するプロペラ。

 その羽の部分は二騎。

 それは衛星画像で見る台風のような動きをしている。

 次郎とサーシャは当たった瞬間、敵は止まることなく突進してきた。

 一枚の羽根が当たると、止まることなく次の一枚が回ってくるのだ。

 彼らに一撃を入れた二騎が大将を中心に反時計回りに動き、そのまま通りすぎた。そして、すぐに次の羽である二騎が次郎達に迫ってくる。

 彼はその陣形を看破したがもう遅い。

 サーシャと次郎はそのプロペラに飲み込まれる。

 右翼にはじかれるように間合いをきる。

「あんな難しい動きを」

 そうとう練習したに違いない。

 なにせこの陣形はタイミングが難しい。

 大将とボブはただ前進しているだけだが、周りの八騎は前進しながら回転していた。

 四人一組の人間騎馬だからできる芸当なのかもしれない。

 乗馬している人間は格闘戦だけに集中し、騎馬は一定のスピードを守り、決められた軌跡描くことに専念する。

 自分の役割を認識し、忠実にやるべきことにやる。

 恐るべし、男クラの団結。

 恐るべし、男クラの規律。

 そんな三中騎馬隊が目指す目標は、幸子が指揮をする水鉄砲隊十名だった。

 それを迎え討つ幸子は鉄砲を構える方陣は動きを止めている。

 ――敵の後ろに主力が追いつくまでがまん。

 覚悟を決めた幸子。

 スッと手を挙げる。

 一〇メートル、八メートル、六メートル。

 水鉄砲の間合いに入った。

「撃てぇ!」

 幸子のよく通るアルトの声が響く。それと同時に、三つの水しぶきが飛んだ。

「次っ!」

 間髪を入れずに二列目が射撃した。

 目の前に迫った騎馬が崩れる。

 間合いは三メートル。

「次っ!!」

 幸子が叫ぶと同時だった。

「突き崩せ!」

 三中の大将が叫ぶ。

 倒れた騎馬の後ろから迫るもう一枚の羽、それと幸子たちは騎乗槍の間合いに入っていた。

 水しぶきが外れた。

 突き込んだ三メートルはある長槍が方陣に向かう。

 二列目の女子――楓――の胸に吸い込まれるようにそれが伸びてきた。

 ――やられる。

 楓は瞬間的に観念してしまった。

「もらったあ!」

 頭ではなく胸の風船を狙ってしまうのは、哀しいダンクラのサガかもしれない。

 一列目の鉄砲は込める動作も間に合わないまま、陣形を崩している。

 迫る槍の穂先。

 彼女は目を閉じてしまった。

 ……だが、衝撃はない。

「楓ちゃん!」

 そう叫んだ一列目にいた男子が敵に背を向けていた。

 彼は彼女の肩に手を置いたまま動かない。

 ヘタリと地面にアヒル座りをする楓。

 彼女は何が起こったかわからないまま、自分に覆いかぶさるようにして立っている男を見上げた。

 へしゃげている男子の頭上の風船。

「俊介……」

 楓はかすれた声でつぶやくようにしてその名前を呼んだ。

「よかった……無事で」

 ガサッと俊介は片膝を地面に落とした。

「……なんで」

「僕は弱いけど、いつまでも好きな女の子に守られてばかりじゃ……ね」

 彼はそのままぐらりと、横に倒れていった。

 楓が抱きかかえようとするが、俊介は手で制する。

 そりゃそうだ、抱きしめてしまうと、楓の胸の風船が割れてしまうからだ。

「俊……介」

「……」

 彼は楓の手を離れ、そして地面に倒れてしまった。

 何度も言うが、このFWB――風船割りバトル――はそういうルールである。

 すなわち、風船割れたら倒れ込んで、会話禁止。

 なんとも言えない空気が戦場を包む。

 だが、その空気は一瞬で消し飛んだ。

 叫び声が響いたからだ。

笑止ショウシイイイ!」

 天を見上げて怒気を放ったのはボブだった。

「神聖ナ戦場イクサバヲ汚ス破廉恥行為!」

 涙目の楓がギッとボブを睨みあげる。

 声は出さずにカタキを見据えた。

「サア大将! 蹴散ら……」

 ボブが固まる。

 自分の大将の異変に気付いたからだ。

 手を目にかざし硬直している。

「ま、眩しい……」

「タ、大将!」

 騎馬軍団全員が止まっていた。

 こんな愛の劇場、目の前で見せられたらもう硬直するしかない。

 これも哀しい男クラの性であった。

「オノレ! 卑怯ナ」

 ボブが叫ぶ。

 もちろん返答はない。

 代わりに幸子の「撃て」という声。

 なんだかさっきとは違って棒読みである。

 水鉄砲が騎馬軍団に向けさく裂した。

 ビシャーと放たれた六連射が大将に命中し彼は崩れ落ちる。

「シイイイイイットオオ!」

 ボブの叫び声で我に返る男クラ騎馬軍団。

 すぐに回転運動を再開し、頭上から長い槍を振りかざしすぐさま幸子を討ち取った。

 もちろん胸の風船を割る。

「下がれっ!」

 そう叫んで男クラ騎馬軍団の右翼から斬り込む次郎だが、回転運動は止まらない。

 水鉄砲でもう一騎はやったが、楓をはじめ、緑や風子まで討ち取られてしまった。

 言うまでもなく胸の風船を狙われたわけだが、なぜか風子は頭である。

 これも哀しい男クラの性。

「ちくせう!」

 飲み込まれる幸子鉄砲隊を救うこともできない自分に歯噛みしながらサーシャは間合いを切った。

 次郎もそれに習う。

 主力が回り込むまでの時間稼ぎ。

 それが幸子鉄砲隊とサーシャ、次郎の斬り込み隊の任務だ。

 そう簡単にやられるわけにはいかない。

 ふたりは任務を優先した。

 次は主力が背後を襲いかかるまで、注意を自分達に向けさせなければならない。

「君達ガ囮デ主力ヲ回シテイルコトハ! 百モ承知二百モ合点ナノダ!」

 そう高らかに宣言するボブ。

 躊躇することなく、やられた大将に代わり指揮をとっていた。

「蹴散ラスダケガ脳デハナイノダ! 間合イヲキッタコトヲ後悔スルガヨイ! 騎馬鉄砲!」

 スッと手を挙げるボブ。

 回転を止めた車懸りの陣。

 一斉に彼らは自分を抱えている左の騎馬役に長槍を渡す。そして、右の騎馬役から水鉄砲をもらった。

「武器は一人一個!」

 抗議の声を上げる次郎。

 審判は赤白の旗をパタパタと下に向け交差をくり返した。

 問題なし。

 ということである。

『はい、審判長です、ただいまの行為は武器の受け渡し、武器ふたつを同時に持ったところを確認できていませんので、ルール違反ではないと判断します』

 放送の声は風子の同部屋の先輩で学生会副会長の長崎ユキ。

 武器を同時に二種類もってはいけないルールであるが、落ちていたり人から譲り受けたりすることはオッケーなのだ。

 武器を持っていない左の騎馬役に槍をわたし、鉄砲を抱えていた右の騎馬役からもらったから問題ないということらしい。

 騎馬軍団は七騎。

 三枚羽で回りながら迫る車懸り。

 少し強くなりつつある風で砂埃が舞った。

 有効射程の五メートル間合いには入っていない。

「撃テ!」

 ボブが手を挙げたままそう言うと、騎馬軍団は回転を止める。すると彼らは斜め四五度に銃口を上げ、一斉に水鉄砲を放った。

 強風。

 追い風が騎馬軍団を抜けた。

 水しぶきが風を受け、大きく散り、まるでシャワーのようにしてサーシャと次郎に降りかかる。

 二人は素早く斜め後ろにバックステップしながらなんとか避けたが、水は被服を濡らすぐらいにかかったてしまった。

 致命傷ではない。

 彼らの頭や胸の紙風船はカサカサと音を立てながら健在していた。

 騎馬軍団はシュコシュコ空気を詰めている。

 間合いをきったまま、近づけない二人。

 そのときだ、次郎が片手を上げたのは。

「あの、アームストロベリーさん質問いいですか」

「ボブ・アームストロングダ」

 いきなり名前を間違える質問に対し、紳士的な態度で答えるボブ。

 挑発に乗らない、それくらいの余裕はある。

「アームストロングダさん」

「アームストロング」

 ちょっとムッとした。

「もうアームなんとかさんでいいんですが、もしかしてそちらさん、弱くないですか?」

 ムッとした。

「ワガ騎馬軍団ト車懸カリノ陣ハ無敵デアール」

 そう言い切るボブ。

「いや、でもこっちは圧倒的に少数だったのに、損害はそっちが十二でこっちは十ですよ」

「ダカラ?」

「いや、だから」

「ゴチャゴチャウルサイ! シャラープッ!」

 わざとらしい日本語発音の英語である。

 ボブの心の乱れの現れかもしれない。

 ちょっと気付いてしまった。

「そっちが四倍だったのに」

「数ハ関係ナイ」

「正面からあたり負けてるし」

「負ケテナイモン」

「かわいくいってもだめ」

 なんて二人で言い合っている間に騎馬に踊りかかるひとつの影。

 サーシャ。

 彼女が跳んでいた。

「うらあああ!」

 スパコン。

 脳天一撃、一騎が崩れる。

 ふわりと着地するサーシャ。

 Tシャツと短パンから伸びる白い腕と足が眩しい。

 臨戦態勢を維持したままのサーシャは低い姿勢で次の得物を狙おうとする。

 騎馬軍団もぼーっとしているほどやわではない、すぐにボブ以外の三騎がサーシャを囲もうとした。

 だが、動かない。

 じりじりと緊張した面持ちの騎馬軍団。

 サーシャはその視線の強さに一瞬怯んでしまった。

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