第81話「長崎ぶらぶら、野良猫にゃあにゃあ」
「信じられない」
くるりと回転するサーシャ。
ふわっと、チェックのキュロットスカートが浮き、白い半そでシャツの首の元のリボンが揺れる。そして、彼女は驚きの顔で同意を求めた。
「信じるも何も」
ポリポリと頭を掻く次郎。
「こういうもんだし」
困った顔しかできない。
茶色の七分丈のハーフパンツ、白と紺色のボーダーのポロシャツは少し汗ばんでいた。
車が通れない階段だらけの路地。
住宅地がところせましと密集している街並み。
今日はそんな長崎の下町を男子二人、女子三人でしている。
長崎さるく、である。
異国情緒、
「サーシャが言うのもわかる」
大吉は大げさに頷いた。
頷きながらチラッと風子の足に目が行く。
彼はそんなことよりも彼女の太ももの方が気になっているが、それを隠すためにサーシャの驚きにのっていた。
その視線の先にいる風子は薄水色のTシャツに、デニム素材のホットパンツを履いている。短めのホットパンツは彼女のすらっとした長い足がむき出しにしていた。
とは言うものの、彼女は自分の魅力にまったく気付いていない。だから、大吉の視線に気づくことはなかった。
彼女にとってはあくまで『ズボン』だからだ。
「あっちが、神社でしょ、それからこれがお寺、でこっちが中国のお寺」
風子が指をさして確認する。
「カトリックの教会……かしら」
幸子が不思議そうな目で見ている。
「それがどーしたって」
「「「変っ」」」
次郎の言葉に対して、口をそろえた四人の男女が言葉を発する。
「変って……」
「変、教会の隣にお寺と神社があるのは変」
サーシャは断言する。
次郎は心の中で学校の制服みたいな服を着てるロシア人こそ変だと思うが……なんて返しそうになったが、面倒くさいことになるので一応こらえてから別の事を言った。
「狭いから、この町は」
「そういう問題じゃなくて」
幸子がぼそっと言う。
その時、生暖かい風が彼女のベージュ系で細かい花柄がちりばめられたワンピースをひらひらと動かした。
――なーんかいつもと違うんだよな。
次郎はいつも極東共和国の男子っぽい制服を着ている幸子しか知らない。だから、少女っぽいその服装にドキッとしていた。
彼女の黒いストレートの髪はいつもはお団子にして結ばれているが、今日はその髪が解かれている。
昨日のエコなエロの現場も生々しく脳内に残っているため、この女子が少し変わって見えていた。
「あそこの寺とか中学の同級生で、神主の息子と坊さんの息子、それから神父の娘が幼馴染で三角関係とかはあったけど」
「それ、おかしくない?」
風子がそう言うと、大吉も同意とばかりにうなずく。
「おかしいというか、おいしいというか」
幸子が神妙な顔でそんなことを呟く。
「……おいしいって、幸子ちゃん」
趣向がだんだん緑に似てるなっと思う風子である。そこに、サーシャが追いかぶせるようにして言葉を発する。
「それは変だよジロウ」
「そんな人の町を変だ変だ言うなって」
彼女の言葉に対して、少しイライラしたような返事をしてしまう次郎。
「唐寺の息子が入っていない」
「いや、あそこの家は子供いないから」
妙なところにこだわるサーシャである。
「で、ジロウ、その三角関係はどうなったの?」
「……神父の娘と神社の息子が私立の聖マルコ高校に行って、寺の息子は公立の進学校に行ったって聞いたけど、後はどーなったんだろう」
「待って」
幸子が口を挟む。
「へ?」
「なんで、神社の息子がいかにもカトリックの高校っぽいところに行くのよ」
聖マルコ高校は、校舎が教会の形をした学校である。
ちなみに、毎朝お祈りと聖書の朗読の時間がある。
「え、悪い?」
「……これが西の軽薄さか……」
頭を抱える幸子。
「待って、そんなこと普通だって思うの上田君だけだから誤解しないで幸子ちゃん」
風子が割って入る。
「あー、だから次郎は女子に対しても軽薄なんだな」
大吉が余計な事を言った。
カーキ色のハーフパンツに白いタンクトップ、首からは金色のジャラジャラした何かをぶら下げている大吉だ。こんな格好をする男に軽薄なんて言われたくないと次郎は心から思った。
「うるせえ大吉、お前だって、さっきから中村の足をチラチラ見てるじゃないか、エロ吉」
びっくりした顔で、自分の太ももを触る風子。
「ち、違うっ! なんで俺が中村なんかの太ももを!」
げし。
跳び蹴り。
チェックのスカートが宙を舞い、そして着地した。
「ぎゃふん」
大吉の肩にサーシャの一撃が入りよろよろとバランスを崩し幸子の方へ転がりそうになる。
げし。
幸子のスカートが舞う。
白い足が一瞬だけ振り上げられ、大吉の腹に足が食い込んだ。
「あ、ご、ごめんなさい」
謝るぐらいなら蹴るなよ。
そんな目で悶絶しながら見上げる大吉。
幸子はワンピースの裾を押さえながらオロオロしていた。
無意識の前蹴りだった。
「せっかく綺麗な生足を楽しんでいるのにっ、風子が恥ずかしがって隠したら……責任取れ」
目を吊り上げて怒るサーシャに対し、男子二人は完全に制圧されていた。
「え、え、そんなにエッチなの、え、この格好」
普段制服以外でスカートをはかない風子にしては、太ももの露出が激しかった。
繰り返すが、彼女的にはスカートでなく、ホットパンツはあくまでズボンであるからそういう意識はない。
「そんなことはない、そんなことはない」
嘘を付いている目をしているサーシャの言葉は白々しい。
「きょ、共和国の常識からいくと、破廉恥な格好かも……」
「サチコ! 余計な事言わない」
「……もしかして、私の服装も」
幸子が自分が来ている生地をつまんでみる。
夏用の薄手、通気性もいいし、肌触りもいい実用性の高い服だと思っている。そして、スカートは膝下まであるし、柄も落ち着いた感じがするから大丈夫だと自分に言い聞かせていた。
だが、サーシャの態度は怪しい。
「う、うん、まさかー」
また白々しい声を出すサーシャ。
女子四人――あとで合流する緑も含めて――は、この夏のホームステイ前に私服をみんなで買いに行っていた。
あまり、服にこだわりがない風子と幸子の着ているものは、サーシャと緑チョイスである。
風子は今更ながら、試着した時に褒めちぎる緑の瞳の奥に怪しい光が灯されていたことを思い出す。
――ま、まあ、お店に売っている服だから、破廉恥とかそんなんじゃないと思うけど……夏だし。
いつもより、足下が涼しいことは間違いない。
「ふーこ、サチコ、下等生物が言っているだけだから、気にしない」
ずんずんと先に進もうとサーシャは歩き出す。
そんな感じに、どうでもいいことに盛り上がることを繰り返しながら、騒がしく観光地を巡る五人であった。
「ショボイっ」
中華街と言われる場所を端から端へ一瞬で移動してしまった大吉がつぶやく。
「ショボイ言うなっ」
不機嫌そうに次郎が反応した。
図星であった。
大吉は横浜の中華街に家族旅行に行ったことがあるのだ、だからなおさら気付いた。
だが、ヨリヨリしたお菓子とか、チマキとかそういうのは美味しかったから、それはそれで満足していた。
確かに美味しい。
食べ歩きをわいわい楽しんでいる。
「中華街もいいけど、長崎っていったら、やっぱこれが美味しいから」
小さなカステラ屋さんの前で次郎が買ってきたのは、カステラの切れ端がパックの中にに無造作に重なったものだった。
「これもショボくない?」
大吉が意地悪そうに言う。
「ショボくて何が悪い、一〇〇円だもん」
そう言うと暑さ五ミリ、長さは十五センチぐらいの切れ端を大吉や女子達に配る。
「うまいから、これ」
パクッと食べる風子。
「あ、美味しい」
「うん、悪くない」
と幸子もうなずく。
「ジロウ、おかわり」
ぐいっと手を突き出すサーシャ。
「大吉、感想」
ぐいぐいっと押しながら次郎は大吉の絶賛の声を期待する。
「あ、うん」
「正直になれって」
「喉が渇いた」
「……かわいくねー」
次郎はそういうと大吉の太ももに膝蹴りを入れる。
「かわいくてどーすんだ、男が」
ケンケンで受け流しながら大吉が言い返していると、女子達がひそひそと話しだした。
――かわいいって気付いてないんだ。
――かわいいって思っていないんだ。
――痛かわいいと思うけど。
「な、なんだ、ち、ちくしょ」
顔を赤くして恥ずかしがる大吉。
背の低さと、かわいらしい童顔がコンプレックスな男の子だった。
しかも、今は金髪無造作ヘアーから、クリクリ坊主頭になってしまっているのだ。
そりゃ、男の子だ、気にはする。
「じゃ、狭い路地を歩こう」
次郎おすすめの散策コース。
ただの密集した昭和の街並みを歩くだけである。
そのため、山に向かって坂道と階段をゆっくり登っていった。
バスやタクシーという選択肢もあったが、車が通れない道こそが長崎だと次郎は譲らないのだ。
「それにしても暑い」
幸子がパタパタと団扇を動かしている。この夏の日差しと蒸し暑さにやられ、汗だくなのだ。
女子三人が歩くなか、男子二人は後ろから付いてきている。
「……」
「……」
顔を合わせる男子二人。
「(バッカ、次郎、ギャップだ、ギャップにやられてるんだ)」
「(エロ吉、どこ見てんだ、俺はそんなこと考えてねえって)」
ぴったりと肌にくっついているベージュ系の質素なワンピース。
薄手である。
昨日の夜を嫌でも思い出させていた。
うっすらと見えるのは、昨日夜みたあの下着と同じものであろう。
嫌ではないが、道を歩きながら考えたら、男の子的にはいろいろ生理的にまずいものがある。
視線を感じたのだろうか幸子が振り向いた。
それに合わせ次郎と大吉もクルリと振り向いて、道端の野良猫の親子に目をやった。
ごまかす男子二人。
情けない風景ではある。
「チチチチっ」
大吉がエロをごまかすために、親子猫に手招きをしてみる。
「ふしゃああああ」
思わぬ反応に、大吉が後ずさりした。
「この町のノラはたくましいからなあ」
路地のどこかに必ず野良猫がいる風景だ。
すごく不思議であった。
――半径一〇〇メートルに百匹はいるんじゃないかな。
次郎が彼らにそう説明していたのを聞いて、全員何かの冗談かと思っていたが、どうも大げさではないことがわかってきていた。
「うにゃああ」
サーシャにすり寄る茶トラの野良。お団子みたいに短いしっぽがぴょこぴょこ動いている。
「ネズミはだめなのに、猫は大丈夫なんだ」
次郎がそう言うと、なぜか胸を張り威張るようにしてサーシャがしゃべった。
「敵の敵は味方」
えっへん。
彼女はなんともわかりやすい性格であった。
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