第12話「漢の儀式」
「陸軍少年学校服務規則第二章第五隷『頭髪』『頭髪の脱色、
男子棟の夜。
無駄に賑わう廊下。
新入生に対する恒例の儀式が盛大に行われていた。
「やめろ! ちくしょー!」
椅子に縛りつけられた茶髪の
だが、屈強な三年生二人に体を固定され身動きひとつとれない状態になっていた。
「自らを律して髪の処置を行うことを期待し、一週間待っていた……しかしながら、松岡は自らを律することもできず処置をできなかったため、心苦しいが、処置を断行する」
「やめてくれええ」
最後の叫びを大吉はあげたが、彼を固定している先輩がギュッと首を掴むと大人しくなった。
死ぬか髪を切るか。
まあ、髪を切る方を選ぶ。
大吉は観念して首をうな垂れた。
ブルッと震える。
髪に対するこだわりが捨てきれなかった。
他人からみればどうでもいいこだわりではあるが、本人にとっては重大問題。
先ほど声高らかに式を宣言した三年生が年季の入った電動バリカンを振り上げる。
コードレスではない年季の入った銀色のバリカン。
学生の間で、もう三〇年近く申し送られた一品である。
小傷が無数に入って輝きを失っているが、そのバリカンは数々の修羅場を生き残ったものだ。
天井の蛍光灯に照らされ怪しく輝いていた。
いくつもの呪いを刈り取り、そして吸い込んだそのバリカン。
「ヒューーー!」
「うををを!」
男たちが歓声を上げる。
「逆モヒ!逆モヒ!」
逆モヒカンコール。
どこかの部族長のような雄たけびを狩人があげ、大吉の後頭部の生え際にバリカンを当てた。
「ノアの奇跡ぃぃ!」
が叫びながら、後頭部から前髪の生え際まで一気に銀色に輝くバリカンを走らせる。
そして、まさにノアが海の水を二つに割るようにして、髪の毛の海をバリカンは進んだ。
バサッバサッ。
明るい茶色の髪の毛が新聞紙を敷いた床に落ちた。
拍手が起きる。
おめでとう。
誰かがそう言った。
よこうそ陸軍少年学校へ。
また、だれかが言った。
鳴りやまない拍手。そうして、拍手が終わると興味が失せたように、男子寮の住人は部屋の中に入っていった。
「あー、もう終わり?」
「お疲れっしたー」
「今年は断髪したの一人だって」
「少ねーなあ」
「大した抵抗もなく終わったって」
「なんだ、つまんねー」
とり囲んでいたギャラリーもいなくなり、ただ、バリカンの機械音だけが廊下に響いていた。
「ごめ、いや、笑っていないから」
上田次郎はそう言いながら明らかに笑っていた。
そんな彼を見上げるようにして睨む大吉。
口が尖っていた。
ここは次郎の部屋。
大吉がぼやきに来ていた。
学校に来て一週間が経つが、いつの間にかこうして話をする仲になっている。
大吉の部屋には先輩がいるので、彼らがいない隙を狙ってここに来ているのだ。
なにせ、次郎の部屋は入りやすい。大吉の部屋の先輩は二人とも寡黙な人であまり会話できないが、ここの部屋の先輩は気さくに話をしてくれるのだ。
もちろん今はこの部屋の先輩がいない。
いたら、こんな話はできない。
「似合ってる、うん、こっちの方がいいよ」
「野郎に言われたってうれしくねーし」
彼はそう言って、一ミリほどの長さになってしまった髪の毛をザラザラ撫でる。
この手触りや頭皮に直接冷たい空気があたる感覚に慣れていないのだ。
ついつい、無意識のうちに触っている。
もともと大吉はヤンキー的な服装と髪型で童顔をごまかしていた。
この学校に入ってイモジャーを着て、断髪されて坊主頭になってしまったため、ひとめでガキとわかる感じになってしまった。
小柄な体型と年齢以下の童顔。
まあ、お姉さんたちからすれば、可愛い部類である。
大吉にしてみれば、それはコンプレックスであった。
ガチャ。
扉が開いて男が入ってきた。そして大吉に寄っていく。
「可愛くなっちゃって」
部屋に戻ってきたのは彼らの先輩にあたる二年生の
早速大吉は彼に頭を撫でられ、少し口を尖らせていた。
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