Episode of Final この世界から『俺』という存在が無くなったら
「どうして・・・・・・おまえらここに・・・・・・」
今頃部室で俺が来るの遅いなーなどとボヤいているはずだ。それが今、俺の目に映る場所にいる。
「いつから・・・・・・」
ここに入るには俺と同じタイミングに入るか、俺よりも早くここにいる必要がある。
「そうだなぁ・・・・・・」
腕を組んで思案げな顔をして悩んでいる。何をそんなに悩む必要があるのかわからない。
「俺らはおまえの後を追って入ってきたぁ。今回はウミの認識阻害呪術を使ったから誰からも見えなくなってたんだがぁ・・・・・・学園長にはバレてたみてぇだなぁ」
「そうよー。私に見えないものはないのだから。隠し事をするといいことないかもしれないわ」
「こえーな!」
心の中だけでなく、呪術をも見抜いてしまうほどの能力らしい。これではローレルよりも害悪だ。
「それよりもー、隼斗って神様のこと倒したんでしょー?」
そういえばそうだった。俺は『決戦』に勝利し、神殺しを達成。従って俺がこの世界の神になってしまった。こんなつもりでこの世界に来たのではないが。
「まーそういうことになるな」
「あ、そうそう。私を殺したら神殺しで神になれると言ったけれど、今神の君の権限でこの世界の神という存在をなくすことができるのだけれど、どうするかしら?」
「よし、この世界に神なんて必要ないので消えてもらいまーす!」
「仮にも現在神のあなたがそんな簡単に職務放棄するのね・・・・・・」
「あったりめーよ。学生と神のとんでもない差が俺にとっては息苦しいんだよ。それに、俺が神だと知ってしまったおまえらと一番接するんだ。おまえらに一線引かれたら俺もう生きていけねーよ」
またこの世界でボッチになる。俺が一番恐れていることだ。そんなルートにはなってほしくない。そもそも、その理由がなくても俺は神の座を捨てていたと思う。なぜなら、そんな面倒くさいことやってられないからだ。
「・・・・・・全く、君らしい考えだね。この世界に招いて正解だったよ」
「心霊現象に限りなく近いことしてそんなこと言えるのか」
「ぐうの音も出ないわ」
「だろ」
自然と夜空と話している気分になる。だが、俺が今話しているのは間もなく死ぬ神だ。
彼女が死ぬ前に聞きたいことが一つある。それは最後、決着がつく瞬間に思ったことだ。
「何で最後手抜いたんだ」
「あら?私は最後まで全力だった・・・・・・」
「嘘つくな」
「・・・・・・はぁー、気づかれていたのなら仕方ないわね」
そこで諦めたのか、ため息をついて落胆している。
「もし君がこんなに恵まれていなければ私は君を確実に殺していたわ。君がこの世界に来た意味がないからね。でも、君を思って行動を起こした仲間がいることに気づいて私は君を殺せなくなった。君にはこの世界での未来があるからね」
「それだけで・・・・・・」
「それだけで十分よ。あなたには生きる価値があるのよ。私なんかはただこの部屋に引きこもってあなたたちを観察しているだけの怠惰な存在よ。そんな私よりも価値あるでしょ?」
至極正論だ。俺はあの世界の俺と同じにはならないように努力してきたつもりだ。それに比べて神はただ俺らを傍観しているだけで何もしていない。
果たして本当に何もしていなかったのか。
彼女は謙遜して言っているのではないか。俺たちを傍観ということは見守っているとも言える。
「そうそう。ローレルちゃん、あなた隼斗を襲ったことは覚えているかしら?」
「・・・・・・まぁ覚えてへんと言ったら嘘になるなー」
「それを利用させて貰ったのよ」
誰に向けて言っているのかわからないが、恐らく俺に言っているのだろう。周りのみんなは首を傾げているのに、俺は何故か納得している。
つまり彼女はローレルとの事件を利用して俺に試練を課していたとでも言いたいのだろう。
リリの暴走、死、復活。夜空の暴走、崩壊、正常化。これら全て彼女が原因ということだ。
そこで思い出す。夜空のことばかり考えていて全く気づけなかったことに。
──リリとの決着がまだだ。
この世界の神がいなくなったことで一からのスタートになった。それは、神と挑戦者による決戦にて決着がついて初めてできるものだ。
ならば、俺たちのことにも決着をつけるべきだ。
「その前にいいかしら。君に伝えたいことがあるわ。ちょっとこっちに来なさい」
神、いいや今は元神に指示され、それに大人しく従った。
彼女の側まで歩み寄るといきなり足首を捕まれ、その途端俺と彼女の周囲を真っ黒い何かが包み隠した。
「君、いいや隼斗君」
「は、はい」
この張り詰めた空気に圧倒され、開いた口は勝手に彼女の呼びかけに応じていた。
「隼斗君は元の世界に戻ろうとは思っていないかしら。元の世界に戻りたいと願っていないかしら」
「はい?」
質問の意図がわからず、問い返してしまう。今までは直感で察することができたが、この質問に関してはどう足掻いてもわからない。
「そのままの意味よ。君はこの世界に飽きて、かつていた世界に戻りたいと思っていないか。そう聞いたのよ」
「・・・・・・この世界が、今の俺の居場所です」
今思っている素直な気持ちだ。これ以上もこれ以下もない、純粋無垢な気持ちだ。
「この不便な、不憫な世界でもいいのかしら」
「それはあなたがいたからだと思うのですが・・・・・・」
「それもそうね。けど、この世界で起きる出来事なんて予想できない。ましてや未来のこととなるとあのエルフ三人ちゃんたちにもわからない。私のしたことなんて、これから起こりうる事象のほんの一部に過ぎないのだから。楽しいこともあれば悲しいこともある。楽なこともあれば辛いこともある。気持ちいいこともあれば痛いこともある。それでも尚、君はこの世界にいたいと思うかしら」
「────」
そこで俺は躊躇ってしまう。
「そんなの余裕です」
何て言えたら格好いいのだろうが、今の彼女の発言を聞いたらそんなこと軽口でなんて決して言えない。これは本気になって考えなければいけないことだ。
これからのこの世界。ネオ学園での生活。それはつまり『特殊部での生活』とも言える。
不意にこの暗黒の外にいるみんなが部室でたわいもないことを言い合って盛り上がっている一面を思い浮かんだ。
破顔しているみんな。そこに俺を当てはめてみる。
──なんだ、俺がいないと完成しないじゃないか。
自意識過剰かもしれないが、俺のいない部室を思い浮かべると何かが物足りないと感じる。そこへ俺を当てはめると綺麗に完成する。
俺はパズルの一ピースに過ぎない。だが、一ピースでも欠けたらそのパズルは完成しない。特殊部という一つ一つのピースが大きいパズルが。
そこに俺がいないといけない。それを自覚している。いつからか自然と自覚していたのだ。
それなら答えは簡単だ。
「……それら全てひっくるめてこそこの世界の面白みだと思います。それを俺は、俺らは共に乗り越えます」
「そう、それならいいわ。私はそろそろ時間のようだからこの魔法を解除するわよ。最後に私が選んだみんなの顔を拝みたいし」
「そのまえにもう一つだけいいか」
「何かしら」
「戦いの後に言うって言ったこと忘れてないですよね」
「あぁ、あれね。でも時間がないから申し訳ないのだけれど一つに絞ってくれるかしら」
「そうするつもりでした。では尋ねます。どうして夜空を誘拐したのですか」
他のことには納得できても、一番納得できないことだった。夜空を誘拐した理由。それが一番聞きたいことだ。
「そうねぇ・・・・・・君の気持ちを知りたかったから、かしら?」
「俺に聞かないでください!てか、わざわざ命かけてまでやることですか?」
「君が自分の気持ちに気づいて貰えるならこんな命いらないわよ」
そうだ。彼女は他人のためなら何でもする人だ。
では、どうしてこう俺にばかり肩入れするのだろうか。
「じゃあおまけでもう一つ」
「いらないおまけね・・・・・・」
「どうして俺をそんなに心配するんですか」
「・・・・・・君が心配だったから」
「答えになってません」
「立派な答えだと思うのだけれど?」
「俺が納得しなければそれは答えではありません!」
「随分と強情ね・・・・・・わかったわ。素直に言うわ。君のことが好きで好きで仕方なかったからよ。これでこの場は終わりね」
そう言い、指パッチンをする。すると俺たちの周りを囲んでいた暗黒が崩壊してその周りにいるみんなの顔が顕になる。
「大丈夫かぁ隼斗ぉ!?」
アリオスを筆頭に俺のところへ駆けつけてくる。
まだまだ聞きたいことがあったのに、あの場を終了させられて俺は不満げに元神の顔を見た。彼女は頬を紅くして微笑んでいたので、それが俺をますます腹立たせる。
「さて、そろそろ時間かしらね」
俺が睨んでいた彼女はそろそろその時だと悟ったのかポケットなどを漁っている。
「これ、君たちに。これからも仲良くやるのよ」
「えっ・・・・・・」
全員が面食らった様子で、伸ばされた手から反射的に受け取っているようだった。俺もそれの例外ではない。
「それじゃあ、私は死神ハーデスとお茶会でもしてくるわ。彼女、なかなかいい茶葉を持っていてまた飲みたいのよねー」
「待て待て待てーい!ハーデスが女?普通男だろ?」
「何言ってるのー?この世界の死神ハーデスと言ったら何とまぁ美人!」
意外な真実をリリの口から知ってしまい、俺はその場で棒になってまった。
「私は一足先に楽しんでるから。あ、みんなは遅く来るのよ。九十年以内に絶対来ないこと!」
何ともまぁ無茶な命令だ。百歳を軽く超える年だ。
「それじゃあみんな、さようなら」
そう言い残し、彼女、元神は光に包まれ、そのまま弾けて──
闇に消えていった。
彼女の人生は楽しかったのか疑問に思えたが、光で見えなくなる寸前の顔を見ればそうだったのだろう。微かに笑っていたあの顔を俺は一生忘れない。
俺は彼女のいた場所に向かって静かに手を合わせて冥福を祈った。
○○○
「いやぁ、まさか学園長が神だったなんてなぁ!それにこの事件の黒幕とはなぁ・・・・・・でも、最後はいいやつだと思ったぁ」
それに皆が静かに首を縦に振って同意を示す。
実際彼女は俺たちの未来を信じて戦い、死んだ。神という大きな役柄なのにも関わらず、だ。
「それでもまぁ、夜空が帰ってきてくれてよかったよなぁ!」
「そうだな。俺も心配で心配で今まで口から内臓全部出てきそうだったわ」
「汚いお世辞をどうもありがとう」
「嘘ついちゃだめだよ!隼斗は今日までぐうたらしてたじゃん!」
「ちょ、リリ!」
「ナイスです、リリ」
「グッジョーブ」
二人してガッツポーズをしている。実に腹立たしい。
「まーそれでも結果的に見つけたのは隼斗なんだしいいってことにしたら?」
「そ、そうですよ・・・・・・隼斗さんがMVPということで・・・・・・」
「そうやそうやー!隼斗がいなかったら夜空は助からなかったかもなー!」
「はぁー・・・・・・隼斗に見つけられたというのが癪に障るけど、まーお礼はしておくわ。みんなありがとう」
初めて夜空がみんなに頭を下げているところを見た。彼女なりに責任を感じているのだろう。
「なぁ、一ついいか」
ここで俺は思い切ってリリの話にしようとする。夜空をカバーするという意味でもこれはいい機会だ。
「リリ。おまえはどう思ってる」
「え?何のこと?」
「おまえの死因だ」
「なぁ隼斗ぉ。まだ引きずってんのかぁ?」
割り込んできたのはアリオスだ。
「あんまりしつこいと嫌われると思いますよ」
レナの的を的確に射た意見に俺はぐうの音も出なくなる。
「・・・・・・そんなもんなの?」
「そうだよー!私は何とも思ってないし、みんなも思ってないよねー?」
その問いかけにみんなが首肯する。
「ほんとに・・・・・・か?」
「私がいいって言ったらいいの!」
「そんなもんなのか・・・・・・」
「あのなぁ隼斗。あたしたちは仲間やねん。それくらいのことは軽く流すわ。少しはあたしたちのこと信じたらどうやー?」
そうだ。俺たちは仲間だ。でも、あれくらいの出来事を簡単に流せるほどの仲なのか。いいや、みんながそう言うならそうだ。もう少し自分に自信を持て。
さて、許してもらったのなら今はもうみんなに言いたいことはない。俺の気持ちを伝える時が来た。
「それならよかった。じゃあ少し夜空と話したいことがあるから席外してもいいか?」
「おっ、ついにかー?」
何やら俺と夜空以外ニヤニヤして俺らのことを見ているが何のことかさっぱりわからない。夜空が頬を紅く染めているので何か心当たりがあるのだろう。後で聞いてみるとする。
「お幸せにー!」
去り際にそんなことを言われて俺は部室を後にする。
そして部室から少し離れたところのフェンスに寄っかかって俺から距離を置いている夜空の方を向く。
「話って何かしら。暑いから手短に言ってほしいのだけれど」
冷たいことを言っていても、彼女の頬は熱を帯びたかのように紅い。
「じゃあ言われた通りに単刀直入に言うぜ」
そこで間を作る。俺の鼓動が早まっているのがわかる。体全身が熱くなる。あの時に似た感覚だ。
「あ、あのさぁ夜空」
歯ががたがた震えている。何故こんなに緊張している。わからない。
「そ、そのぉ・・・・・・」
「は、早くしてくれないかしら・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が訪れる。その時間が長くなればなるほど言いにくくなるのはわかっている。
なら──
「夜空。俺と付き……」
「そ、それは無理ね」
言いかけたところで夜空が噛みながらも遮った。
「まだ途中だろ!?」
「言いたいことはそれだけでわかったわ。でもそれを考える前に一つだけ条件があるわ」
「何だよ」
俺がせっかく勇気を振り絞って言おうとしたセリフを呆気なく踏みにじられてかなり不満だ。今の態度から簡単に察せるだろう。
「──わ、私に、恋とは何かを教えて」
「・・・・・・」
「・・・・・・何よ」
沈黙が再び訪れるかと思ったが、夜空が我慢できなかったらしく裏声になりながら文句を言ってくる。
「夜空・・・・・・」
「だから何よ!」
「・・・・・・おまえ、そんなことも知らなかったのか」
「うるっさいわねー!仕方ないでしょ!?」
動揺しまくっている夜空。初めて見る一面に俺は少し驚きながらもこの様子を動画で残しておきたいと思った。
「まー教えてやるから安心しろ。その代わり、ちゃんと俺の言いたいこと聞いてくれよな?」
「それは約束するわ」
「じゃあ指切りだ」
「ちょ、勝手に触らないで!あ!ちょ!」
「ゆーびきりげーんまーん嘘ついたら針千本のーます。指切った!これでよし!」
「よしじゃないわよ!わ、わわ私があなたの指をふふふ触れて・・・・・・」
かなり動揺しているようだ。こんな夜空もありだなと思えた。
「んじゃ、暑いし部室戻ろうぜ」
「全く・・・・・・わかったわ」
渋々夜空は俺の後をついてくる。しかしその距離は今までよりも数歩近いような気がした。
俺らの物語はこれで終わりじゃない。むしろここからが始まりだ。
春から夏にかけていろいろあったが、全ての黒幕は実は俺たちの為を思ってやっていただなんて誰が思っただろうか。
けど、そういうことがあったからこそ、俺らの絆は深まった。この世界に来てまだ間もない俺を手厚く歓迎してくれた特殊部のみんな。みんながいなければ俺はあの世界と同じ道を歩んでいたに違いない。
コミュ障だった俺だけど、それ含め『俺』という存在を認めてくれたみんな。その存在は大きい。
パズルの一ピースに過ぎない俺だが、それはみんなも同じことだ。
この特殊部という大きな大きなパズルを完成させるには、部員一人も欠けてはならないのだ。
元神が言ってた通り、これから何が起こるかなんて誰にもわかりはしない。もしわかっている人がいたとしても俺は知らなくてもいい。知ってしまったらそれの対策を考えてしまうからだ。そうなっては生きる楽しみがなくなる。
俺は、夜空と、特殊部のみんなとこれからを共に生きていきたいのだ。
もうあの世界に戻らなくてもいい。今はこの世界での俺が、本物の俺なのだから。
──これからの物語は俺たちが作っていく。
「そういえば夜空。おまえ現実世界でどっかで会ったことなかったっけ?」
部室に入る手前でふと思ったことを口にした。
「強風。覚えてるかしら」
「あーあれな」
あの不気味な笑い声が聞こえてきた強風。すれ違った少女・・・・・・
「あー!あの俺にぶつかりそうになった!」
「そうよ。そんなことにも気づかなかったのかしら」
「うるせーよ!制服姿とこっちの制服姿ではかなり違ったからな!」
「そ」
長いため息をついて俺は肩を落とす。俺の目は節穴なのかと疑いたくなる。
では、あの時何と言っていたのだろうか。
「じゃあ、あの時何て言ってたんだ?」
思ったままのことを口にする。
「・・・・・・忘れたわ」
「しっかりしてくれよぉ!?」
「そんなことより早く入りましょ」
「・・・・・・はぁ、あぁ。そうだな」
解せない部分もあるが、夜空に従う。
重たい鉄の扉を開ける。その中には──
「よう隼斗ぉ!結果はどうだったぁ!?」
「せやなー!はよ教えてー!」
「そうそうー!気になるー!」
「リア充ー」
「どうなったんですか?」
「どうだった!?」
「羨ましいですー・・・・・・」
いつもの顔ぶれが、いつもの位置にあった。
それを見たら、不意に笑みがこぼれてしまった。
完
この世界から『俺』という存在が無くなったら タツノオトシゴ @tatsunootosigi
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