Episode.18 この事件の『元凶』という存在があったら

 今までの事件の黒幕。それが目の前にいる黒ずくめの女。この学園の学園長。果たして学園長がこんなことして許されるのだろうか。

「許されるわけないでしょう」

 相変わらずこいつは俺の心を読んでくる。これだと分が悪い。俺の心理そのものを読んでいるのと同義なのだから。

「あなたから先にどうぞ」

 そう言われ、この戦いの先攻を譲られる。

「では遠慮なく・・・・・・」

 全速力ダッシュ。しかし、今まで怠惰に過ごしていた分、スピードはかなり遅かった。

「だめだめ、そんなのじゃ私には追いつけないわ」

 耳元で声がしたかと思うと、次の瞬間には俺は宙を舞っていた。それを理解したと同時に腹部に鈍い痛みが走った。どうやらアッパー攻撃を食らったらしい。

 腹からこみ上げてくるものがある。

「ぐほぉっ!」

 そのまま俺は受け身も取れず派手に倒れ込む。吐瀉物がまだ口から出ている。袖でそれを拭うと、

「・・・・・・血!」

「そうよ。私はあなたのお腹の中を傷つけたの。多分切れたんじゃないかしら?」

 ズキズキとした痛みが腹部の内側で悲鳴を上げている。こんな痛みは初めてだ。

「学園長が・・・・・・生徒にこんなことしてるとこ見られたら・・・・・・どうすんだよ」

「あら、愚問ね。ここには誰一人入れないようになっているわ。魔法で入口の扉を固く閉めておいたから」

「てことは俺の逃げ道はないってことか」

「そういうことにもなるわね」

 そこで俺のターンは終了。ただ単に反撃を食らって終わってしまった。攻め損だ。

「じゃあ、次は私の番ね」

 すると突然、そいつは姿を消した。

 頭の中で反響するあいつの声。

「さぁ、あなたに私を見ることはできるかな?」

 脳内で反響するそいつの声。頭をぐるぐるさせて周囲を警戒する。いつどこから現れても対処できるように身構える。すると、

「こっちよ」

 耳元で囁き声が聞こえた。また俺は負けた。後ろを取られた。

 今度は左足に鋭い痛みが走った。切り傷なんか比にならないくらい痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

「あなたの行動範囲を大幅に狭めたわ。これであなたもチェックメイトね」

 万事休す。たった二手で相手を潰せるほどの技量となると、こいつは百戦錬磨だ。

「ほら、立ったらどうなの?」

 左手を差し出される。無性に腹が立ったのでその善意を払い除ける。

「結構。まだ・・・・・・戦える」

「あら、そんな風には見えないけれど?それ以上無理すると死んじゃうんじゃない?」

「他人の心配より・・・・・・自分の心配した方がいいと思うぜ」

 らしくないことを言っているのは自覚している。けど、そうでもしないと、自分を見失ってしまいそうだ。こんなの自分じゃないと思わせることによって助かっている。

「そう、それじゃあ見失ってもらうわ」

 後頭部に衝撃が加わる。ここに来た時と同じものだ。だが、先ほどとは威力が弱い。意識を飛ばないように加減したらしい。

「今のはまだまだ序の口よ」

「そんなの・・・・・・言われなくてもわかってるよ」

 意識は飛ばなくても、威力はそれなりにあった。目の前がぐるぐる回っている。

「それじゃあ次はあなたの番よ」

 ほぼ戦闘不能の俺に場を譲ってくる。この状況で動けないと知っていて──

「あ、それと一つルールを追加しましょう。一分間動きがなければその人のターンは終了。どうかしら?」

 完全に俺に不利なルールだ。それを押し付けてきている。これは詰みか・・・・・・

「・・・・・・俺の、負けだよ」

「そういう訳にはいかないわ。お互いの命が潰えるまで、とことん潰し合うのよ」

「どうして・・・・・・そこまでする必要が・・・・・・あるんだよ」

「そうねー・・・・・・それも後で言うことにするわ」

 そういえば、この口調、誰かに似ている気がする。──気のせいか。

 そんなことより今はそれどころじゃない。この戦いの後、俺の身があるという保証はどこにもない。生きるか死ぬかの戦いなのだから。

「ほら、早く立たないと時間切れよ?」

 タイムリミットの一分が過ぎようとしている。歯を食いしばり、腹部と脚部の悲鳴を押し殺しながらやっとの事で立ち上がる。

「まだ・・・・・・終わっちゃいねーぜ」

「相変わらず、『威勢だけ』はいいのね。それだけは素直に褒めるわ。それだけは」

「無理に強調しなくても・・・・・・別に嬉しくねーからいいぜ・・・・・・」

 息が荒い。そりゃあ今までにないほどの激痛を味わっているからだ。体力を無駄に消耗している。次の動作に入れない。

「あら?立ち上がったはいいけど、動けないんじゃあ意味がないわねぇ」

 醜悪な表情で俺を見ている。今は見えるあいつの顔。一発景気のいいのを思いっきり当ててやりたいが、そんな力、俺にはない。

「──あなた、そんなやつに負けるのかしら」

 ふと、声がした。首を上げて周囲を見回す。誰だ。誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ──

「そんなに私の影が薄いのかしら?それとも私なんて存在していないとでも言いたいのかしら?まったく不愉快だわ。心配した私が馬鹿らしく思えてくるわ」

 鎖の音がする。──あぁ。女神は俺の味方をしてくれるのか・・・・・・。

「──夜空!」

「何よ、生き返った死人を見るような目は。残念ながら私は死んでなんかいないわよ」

「・・・・・・ふっ・・・・・・ちげーよ!」

 大きく息を吸って思いっきり叫んでやった。そこで今まで強ばっていた夜空の顔が一気に弛緩した。

「それでこそあなたよ」

「あ?」

「いいえ、気にしないで。それよりも、早くそいつをやっつけてくれないかしら」

「やっつけるって・・・・・・」

 最近あまり耳にしたことのない言葉だったので、少し吹いてしまいそうになるが、何とか堪える。そして視界の隅に映っている『そいつ』に向き直る。

「お話し合いは終わったのかしら?今生の別れになるかもしれないのだから、もうちょっと話してもいいのよ?」

「結構。俺、勝つんで」

「まー、私もなめられたものね。そろそろ第二ラウンドと行きましょうか」

 そもそも第一ラウンドがあったのかというほど短いのだが、どうやらそれは終わったらしい。

「そろそろ武器の使用を認めましょうかね」

 そう言ってそいつは手をかざす。するとそこに剣が一本出てきた。

「私ばっかり武器を持っていても勝った時に言い訳されては困るもの。ま、私が勝てばあなたは文句を言えないのだけれどね」

 醜悪な笑みを浮かべている。

 それじゃあもう一つ追加注文いいか」

「何かしら?」

「俺の傷を癒してくれ」

「構わないわよ」

「いいんかい!」

 思わずツッコミを入れてしまう。体の内側から熱がこみ上げてくる。それと同時に、痛みも和らいでいく。

 ──あれ。何で俺、こいつなんかにツッコミを入れてるんだろう。

「・・・・・・隼斗」

「随分と変わったのね、あなた。見直したわ。でも、そんなの関係ないわ。勝負は勝負」

 何やらそいつはポケットに手を入れてごそごそとしているが、何をしているのかさっぱりわからない。とりあえず今は戦闘だ。

「じゃあ遠慮なく借りるぜ。うおっ、これ結構重たいのな」

「そんな余裕どこから生まれてくるのかしら・・・・・・」

 夜空の呆れた声など耳に届かず、俺は剣を二、三回ほど振り下ろしたりしてみる。かなりの重量感があり、一振りするのに体を持っていかれそうになる。

 やっとのことでそれを制御できるようになり、それっぽく構える。こういうのはどうすればいいんだっけ。あぁ、右足を後ろにやって左足を前に出し、剣を持ってる方の腕を後ろに引っ張るといいんだな。逆の腕は敵に重なるか重ならないかの部分に常に置いておく。

 特別剣道などの剣術を学んでいた訳ではない。アニメやラノベを読んでいたらそういうシーンがあったというだけだ。

「あら、なかなか様になるじゃない。それじゃあ、思う存分楽しませてもらうわ!」

 そう言い、そいつはこちら目掛けて真っ直ぐ突っ込んでくる。それを俺はさっきのように躱し──

「訳ないだろ!こっちからも行ってやらぁ!」

 正面衝突するように俺も真っ直ぐ突っ込む。

「絶対に、負けてやるかぁぁーー!!」

 金属音と共に、そこで赤い飛沫が上がった。



 ○○○



 隼斗は一体どうしたというのだろうか。それに、私自身も。わからない。

 記憶がなくなってから私の体は一気に軽くなった気がする。それに、隼斗を想う気持ちも変わって──いいや、それは変わらない。今も私は隼斗のことが・・・・・・

「まったく、私はどうかしてるわね。唯一の希望に全てを託すなんて。もっと他の可能性だってあったでしょうに」

 恋愛なら同じ人間じゃなくてもいい。だが、私の知ってる男で気が合うと思うのは隼斗だけだ。アリオスは面白くて場の盛り上げ役として適任だと思っているが、私とは上手く行けそうにない。

 それに引き換え、隼斗は場こそ盛り上げるが、心の奥深く。誰にも見えないような深淵に彼は本当の気持ちを閉ざしている。それを解いてあげたい。それが私の使命のような気もする。もっと隼斗を知らねば。

 そう思っているうちに、だんだん隼斗という一人の男として見始めてしまっていた。絶対にやってはいけないこととわかっていても、体は嘘をつかない。つけなかった。

 自然と隼斗の側まで近寄り、特に話すこともなく、ただ隣にい続けた。それだけで幸せだった。

 でも、今は違う。もっと欲しいだとかそんなものじゃなくて、もっと単純なもの。


 ──彼の支えになりたい。


 そのことを頭から弾き飛ばされたかのようにすっかり忘れていた。私は彼の支えになればいいだけ。人の漢字なら右の払いになればいい。辛い時に頼ってほしい。捨てるなら捨ててもらっても構わない。それが彼の望んだ答えなのだから。私が文句を言えるはずがない。そうする条件として、私を側にいさせてもらえれば私は満足できる。

 

 「いつから、こんなことを思ってしまったのかしら」

 あの時、トイレに逃げ込んだ日に思ったことを再び口に出す。あの時の感情が一気に蘇ってくる。逃げ出したい。助けてほしい。見つけてほしい。居場所を作ってほしい。

 そんな思いから生れる孤独。虚無。それがあの場所だ。私の気持ちはまだあそこに刻まれている。

 そんな時に、一番来てほしい人が来た時、私は涙が止まらなかった。あの熱いものを感じた頬は、まだその熱を覚えている。あれが私が物心ついてから初めて泣いた瞬間だ。

 強がって、意地を張って、周りの子より格が違うと見せつけて・・・・・・。それのせいで私は浮いてしまった。孤独になってしまった。仲間はずれにされた日から私の心の色は真っ黒、暗黒色だ。

 そんなどうしようもない色を一気に真っ白にしてくれたのは、今、私のために戦っている『彼』だった。

 密かに廊下から彼を見た時、彼は浮いていた。私と同じことに私は安心してしまった。周りから相手にされず。

 でも、違う点があった。一人だけ、彼が心を許していた人がいた。

『桐島 一翔』

 彼は積極的に隼斗に接し、信頼を深めようとしていた。

 しかし、隼斗の表情を見ると無理をしているようだった。今思ってみれば、身勝手な判断だった。

 私=隼斗と勝手にイコールを付けてしまっていたので、私がされて一番嫌なことをされている隼斗を放っておけなかった。

 夏休みのちょっと前、私は隼斗のクラスである一組の隼斗を除いた全員に、

「隼斗はあなた達といることを嫌がっているわ。特に一翔君。あなたは少し積極的過ぎるのよ。もうこれ以上隼斗を痛めつけないでくれるかしら」

 その一言でクラス全員の目つきが変わった。そうなる原因を作った私ですら身震いした。

 朝早めに来てそれを告げたので、終わってしまえば後は楽だった。隼斗と会って私を意識させる。そうすることによって、異世界に行った時に──


 何で私は異世界にいるのだろう。


 それに、何で異世界に行けるとわかっての行動だったのだろうか。わからない。自然と体が動いていた。

 わからないことが多すぎて頭がパンクしてしまいそうだ。

 

 とにかく、私には隼斗が必要不可欠だということだ。同じ境遇を経験した者はこの世界に私と彼しかいないのだから。辛い思いをしたくないし、してほしくないから。

 

 そう思った時、金属音がした後に赤い飛沫が上がった。悲鳴も聞こえる。その声は──


 「────隼斗!!」

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