Episode.17 この少年に『絶望』という存在があったら
あの日のあの後、急激に発達した積乱雲が接近し、ひどい目にあったものだ。
あれほどの土砂降りに見舞われては、土砂災害などの危険もあったため、夜空の捜索を断念せざるを得なかった。その日の夜は自分の無力さが悔しくて枕を濡らした。
そして日は再び昇り、捜索二日目。この日の俺は昨日のやる気に満ちた行動力はなく、虚ろな瞳をしてただ同じところを右往左往しているだけだった。これにはさすがのみんなも癪に障ったらしく、きつく叱られた。
「隼斗よぉ、夜空のことがぁ心配ならもっと真面目に探してくれねぇかぁ?」
「・・・・・・」
聞こえない。──聞こえていないふりをする。それだけで精一杯だった。俺はどうすればいいのかすらわからなくなっていた。
その日の捜索も日が沈んだため断念。夜の徘徊は危険を伴うので、校則で禁じられていた。夜は眠ることも、泣くこともなく、ただ天井の一点を見つめていた。──そこを見ているのではなく、もっともっと遠い場所を見つめるような目だ。
「・・・・・・」
何も考えられない。こんなことをしている間にも夜空の身に危険が迫っている。
どうしていなくなったのか。どうして毎回トイレに行くと誰かがいなくなるのだろうか。今回は犯人がいるのか。それとも自作自演なのか。
そうこう考えているうちに、朝日が昇っていた。
カーテンの隙間から差し込む光があまりにも眩しかったので、思わず布団に潜ってしまった。
どうやら天気は快晴。昨日と打って変わってギラギラと輝いている。
その眩しさに負けじと俺は布団から這い上がり、カーテンを思いっきり開けた。
「・・・・・・暑い」
久しぶりに言葉を発した。夜空の捜索一日目以降、俺は黙々と捜索を続けていた。否、茫然自失していたのだ。
たが、そんな虚ろな心にも今、日の光が差し込んでいる。今ならもしかしたら──
「うし」
頬を二回叩き、気合を入れる。今まで怠惰にしていたつけを今取り返す。
「それにしても、何で今まで本気にならなかったんだ・・・・・・」
今一番疑問に思っていることだ。普段の俺なら夜空がいなくなったとなれば昨日までのように放心状態になったりするはずがない。むしろ躍起になって探して原因を突き止める。それが、できなかった。
「何でだ・・・・・・」
学校へ行く身支度を整えながら自分に問いかける。しかし、その答えを持ち合わせていないので解を導き出せない。
「・・・・・・くそ!」
無力な俺には何にもできない。夜空の部屋の方の壁を蹴る。がんっという鈍い音が俺の部屋に響き渡る。夜空の部屋にも響いているだろうが、今はもぬけの殻なのでその返答は返ってこない。それが俺の胸を酷く痛めつけた。
「くそっ・・・・・・くそくそくそ!」
やけくそになり、地団駄を踏んだ。俺の部屋の下は物置になっていて、特別誰かの迷惑になるということではないので胸の痛みが足裏に移るまで踏み続けた。
「ってぇー・・・・・・」
心の痛みなど取れる気配はなく、足の裏にじんじんとした痛みが残るだけだった。つまりこれは他の痛みとかでは誤魔化せないということ。面と向き合わなくてはいけない痛みだ。
「一番厄介なやつだな」
ここで冷静になる。これ以上痛めつけても無意味だとわかれば自然と冷静になれた。
夏服になった制服を着て、キッチンへ向かう。朝食がまだだ。
「さて、何作るかな・・・・・・」
一通りキッチンを見回す。目に入ってきたのは食パンと生クリームとイチゴ。一昨日の遠足で食べたサンドイッチを思い出す。確かあれは──
「サリアが作ったやつだったな」
一口噛むと生クリームのふわっとした食感と、イチゴのコリッとした食感が堪らなかった。サイズも一口で食べれるような小さかったので次から次へと手が進んだ。ぜひまた食べてみたい逸品だ。
「真似してみるか」
そうして俺は材料を揃えて朝食のサンドイッチ作りを始める。
──あの時の味を忘れないように。
○○○
「よし、完成。ではいただきます」
シンクに置かれた一枚の皿の上にいくつかのサンドイッチが並べられている。
「なかなか上手くいった方だよな」
そう言っていくつかあるうちの一つを摘み、口に運ぶ。
「・・・・・・うん、この味だ。・・・・・・いろんな味が混ざってるな」
あの時の、あの日の味を思い出す。午前中の甘い味。午後の苦い味。その二つが混ざりあって無味になった夜。
「・・・・・・もう二度とあんな味はごめんだ」
必死に忘れようとする。今食べているこのサンドイッチで上書きをするかのようにひたすら食べ続ける。
だが、作るにも量というものがある。今回俺が作った量は朝食のためだったのでそんなに多くない。一瞬にして皿の上を平らげてしまった。
もっと・・・・・・上書きするにはもっともっと必要だ。
そこで俺は焦ってしまう。あの味に支配されてしまうのではないか。このままではあの味よりももっと酷い味を覚えてしまうのではないか。
──味すら感じない体になってしまうのではないか。
恐怖に駆り立てられ、俺は追加のサンドイッチを作った。さっきと同じイチゴサンドイッチだ。
手順はもう覚えたので、てきぱきと作ることができた。
完成した。それはいい。だけど、サンドイッチを掴んだ手が動かない。これじゃあ食べれない。
「これを、この気持ちを誰かの共感できるだろうか」
素朴な疑問。無意味な疑問。そんなことを考えてしまうほど心が荒んでいた。
でも、今日は今までと違うことがある。──天気だ。
夜空が俺らの元から消えた時、土砂降りに見舞われたが、今日は快晴。入道雲一つない、夏にしては珍しい天気だ。これなら急な雨に見舞われることなく捜索できる。それだけが、唯一の救いだった。
「さっさと食って探すか」
勢いよく目の前にあるサンドイッチを口に運ぶ。やっぱり甘い。
二皿目のサンドイッチを平らげ、そろそろ時間が迫っていることに気づく。今から急いで支度をすればぎりぎり間に合うくらいだ。
「さて、それじゃあいってきまーす」
いつの日からか口癖になっていた。当然、誰もいない部屋からの返事はない。そんな虚しい気持ちは今は後回しだ。とにかく急がなくては。
勢いよく階段を駆け下り、正面玄関を駆け抜ける。登校時間の時間はいつも正面玄関は解放状態になっている。夏の日陰を通り過ぎていく風が涼しい。
しかし、そんな清々しく思えたのも束の間。日向に行った途端、ジメッとした夏の嫌な感触に襲われた。べっとりと汗もかいている。
「いやー夏だなー」
真っ直ぐ、一本道を手前から奥にかけて見つめる。普段、正面玄関を出たところで夜空が今どの辺にいるのかを確認して早歩きで間に合いそうなら歩いて。走らないと追いつかないようであれば走って追いつき、一緒に部室まで行っていた。
それが今日はない。ちなみに、昨日は日曜日だったので、夜空がいなくなってからの登校は今日が初めてだ。
しかし、俺の見つめた先々に夜空の姿は当然なかった。その場にうなだれる。
どうやら俺の心はあの日に置いてきたままらしい。今日だけは現実を見ないと決めたあの日に。だから今こうして目の前の事実から目を背けている。
現実逃避をしていても、ただ苦難を先延ばしにするだけ。それなら──
「早く行かないとな」
顔を上げ、しっかりと前を向く。今、ここで現実を受け止めなければ今日起こること、これから起こることが全て無意味なものになってしまう。そうならないためにも、今辛い思いをするのだ。
「──必ず見つけるからな、夜空」
そう呟き、俺は学園へ向けて歩み出した。
一般の生徒は既に登校完了しているらしく、道はすっからかんだった。そのおかげで、学園の校門まであっという間に辿り着けた。
「ん?何だこれ」
下駄箱の中に何やら封筒らしきものが入っている。それを手に取ると、
「霧島 隼斗様」
この書き方に見覚えがある。確かあれは──
「この世界に来た時だな」
それはエルフ三人組の仕業で周りの人に見えず見られずの呪術を俺にかけたとか。あの時は不安に駆られまくった。
けど、今回のものは明らかに違う。当時のはただの茶封筒で、質素な見た目だった。
今回のは違う。水色の封筒で、しっかりと校章が印刷されている。手書きの可能性もあるが。
──これは学校からのものだ。
その場で開封してみる。中を覗くと、紙が一枚、綺麗に二回折りになって入っていた。それを広げ、文面に目を移す。そこには
「この手紙を広げたら学園長室に来てください」
その一文だけ書かれていて、あとは全て余白だ。
理解に苦しむ。俺が何かしたか?それとも夜空の件で事情聴取とか・・・・・・可能性なら無限にある。
とにかく、行ってみないとわからない。指示された通り、部室ではなく学園長室に向かった。
最上階。屋上とまでは言わないが、この学園の屋内最上階の一角に学園長室は門を構えていた。
脂汗がだらだらと流れてくる中、俺は身だしなみを整える。これは一般常識だ。
そして、扉を二回ノックする。
「・・・・・・」
しかし、中からの返事はない。不在か?
もう一度叩いてみる。
「失礼しまーす」
声も出してみる。しかし、返事がない。
不在だと独り合点し、放課後また来ればいいだろうと決めた。
その時だった。
ぎぃ・・・・・・という鈍い音と共に扉がゆっくりと隙間分だけ開いた。魔法か?
できた隙間から中を覗く。そこに広がっていたのは──
「──暗黒!?」
一面真っ暗。それを口にしてしまった瞬間、後頭部に衝撃が加わった。俺の意識を飛ばすには充分すぎるものだった。
目が覚めると、目の前には一人の女性が椅子に深々と腰掛けて足組をしてこちらを見ている。そして声をかけられた。
──俺は、その声に酷いデジャヴを感じた。だってその声は
「あなたが隼斗くんね。会いたかったわ・・・・・・・・・フフフ」
俺が現実世界と別れを告げる原因を作った声そのものだったからだ。
○○○
「おまえ・・・・・・あの時の・・・・・・」
深い闇の中にそいつはいる。特に顔の部分の闇が深いので見たくても見れない。
「あら?何のことかな?私はこの学園の学園長よ?それ以外であなたとどこかでお会いしてたかしら?」
疑問符を並べているが、声音だけでこいつは嘘をついてるとわかる。──こいつは全てを知ってる。
「それに私はここの一番の長なのよ?敬語を使わないとは教育がなってないわねぇ」
寒気がする語気。こいつは間違いなくやばいやつだ。早くここから逃げ出さなくては。
「それは不可能よ」
俺の考えていることを読まれたのか、意味深な発言をする。
「・・・・・・俺の考えを読んだのか」
「そうよー。あなたの考えはいつ、どこにいても見えるのよー」
「それってただのストーカーじゃねぇか!」
「そうねー。そうなるから私は他の人の体を利用して知るようにしているから直接私に罪が課せられることはないわ」
そこでふと、夜空の異変を思い出す。つまりこいつが──
「あんたが元凶ってことか」
表情は読み取れない。だが、この場の温度の下がり方が尋常じゃない。
そして、『そいつ』は全てを顕にする。──こちらに歩み寄ってくる。
「そうね。私が全ての元凶よ。それでどうするというの?」
全て。それなら
「夜空はどこだ」
夜空を利用して俺を監視していたとするならば、彼女の行き先を知ってるだろう。
「んー、それを言っちゃうと少し面白みが無くなるけど、まーいいわ。彼女は今──」
そこで長い溜めが入る。俺は焦れったくなり、急かす。
「勿体ぶってないで早く言えよ」
「敬語を使わないとは本当にダメね。『人間』として」
そこで俺は一歩後ずさりしてしまう。こいつは俺らが亜人ではなく人間というそとを知っている。
「まーいいわ。夜空ちゃんならあそこよ」
恐怖に怯えている中、そいつは一点を指している。そこを見てみると──
「夜空!?」
鎖に結ばれ、宙に浮いている。彼女は疲労からなのかぐったりとしている。
「おまえ・・・・・・おまえが連れていったのか!」
「早とちりしないで欲しいわ。私は連れてきたりなんかしていないわよ」
そうだ。こいつは他のやつに手を汚してもらっているのだ。だからこいつは連れ去っていない。だけど、主犯なのは確かだ。
「おまえが連れて来ていなくとも、おまえが計画したんだろうが!それに、実行だって他のやつに乗り移ってやったんだろうが!」
「フフフ、何のことかしら」
しらばっくれるようだ。しかし、それをしたという証明ができない以上、こいつが実行犯だと言えない。
「それで、私をどうするのかしら?」
「別に・・・・・・ただぶっ潰すだけだよ!」
夜空を、俺たちの仲間を奪った罪。これは俺にとって一番重たい罪だ。何をされても許さない。許せない。俺の・・・・・・俺の──
「俺の惚れた女に、手ぇ出すなぁ!」
夜空のことを意識すると、不意に今まで彼女に抱いていた想いを思い出し、それの解に気づいた。
──俺は、夜空に恋心を抱いている
あまりにも唐突すぎるが、何故かそう思えてしまう。そうだ。俺は夜空と会って以来、無意識に夜空を意識していた。そしてある日気づいてしまった。
──夜空のことが好きだと。
「フフフ、どうやら気づいたようね」
どうやらこいつが何かしたらしい。
「あぁ。お陰様でな」
とりあえず適当に返事しておく。
「それじゃあ、やりましょうか」
「ちょっと待ってくれ」
「?」
この熱い思いを一旦冷やす。
「一回冷静にならせてくれ」
情報を整理する。
何故こいつは夜空を誘拐した。何故こいつは俺らの敵であろうとする。何故俺は学園長である人をこいつ呼ばわりしている。
「なるほど・・・・・・でも、それの答えを知るのは戦いが終わってからになると思うわ。いいや、終わってから言うわ」
やはり俺の考えはお見通しらしい。
「本当か」
「約束するわ」
「それじゃあ遠慮なく」
「ええ」
そう言い、数メートルほど離れたところでそいつは身構える。俺もそれにつられて身構える。
これから、今までの黒幕との決戦が始まる。俺の心を弄んだやつなんかに絶対に負ける訳にはいかない。
──こいつにも、俺と同じ絶望を与えてやる。
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