Episode.14 この二人に『決着』という存在があったら
「それで・・・・・・どうしてこうなったのか説明してもらおうか?」
約束の週末になり、部室に行ってゆっくり、まったりできるかと思いきや、そこには誰もおらず、しかも、いきなり何者かに腕を引っ張られ、本校別棟のフェンスが無い屋上に連れてこられた。結構危ない。
マスクを被って顔を隠していたつもりなのだろうが、サリアの腕だと触られただけでわかった。別に、今まで触れてきたからとかではない。直感、というやつだ。
そこには俺以外の部員が全員集まっており、舞台の裾で傍観する準備をしていた。
シートを敷き、飲み物や食べ物などの入ったバックをその上に置いて、空いたスペースにそれぞれが陣取っている様子だ。律儀に俺のスペースまで取ってといてくれている。そのスペースに俺が座ることはないと思うが。なぜなら、
「ほらー、早く来なさーい。審判さーん」
そう。俺は何故か審判を任されていた。この訳の分からない勝負の決着をつける審判に。
マスクを脱いだサリアは清々しく髪を梳いていた。
「何で俺が審判しなきゃいけないの!?他に頼めるやついるよね!?」
サリアは俺の方を向き思案顔になっていた。どうやら何を言っているのかわかっていないようだ。
「んー、勘?」
「疑問形で言われて納得いかねーよ!」
声を荒らげて、高々と叫んだ。しかし、それを異常事態だと感じていないアリオス、ローレル、エルフ三人組、夜空はサンドイッチ片手に俺らのやりとりを見ていた。
「まーまー、私の言うことを黙って聞いていればいいの!それじゃあルール説明!命を奪うような行為は禁止!不正行為は負け!以上!」
「それだけ!?」
「そう!だから簡単でしょ?ルールの判定は隼斗に任せるからあとは適当によろしくねー」
「そんなあっさりとした決着のつけかたでいいのかよ・・・・・・」
あまりにも意外すぎたので落胆してしまう。もっとこう、派手な戦闘になるかと思ってたんだが。その期待を裏切られた感が半端ない。
「さて、それじゃあ始めますわよー」
今の口調、今までのシャイターンとは全く別人だ。サリアと接する時ももっとラフな感じだったし、俺らと接する時はコミュ障をバリバリ発揮していた。新たな発見か。
「気高きヴァンパイア族の一人、将来は約束されたサリア、いきます!この勝負、勝たせてもらう!」
だっせぇー!もっとかっこつけれなかったの!?何、将来が約束されたって!?ちょっとどころかかなり痛いんですけど!
「何をー!私だって将来はこの世界を治めるのに相応しいと謳われた私こそが勝ちますわ!」
こっちは完全に中二病ー!二人共、勝負する度にキャラ崩壊進んでね!?
「そ、それじゃあ、スタートー」
頭の中が混濁していながらも、二人に睨まれていることだけは認識できたので、とりあえず戦闘開始の合図をする。
途端、二人は真っ向からぶつかり合い、凄まじい衝撃波で俺の体が薙ぎ払われそうになる。その危機は前かがみになることで回避できた。
「おーおぉー!始まったなぁ!」
アリオスの声につられて他のみんなもわーわーと歓声を上げる。初撃の激突はなかなかの見応えがあるものだ。それによっては今後の展開がどうなるか予想もできる。今のは確実にいい展開になると直感でわかる。
リング上の二人は取っ組みあったり、投げ飛ばしあったり、噛み付いたり、魔力的なのを解放したりと、一進一退の攻防を繰り返していた。初見である俺は当然見入ってしまう。戦いのレベルが高すぎるというのもあるが、どこからどこまでがセーフで、アウトなのかの判断がさっぱりつけれないというのが一番だ。下手に割って入ったら俺が殺されそうだ。
「くっ・・・・・・なかなかやるなー。そろそろウォーミングアップは終わりにするか……」
髪を払い、深呼吸をするサリア。
「そうねー。そろそろ私も本気を出そうかな・・・・・・」
学校指定のブレザーを脱ぎ捨て、ワイシャツ一枚になるシャイターン。ちょっ、見える!見えちゃうから!
理性を保ててる間にシャイターンから視線を逸らす。その先は自然と上を向いていた。
「何か、下り坂っぽいな」
誰にも聞こえない声で呟いた。空は厚い雲で覆われつつあった。
○○○
ぽつ、ぽつと雨が降ってきた。
あれからしばらく経ち、立ち疲れたと思っていた上にこの始末だ。やってられない。
「おーい、雨降ってきたから中入ろうぜー。決着は後日ということでー」
その提案に二人は耳も貸さずに戦闘を続けていた。そういえば、本気モード入ってるんだった。本気になってるやつには何を言っても意味が無いということをすっかり忘れていた。どうやら傍観者のみんなもそれに気づいているようだった。
ならせめてこれくらいは言わせて欲しい。
「足滑って転ぶなよー」
当然、俺の心配なんかに耳を傾ける訳が無い。戦闘はなおも続行中だ。
しかし、この雨の中よく闘ってられるなと感心してしまう。俺だったら真っ先に家に帰って風呂入って寝る。
夏に近づいているとしても、まだ梅雨は終わっていないので、雨は降り続ける。
だが、その雨にも、いつかは必ず終わりが来る。今、目の前で起きている戦闘の均衡状態が終わりを告げるように。
「はぁー!」
怒号を上げたのはサリアだ。拳をしたから上に振り上げ、シャイターンの顎に直撃する。宙を舞うシャイターンだが、そこで彼女は体勢を整えて、着地に備えていた。
が、その好機をサリアが見逃す訳がない。人間離れしたスピードで着地地点手前まで駆け寄り、腕を思いっきり後ろに振りかぶり、着地と同時に右ストレートをシャイターンの腹部上側に直撃させる。
さすがのシャイターンも、この一瞬の出来事に対処できるはずがなく、派手に後ろに殴り飛ばされる。そしてその先には──
「!・・・・・・危ない!」
反射的に声が出ていた。
「くっ・・・・・・」
シャイターンは必死にしがみつく。ここから見えるのは彼女の腕だけだ。
そう、この広いようで狭い屋上でさっきのような連続技を繰り出したら間違いなく被害者は屋上からリングアウトする。
何とかしがみついているシャイターンだが、それも時間の問題だ。いずれ彼女は限界を迎え、なす術なく宙に舞って朽ちる。
ここで立ち上がらなければ男じゃない。俺はびしょびしょに濡れた制服を気にかけず、ただ全力でシャイターンの元へ駆けていた。それは俺だけではなく・・・・・・
「ちょっと!こんな形で勝負終わるとか言わせないからね!?ほら、早く登ってきなさい」
こうなる原因を作ったサリアが何も無かったかのような振る舞いでシャイターンに手を差し伸べる。
「え・・・・・・」
しかし、その厚意をシャイターンは面食らった様子で見つめていた。
「何よ。私がこんなことをしちゃいけないとでも言いたいわけ?」
「いや、そうじゃなくて。・・・・・・今までこんなこと無かったからさ。初めてあんたをいいやつだと思えたよ・・・・・・」
「何それ酷くなーい?今まで私をなんだと思ってたわけ!?」
「おい!早く持ち上げろよ!まじで落ちるぞ!」
そんな心温まる会話を耳にしていないと言えば嘘になるが、聞いていないふりをしてサリアに叫ぶ。
「おおっとそうだった。ほら、持ち上げるよ。せーの・・・・・・」
がっしりと繋がれた手は離されることなくそれぞれの役目をこなす。それは、本来の目的が達成された後もそれは続いた。
「なんだかんだで、私たちって気が合うのかもね」
「それ、私も思ってた。悔しいけど」
「なーにをー?まだやるってのー?」
「いや、もうしなくていいかな。もっとやりたかったけど、今はとりあえずいいや」
どうやら和解したらしい。この二人はちょろいのか?こんな簡単に和解してしまうなんて。でも・・・・・・
「……この二人の笑顔を見ていれば、そんな間抜けなこと言えないよな」
俺の見る先には、今まで見たことないくらいに破顔した二人の顔があった。
「でも、ヴァンパイア族の方が悪魔族より上よ!」
「そんなことない!悪魔族こそナンバーワン!まだ決着はついてないよ!」
と、説得力のない表情で言い合っている二人であった。どうやらまだ続くらしい。
その後の戦闘は、さっきとはくらべようのないくらいに激しいものだった。軽々と場外に飛び出てはそれを追って戦場を移すし、俺の方に流れ弾が飛んでくるし、昼飯は食われるし・・・・・・。踏んだり蹴ったりだ。
でも、普通なら苦だと感じるのだが、何故かそうとは感じなかった。むしろ満たされるような感覚だ。これは一体何なのか。俺にはまだわからない。
二人は戦闘を続ける。どちらの種族が上かを決める戦い。無謀で無意味で無価値な戦い。それを今、彼女たちは本気になってやっている。そこにはどんな裏があるのか、俺は知らない。けど、本気になっているのであれば、それを応援するのは当然のことだろう。声に出せないのであれば態度で。審判を真面目に行おう。
「そこ!それは危ない!一旦離れろ!」
屋上から一階の中庭に向かって叫ぶ。今はそこで火花を散らしている。
サリアがシャイターンの首を噛もうとしているのを俺は見逃さない。吸血は相手が貧血になると危険なので禁止だ。
「えー!喉乾いたんだもーん」
珍しく俺に耳を傾けてくれたサリア。しかしそれは反論だった。
「知らんがな!水道の水でも飲んどけ!」
それを軽くあしらう。
少し緊迫しすぎているような気がしたので、場を和ませるためにちょっとした冗談を言ってみる。
「そんなに喉乾いてるなら、俺の血でも吸ったら?」
と、首筋を晒しながらサリアに向けて発する。
「え、ドロドロしてそうだからいいや」
「ざけんなよ!?」
俺の・・・・・・俺の厚意を返せー!
今のやり取りは完全に無意味だったようで、二人は再び殴りあいを始める。
遠くから見えるほど二人は枝などに擦れたような傷口から血が出ていたり、骨までいっているのではないかと不安になるほど青くなっている内出血が酷い。これはそろそろ終わりにした方がいいか?
判断に迷っていると、悲鳴が聞こえた。この声は・・・・・・
「サリア!」
その場に倒れ込み、左足の脛の部分を押さえている。
急いで一階まで降り、サリアの脇まで辿り着くと、すぐさま患部を見せてもらう。
「おまえ・・・・・・これ・・・・・・」
真っ青。どうやら脛が折れたらしい。
「どこにぶつけたんだ?」
そこの・・・・・・ちょっとした段差。疲れで足が上がらなくなってたみたい・・・・・・」
見ると、そこには跨いでやっと通れる高さのブロック塀のようなものが置かれていた。
「ほら、背中乗れ。保健室まで連れていくから」
一応、この学園にも保健室という概念は存在している。
「待って」
俺の肩に何かが触れ、それが力強く握ってくる。
「いてててて!って、シャイターンかよ。どうしたんだ?」
彼女は強く俺の肩を握っており、今にも外れそうな勢いだ。そんな過酷な状況の中、俺は平静を装いながら接するとかかっこよすぎる。
「私が治す。こんなの唾つけておけばいいんだろうけど、一応ね」
そう言い、シャイターンはサリアの患部に手を当てる。
「この者の運命に救済を」
「いやいや、それって
「そ、そうだよ・・・・・・」
「いきなりコミュ障発揮するのか・・・・・・。それで、悪魔であるおまえが、何で他人の幸福を祈るんだ?」
「あ、悪魔は人の幸運を奪うものだよね?実は悪魔は奪った分だけそれぞれに返してるんだよ。悪い印象ばかり持たれると悪魔族としても辛いから」
いきなり熱く語られる。初めて普通に接してくれたので思わず面食らってしまう
なるほど・・・・・・。となると、日々、幸せだと感じるのは悪魔が不運をもたらしたお返しに幸せにしてくれるということか。なかなか奥が深そうな話だ。今度詳しく聞いてみよう。
「ほら、治ったよ」
「あ・・・・・・ありがとう・・・・・・。あんたもいいところあるんじゃん」
「当たり前だよー。ま、さっきの恩を返したということで。ところで、戦い、続ける?」
彼女の瞳からは戦意は全く感じられず、むしろ暖かくすら感じた。
それをサリアも感じ取ったのか、にこやかに笑い、
「ううん。この決着、おあいこということで。これなら私も納得いくわ」
「そうね。は、隼斗!早く言って!」
「え、あ、ああ。この勝負、引き分けー!」
高々と宣言し、この長いようで短かった戦いに終止符を打つ。傷の手当てをしている間に夜空たちも既に一階まで来ており、俺たちのやり取りを脇でぼーっと眺めていた。
それにしても、こうして本気でぶつかり合い、優劣を決めあえるのは羨ましい限りだ。今まで俺はそういった『ライバル』と呼べる相手を持ったことがない。それは、俺がどこかで限界のラインを勝手に決め、これ以上は無理と勝手に決めつけていたからなのかもしれない。ただのお遊びだったのかもしれない。
けど、真相はわからない。本当はどこかで相手に嫉妬してこいつよりは上手くなりたいと心の奥深くで思っていて、自然と行動していたのかもしれない。
でも、そんなの誰もわからない。自覚しなければ他人には絶対にわからないことだし、自覚があったとしても、こんなのただの思い込みだと思ってしまえば無かったことにできる。こういう関係は強固なものでもあるが、同時にとてつもなく脆いものでもあるのだ。前者に出来るかどうかは、各々がどうするかによって決まる。俺はそういったことはできなかった。
なら、やり直したこの世界でなら可能なのではないか。やってみる価値はあると思う。まずは嫉妬できるような相手を見つけねば。全ては知り合うことから始まる。コミュ障なんてダメだ。なら、シャイターンを矯正させなきゃだな。まずはそこから。次はどうしようか。いいや、今はそんなことはどうでもいい。いつだって決めれることを、大事な瞬間である『今』を無駄にするようならば言語道断だ。帰って一人になってからにしよう。
いつの間にか空は晴れ上がり、茜色に染まっていた。
いつの日か見た茜色の空。それがいつのことだったのか思い出すことはできなかった。
「さ!帰って飯だぁ!」
「ちなみにそれってどこで食べるんですか?」
「もちろん隼斗の部屋に決まってるだろぉ!」
どうやら逃げ道はないらしい。ここは潔く受け止めておこう。──互いの手を固く掴み、微笑みあいながら腕を縦に激しく振っている。
再戦があることを心から願う。
その日、俺の部屋ではヴァンパイア族と悪魔族の和睦会が盛大に催された。今まで以上に騒いだため、この寮の管理人さんにきつく注意された。
それを俺らは、笑顔で受け止めれた。
翌日、梅雨明けの報せがあった。
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