第7話 妖怪ハンター ヒルコ

ようやく身の回りが落ち着いてきて、体調もどうにか回復してきた。もう少しで普段の日常生活が取り戻せそうである。この度のゴタゴタで普通に生活できるというのは、この上ない幸せの証拠だと身に染みて分かった。そろそろ映画館にも行きたい。夏の上映ラインナップはなかなか魅力的である。



「妖怪ハンター ヒルコ」


◆妖怪ハンター ヒルコ

◆1991年 松竹富士配給

◆監督 塚本晋也

◆原作 諸星大二郎

◆主演 沢田研二 竹中直人

◆ジャンル ホラー



さて今回はリングに続くジャパンホラーの怪作。妖怪ハンター ヒルコである。私の中で夏と言えばこの映画が真っ先に浮かぶくらい、思い出深い作品だ。初めてこの作品を目にしたのは小学生の時。レンタルビデオ屋で幼い私の目に飛び込んできたショッキングでグロテスクなジャケット。本能的にこれはまだ私には早いと察し、ソッと棚に戻した。


内容を観たのはそれから10年経った時だった。


高校の先生がかなりの変わり者で、自分の趣味丸出しの授業で古事記の勉強とという名目でこの映画の上映会を行なった。私は男子校だったので流石に悲鳴をあげる生徒はいなかったが、みな口々に「グロい」とか「キモい」を連呼していた。


私は当時、一丁前にリア充ぶっていたので周りの友人連中に合わせて「微妙だわw」などとうそぶいていたが、実際は次の日個人的にレンタルビデオで借りて見直すほどこの作品に魅了されていた。この作品にはただのホラーにはない、何か人を惹きつけるものがある。


先に言っておくがこの作品はリングなんて生っちょろい代物ではない。子供がみたらしばらく夢に出てくるレベルのトラウマ映画だ。ホラー好き以外には、オススメできない。


簡単なあらすじ。


考古学者稗田礼二郎ひえだれいじろうは妖怪の実在説を説きながらも、世間から冷遇され冴えない日々を送っている。事故により妻に先立たれた礼二郎の人生はいよいよ冴えないものになったいた。そこへ義理の兄で高校教師をやっている八部高史より興味深い手紙が届く。なんでも、彼の地元のとある村で悪霊を封じ込めた古墳が見つかったというのだ。この発見で稗田の説が立証されるかもしれないからすぐに来てくれるという八部。礼二郎は亡き妻の実家である村へ赴く。しかし、奇妙なことに、当の八部は行方不明になっていた。


一方、八部の息子で悪ガキのまさおと仲間たちは八部と共に行方不明になった同級生の美少女、月島令子の捜索を始める。夏休み、彼らは異様に脅かす用務員に怯えながらも校舎に忍び込む。そこでまさおは、同じく同級生の河野と月島がキスをする場面に出くわしてしまう。月島のことが好きだったまさおはショックのあまりその場から立ち去るが、直後背中に焼けるような熱さを感じる。不思議な事に彼の背中には人の顔のような痣が浮かんでいたのだ。


後に河野は、首の無い死体となって発見される。しかしこれは、村に巣食う悪霊ヒルコがもたらす恐怖のほんのはじまりに過ぎなかった。



とまあ、書き出してみればなんてことは無いあらすじである。年代的にも未視聴のキッズたちには鼻で笑われてしまうだろう。しかし侮るなかれ。ヒルコはホラーでありながら、特撮という枠にも入っている。この時代の特撮はデジタルにあまり頼っていないぶん、妙に細かくて生々しい。そしてそれが、そのまま恐怖に直結する。


原作は今現在でもカルト的な人気を誇る漫画界の鬼才。諸星大二郎。その鬼才による、通称「稗田礼二郎シリーズ」の作品を初の実写化したのが本作。恥ずかしながら、今回のエッセイを書くにあたり色々と調べて初めて知ったのだがこの映画は「海竜祭りの夜に」と「黒い探求者」そして「赤い唇」という3作品の要素を散りばめて作られた映画だそうだ。そんな大切な事も知らずに「オススメ映画」などと言ってしまうあたり、自分の図々しさに呆れている。


さて、この映画の魅力とは何か、という話だが。


先ほども述べたが、まさに発展途上だった様々な技術がこの映画に奇跡的な演出をもたらしていると私は考えている。


映像。メイク。若手俳優たちの演技。全てにおいて完成されているとは言い難いのだが、しかし確実に光るものを感じられる。観ていて胸が躍る。そんな熱意を製作陣から感じる。


特にこの悪霊ヒルコがすごい。ヒルコは古墳に閉じ込められている古代の妖怪(タイトルは妖怪ハンターなのだがヒルコは劇中では悪霊扱い、古事記では神様)。基本形態は映画「エイリアン」に出てくる幼生フェイスハガーの頭に馬鹿でかいクモの身体をくっつけた様な見た目をしている。ま、正直この程度ならよっぽどのクモ嫌いでなければ大して恐ろしさを感じないだろう。だがそれで終わったらこのエッセイには書いていない。ヒルコは、理由は不明だがとにかく人間を襲う(悪霊だからね)。そうして襲った人間の意識を支配し、自ら首をぶった切らせる。切り離した胴体は放置し、何故か首を乗っ取り合体する。するとどうなるか。さっきまで共に過ごしていた同級生。笑いながら怒るのが上手い素敵なお父さん。そして活発で大人びた美少女同級生。それら全てが生首からクモの足が生えた世にもおぞましい悪霊、ヒルコへと姿を変えるのだ。


またヒルコは変に表情豊かなのも気味が悪い。怒ったり、笑ったり、悲しんだり、青白い顔でさも生きてる人間の様に振る舞うのだ。


知人の生首を乗っ取ったおぞましきヒルコ達が、礼二郎こと沢田研二やまさお少年を真夜中の校舎で執拗に追い回す。


こんな恐ろしいことがあるだろうか。


ホラー好きで時間を持て余しているそこのあなた。寝苦しい夜にこんな作品はいかがだろう。背筋が寒くなること間違いなし。ただし、それでぐっすり眠れるかどうかは保証しない。


何度も言うが今観るとこの映画は割とチープな出来栄えだ。しかし、私は思う。


ホラーにはそのチープさこそが最恐のスパイスなのだ。ホラーに迫力満点の映像美なんぞ必要ない。その証拠に、妖怪ハンター ヒルコは今でも十分に怖い。


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